第38話 趙忠と郭勝

「何をおっしゃっているのですか?あなたは、漢王室の跡取りなんですよ。しっかりなさい」

郭勝が、嗜めるように劉弁(少帝)に言った。


「そうです。お兄様。こんな所で足がすくんでいる場合ではありませんよ」

陳留王(劉協)が、劉弁(少帝)の腰を掴み揺さぶった。

「おまえは、怖く無いのかい?」

「怖くないはずがありません。だけど、私たちは漢王室の血を継ぐ者。民の模範とならなけばならないのです。結局、怯え慄くことは王位を揺さぶる事になるだけですよ」


陳留王(劉協)は、穏やかな口調で年長の兄を諭すようにそう言った。郭勝は、驚きを持って陳留王(劉協)を見ていた。まだ9歳だというのに、この利発さは何だ?母の王栄の面影をよく知らないうちに、何皇后に跡継ぎ争いで命を狙われ薫皇后に育てられた。まさに悲運の王子と呼べる存在だった。


しかし、この冷静沈着さは一体何処からくるのだろうかと思った。陳留王(劉協)が生まれながらにして持つ素養なのだろうか。はたまた霊帝の生母の薫皇后の育て方が良かったのだろうか。



郭勝は言った。

「宮中を荒らす者たちが来る前に、早く崇徳殿に向かいましょう。ここにいては捕まります」

劉弁(少帝)は、恐怖心の余りぎこちなく体を動かした。

「あ、足が動かないよ」

趙忠が堪らずしゃがみ込み劉弁(少帝)に背を向け、「自分の背中に乗るように」と言った。弱い60になろうかというのに、17歳の少年をおぶって歩くのは間違いなく身体に負担がくる。膝や腰が痛むだろう。

だが、そんな悠長な事を言っている場合ではない。殺されたとしたら、膝や腰の痛みも感じなくなるだろう。生きていてこそ、痛みも苦しみも感じられるというものだ。


「さあ、早く!」

郭勝はそう言って、劉勉強(少帝)を背中に押しつけるようにして趙忠を立たせると、思わず劉弁(少帝)の尻を支えた手を引っ込めた。失禁でズボンが濡れたままだったからだ。何皇后は、本当にこんな馬鹿息子が漢王室の玉座に座らせて良いものなのかと思わないのか?民のためにもならないと思わなかったのだろうか。数々の疑問が沸々と湧いて来た。必死に劉弁(少帝)は、趙忠の首にしがみついた。呼吸が出来ず一瞬、目が眩み趙忠がよろめいた。郭勝は、思わず劉弁(少帝)の背中を両手で支える。


「劉弁(少帝)、しっかりしてください。あなたは仮にも帝なのですよ!」

「余は、余は、怖いのじゃ。死にたくないのだ」

「死にたくなければ、趙忠の首にしがみつくのは辞めなさい!」






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