第126話 スペシャリスト


「さて、それじゃあ改めて、【湖の神域アリアサンクチュアリ】を攻略するメンバーを決めるとしようか」


 しばしの休憩を挟み、再び会議室に集まった皆を見渡しながら、エルが口を開いた。


 僕と店長と例のイヤリングでアリスちゃんと繋がったテセア以外は、最初に集まった時と同様の席についている。僕ら三人は、エルの反対側の位置に並んで座っていた。


 テセアはアリスちゃんの通訳だ。彼女は今回のメンバーの対象からは外れている。《解析アナライズ》は採掘跡でも役に立つだろうが、戦闘用の魔装マギスを持たないテセアには少々荷が勝ちすぎる。それは彼女自身も理解していたのだろう。無理に自分も参加するとは言わなかった。


 『精霊の風スピリットウィンド』の皆の対面に並んだフィオナ、シアラ、ノエルの雰囲気ははっきりといってよろしくない。

 フィオナは俯き顔を伏せ、シアラは射殺すような視線をミーナに向け、ノエルはかつて見た事がない程に険しい表情を浮かべている。


 レット君が嫌そうに顔を顰めてこちらを見てきたので、僕はゆっくりと首を振った。


 物理的に身体にのしかかっていると錯覚する程に空気は重い。当然ながら、先の一件は大きな影響を与えていた。


 ミーナの方は全く気にした様子もなく平然と腕を組み座っているが、しかしどこか⋯⋯無感情過ぎるようにも見えるのは、僕の気のせいなのだろうか。普段のミーナならもっとこう⋯⋯僅かな違和感を感じながらも、僕はエルへと視線を戻した。


「とは言ったが、残り五人の内、二人は既に決まっている。反論の余地はないだろう」


「⋯⋯⋯⋯誰、ですかそれは?」


 フィオナが覇気のない声でエルに問いかけた。


「ボク、それとソフィだ」


 はっきりと、エルはそう言い切った。


「なぜ⋯⋯」


「ボクは単純な実力。そしてソフィは治癒の力を持っている。道具の持ち込みが制限される【湖の神域】において、彼女の力が貴重なのはわかるだろう? ミリスも治癒の属性だが、一人では手が回らない状況に陥る可能性もあるからね」


 フィオナの言葉を遮り、エルは坦々と説明する。


 彼女の言っていることは正しい。

 傷を癒やすのに道具を必要としない治癒の力は、今回の採掘跡を攻略するのに適している。そうでなくとも、八人で行動する上での回復役は一人以上は居てくれた方が安定するだろうし、店長はどちらかといえば戦闘面で頼ることが多くなるはずだ。純粋なサポート役は必要だ。


 エルは言うまでもない。彼女が店長に次ぐ実力者であることは明らかだ。メンバーから外すなどありえないだろう。


 確かに、考えるまでもなくこの二人の力は必須だと思える。

 フィオナも顔を伏せたまま、反論することはなかった。


「謹んで、拝命いたします」


 一度僕を見て、立ち上がりソフィは頭を下げる。彼女を連れて行く事に抵抗はあったが、その静かに決意を宿した瞳を前に、僕は口を閉ざした。


 ここはソフィを子供扱いする場面ではない。この場に集まった皆は、それぞれが各々の意思で力を貸そうとしてくれているのだ。

 それにエルが行くのであれば、ソフィも離れることは望まないだろう。


「皆、異論はないようだね」


 ソフィが座るのと同時に、エルは再び皆を見回し口を開いた。


「そうなると、残りの三人も自ずと決まってくる。いや、個々の能力やバランス、連携の取りやすさ、そして経験を加味するなら、最善だと思える五人は最初から決まっていたんだ」


 エルは凛とした声で告げる。


「ボクたち『精霊の風』だとね」


 しん、と部屋の中が静まり返る中、シアラが小さな声で呟いた。


「⋯⋯⋯⋯ふざけるな、納得、いかない」


「シアラ、キミが納得いくかどうかは関係ない。個人的な感情は排して考えてくれ」


「⋯⋯私の方が――」


「本当に、そう思うのかい?」


 シアラの声を、エルは遮った。


「キミの才能や能力は確かに優れている。けれど、現時点では戦闘力も経験もクライスやミーナの方が上だ。レットのように遠距離での豊富な攻撃手段も持たなければ、一撃の破壊力も劣る。他人との連携も苦手だろう?」


