第37話 劉弁(少帝)と劉協(陳留王)

問題はこの後だ。やはり洛陽に留まらないと、政治の中心に関われない。中央から外れたら政治家として黙殺されてしまうだけだ。遠くで宮中に押し破る音が聞こえて来た。

「火事だ!火事だ!」

誰かが火を放ったようだ。煙の臭いが立ち込めて来た。兵士の1人が煙の中から出て来た。建物の中から出て来た兵士は、胸の前に持ち出したと思える銀製品を抱えていた。

「おまえは何をしている?」


曹操がそれを見咎めた瞬間、曹仁の腰に刺している刀を引き抜くと、そのまま掠奪した兵士に問答無用でダッシュで斬りつけた。切りつけられた兵士は、自分の頭が突然上に飛んだと思ったら、そのまま絶命した。

「略奪行為は許さん!ここは王宮の中だぞ?おまえらの行為は犯罪行為だ。わかったか!」

曹仁が、必死の形相で言った。


「兄上、マズいですぞ。あれは袁術の兵士だ。それを斬り殺すなんて!」

「略奪行為をする者が悪いんだ。後で袁術には軍規を破ったから見せしめに殺したと、伝えるしかないだろう。宮中に、兵を進軍させて物資を強奪したとあっては世間体が悪くなる」

曹操は、曹仁に刀を返しながらそう言った。

「まだ宮中に隠れているネズミどもはいるはずだ。不忠の宦官は1匹残さず粛清するのだ。子孝(曹仁の字)、消火に当たれ!よいな?」

目を向いて転がる首に向かって、唾を吐きかけた。

曹操は、火の粉が降り注ぐ中、兵を指揮して建物の中に進んで行った。


           ※

物陰にかくれながら、劉弁(少帝)はガタガタと歯の音が鳴るほどに震えていた。陳留王(のちの劉協)は静かに身構えていた。張譲と段珪の2人の宦官は、2人の帝たちを庇い宮中から脱出する機会を伺っていた。

外の様子を物陰から伺っていた趙忠と郭勝が、思わず顔を見合わせ表情をしめる。劉弁(少帝)の足元に水溜まりができていたからだ。酷い尿臭がした。17歳になっているのに恐怖でお漏らしをしてしまったようだ。それを横目に9歳の陳留王(劉協)は、冷静に自分の右腕を噛んで息を殺し潜んでいた。


『これが現在の漢帝か』と2人は思った。趙忠が訊ねる。

「兵は何処からこちらに向かっていると思う?」

「南門を打ち破って進んできているようだ」

郭勝がそう答える。王宮の奥から誰かを捜す兵士の声が聞こえて来た。

「北宮の崇徳殿に向かおう。ここには長居できない」

2人の王子に言った。

「歩けますか?」

陳留王(劉協)は、噛んでいた腕を口から離し黙って頷いた。

「余は、無理じゃ。足がすくんで歩けない」

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