第44話 逃亡

何皇后は、元々気性が激しく、劉弁(少帝)が即位してから更にその振る舞いが酷くなってきた。妬み顰が激しくなり、嫉妬に狂うと見境がつかなくなる。そして、自分の美貌が落ちる恐怖は人よりも更に強かった。女官には、それが誰の事を指すのかよくわからなかった。


「戸を開けろ!」

袁術が、外から大声を上げた。部下がズラリと勢揃い、誰が出て来るのかと身構えた。戸が静かに開くと何皇后が出てきた。袁術の顔が思わず曇った。

「これは皇后様。こちらは皇后様の部屋だったのですね?」


「私の王宮に火を放ったのはあなたですか?」

そう言って、身構える兵士たちを眼光鋭く睨みつけた。

「まさか」

袁術は、そう言って思わず頭を左右に振った。

「ならば、ただちに消火をし兵を引きなさい!」

「陳留王(劉協)派を一掃しなくていいのですか?」

「こんな事態を招いて、袁紹はどう言っているのですか?宮中が燃え落ちてまでやれと言いましたか?」


「何進殺害に関連した人間を一掃しているので、ご納得いただきたく、ご、ご協力をお願いします」

余りの剣幕に孫堅は、ビビっていた。

「もういい。これ以上ぐちゃぐちゃにされた王宮に住めなくなるでしょうが!」

「しかし、劉弁(少帝)を脅かす存在は根絶やしにしないと」


「もう十分じゃないの?あなたたちが、根絶やしにするという意味は王宮を焼き尽くすことなのか?」

「ち、違います」

「やっている事はそれと同じじゃないか?!私は、袁紹にここまでやれとは言ってませんよ。私に逆らうなら、全国の武将に袁紹追討令を出しましょうか?」

「わ、わ、わかりました」

思わずタジタジとなった。


袁術は、自分の部隊に引き上げる事を伝え、消火活動に行い、直ちに火事を鎮火することを兵士に厳命した。何皇后は、その姿に満足すると奥に引っ込む途中、近くにいた女官に言った。

「お腹が減ったわね。食事を用意して頂戴」

「いいんですか?」 

兵士の1人が訊ねて来た。

「仕方があるまい。袁紹との関係がこじれるのはまずい。後で叱責されたくない」

そう言うと、袁術は何皇后の住居を離れた。 


           ※

趙忠と郭勝は、劉弁(少帝)と陳留王(劉協)を連れて北門を抜けたところで、護衛の兵が待っていた。数十騎の騎兵と、馬車の輿に趙忠らは乗り込んだ。手筈通りに行けば、洛陽のはずれに着くはずだ。そこから舟に乗り都に通じる運河を渡れば、身の安全は守られる。馬を飛ばしているため、馬車の輿は木製出来ており、身体を時々打ちつけ痛みが走る。


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