「っ⋯⋯」


 エルに説き伏せられ、シアラは一度口を開きかけて押し黙る。ぐっと膝の上で拳を握ったのが窺えた。


「加えて、ソフィの魔装の効果に含まれないキミに、ボクは――いや、皆必然性を感じないだろう」


 そう、『精霊の風』のメンバーが全員揃う事のメリットの一つに、ソフィの魔装がある。

 彼女自身の身体能力も上昇する上に、全員が多少の負傷なら無視できるというのは、あまりにも大きい。


 ソフィが加わるのならば、彼女の能力を最大限活かせるようにするべきであり、その恩恵を受けられる『精霊の風』の皆は、個々の力量も極めて高い。


 採掘跡を攻略する上で、一流の採掘者マイナーの力を借りるのは、言ってみれば当然の事なのだ。

 エルの言うとおり、考えれば考えるほど、これはベストな選択だ。


 レット君はもとより、僕は彼女たちと一月程過ごした経験もあるため、連携という点でも問題ないだろう。アリスちゃんも同じ採掘者同士の方がやりやすさはあるはずだ。

 店長は基本的な能力が高すぎるため、合わせようと思えば誰にでも合わせられる。進んで合わせようとはしないが。


「⋯⋯必然性って言うなら、私が居ないのはおかしいよね?」


 しばしの沈黙を挟んで、ノエルがあからさまに無理やりな笑顔をエルに向けた。


「私の力が一番ノイルの役に立つのに、私が一番ノイルに必要なのに、私が居ないのが最善のメンバー? あなたこそ個人的な感情で考えてるんじゃないの? 私がノイルと宿に泊まったから嫉妬してるんだよね? それで私が嫌いだから恣意的にメンバーから外そうとしてるんでしょ。そもそも、何であなたが決めるの? おかしいよね?」


 ノエルらしからぬ、明らかな不満や苛立ちを内包したぎこちない笑顔を向けられたエルは、誰もが見惚れてしまうような美しい笑みを返す。


「――――調子に乗るな。ノエル・シアルサ」


 そして、穏やかな声音でそう言った。


「確かに、ボクはキミが嫌いだ。当然だろう? 人の夫を勝手に宿に連れ込む女に、好意的になれるわけがない」


 おっとぉ⋯⋯僕は夫じゃないけど、これはおっとぉ⋯⋯。まずいですよこの流れは。


「キミをノイルの側から排除したいと常に思っているし、今すぐに苦痛を与えてやりたいくらいだ」


「やっぱり――」


「けれど、ボクは決してキミのように愚かにも感情でものを言っているわけじゃない」


 二人の顔から、笑顔が消え去った。

 ノエルは憎悪を叩きつけるかのように睨みつけ、エルは泰然とした態度で、二人は向き合う。


「ボクが進行しているのは、この中でもっとも冷静に、理性的に、合理的な判断ができ、採掘跡に詳しく、経験豊富な採掘者であり、適任だからだ」


「へぇ? 合理的なら私は必要でしょ? 何で外すの? 理屈に合ってないよ?」


「いや合っている。キミの魔装は確かにノイルの助けにはなるが、逆にいえばノイルの助けにしかならない。その力が皆を強化できる類のものであればボクも考慮したけどね。今回はペアで行動するわけではないんだ。それにね、キミの助けがなくともノイルは十分に強い」


 ⋯⋯⋯⋯ノエルの魔装って、僕にしか効果ないの? 初耳なんだけど。あと、エルの僕への評価が凄い。絶対フィルターかかってる。


「⋯⋯それでも! ノイルが強くなれば結果的に皆の助けになるでしょ! 私がいないと切り札の《六重奏セクステット》も使えないんだよ!」


「いくら能力が上昇したノイルでも、皆をカバーするのは容易ではないだろう。結果的と言うのなら、それはそのままノイルの負担に繋がり消耗も激しくなる。加えてノイルが力を奮うほど、キミも消耗するね。あの魔装は長く保つのかい? 保たないだろう? 常に脅威が降りかかり、いつ安全が確保できるかもわからない場において重視すべきなのは、力を使い切る対価として得る瞬間的な爆発力ではなく、安定した一定以上の力だ。それに、切り札というのなら《白の王ホワイトロード》がある。あの状態ならば《六重奏》の力も引き出せるしね」


「あれはもうやらぬぞ」


「必要であれば行使してもらう他ない。まあそこは、ノイルと相談してくれ」


 空気を読まない横槍を入れた店長を見ることなくエルは応える。

 店長が「やらぬからな」と僕に不満げな顔を向けるが、ちょっと今は黙っててほしい。


「それに、一時の強化の為だけに、戦力として劣る――いや、戦力外のキミの護衛を、他の者にやらせるのかい? 最低限、自衛する力を持つ者でなければ、ランクSの採掘跡には到底連れて行く事などできない」


 ノエルがテーブルを両手で激しく叩き、立ち上がった。


「私には《深紅の花嫁ブラッドブライド》もある!!」


 エルはゆっくりと瞳を閉じる。


「⋯⋯わかっていないようだからはっきりと言っておくが、キミは弱い。この中で最もね。それを使ったとして、何になる?」


「バカにして⋯⋯! 戦えるでしょ!」


「いや戦えない。制御すらできておらず、それ程のデメリットがありながら、ミーナに手も足も出なかったんだろう? そんなものを実戦で頼りにしろと? キミこそバカにしている。皆を危険に晒すつもりかい?」


「準備運動にすらならなかったわね」


 ミーナがエルの言葉に続いた。ノエルはキッと彼女を睨みつける。


「それは血が足りなかったから! もっと飲めば――」


「道具は一人五つまで、大量には持ち込めないわ。話聞いてたの?」


「ッ⋯⋯直接! 直接ノイルにもらえば! そしたらもっと――」


「そうやって、あいつに負担をかけるわけね・・・・・・・・・・・・・


「ぁ⋯⋯ちが⋯⋯そ、そうだ! ミリス!」


 ミーナの呆れたような言葉に、ノエルは愕然としたように目を見開き、小さな声を漏らした。

 そして、何か思いついたように店長を見る。


「また『神具』を貸して! そうすれば――」


「何故我がお主に我の『神具』を貸さねばならぬ?」


 しかし、店長はそんなノエルに心底不思議そうな顔でそう問いかけた。


「⋯⋯え? だって⋯⋯」


「『浮遊都市ファーマメント』でお主に『神具』を渡したのは、ノイルのためじゃ。勘違いするでない」


「あ⋯⋯じゃ、じゃあ! 依頼する! 『神具』の貸し出し!」


 依頼、という言葉を聞いた店長は、ばっと僕の方を向き、顎に手を当てて何か悩ましげに問いかけてくる。


「のぅノイル? 従業員割引について考えておらんかったのじゃが、どの程度割引くべきかのぅ⋯⋯?」


「ふざけないで」


 今真面目な話の途中だから。


 店長は「ふむ⋯⋯」と呟いたあとノエルへと向き直った。


「残念じゃが、依頼は受けぬ。そもそも『神具』を持てばその分余計に道具の枠が減るじゃろう。自身が何を言うておるのかよく考えてみた方が良いのぅ。らしくもない」


 エルが一つ息を吐いて目を開ける。


「そういう事だ。更に言うならノエル、キミは魔装を同時に扱えないね?」


 ノエルが魂の抜けたような表情で、ゆっくりとエルを見た。


「なん、で⋯⋯」


「少し考えればわかるだろう? 力を与える魔装と、与えられる魔装。矛盾する二つを同時に発動する事ができるとは思えない。つまりキミは自己を強化しつつ、ノイルを手助けする事はできないんだ。ノイルを強化している間は、常に守られている必要がある。違うかい?」


「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」


「さて、もう一度言おうノエル・シアルサ。ボクは冷静に判断し、最善だと思えるメンバーを選定した。その中にキミは入らなかった。理由は先に述べた通りだ。だがボクの判断が誤っている場合もあるだろう。キミがボクの気づいていない自身の有用性を示せるのであれば、考えを改め謝罪しよう。ただし、わがままな個人的な感情に付き合うことはできない。わかってほしい」


「⋯⋯⋯⋯ソフィ、ちゃんは⋯⋯」


 ノエルは、ぽつりと呟いた。


「私より⋯⋯戦えない⋯⋯のに⋯⋯」


 それは、何の意味も成さない最後の足掻き――いや、ただの子供じみた文句だったのかもしれない。それ程までに、ノエルは自分が行きたいと思ってくれていたのだろう。力になりたいと思ってくれたのだろう。


 ここでノエルの肩を持つのは簡単だ。いやこの空気の中だと簡単ではないが、味方をしてあげることはできる。

 しかし、そうする事はできない。してはいけない。ここはわかってもらわなければならない場面だ。


「それは違うわね。ソフィはちゃんと戦えるわ。油断や焦りなく正面から戦えば、血を一本飲んだ程度のあんたじゃ勝てないわよ?」


「⋯⋯⋯⋯そっ、か⋯⋯」


 ミーナにきっぱりと言われ、ノエルは消沈した様子で力なく腰をおろした。

 瞬間、僕はミーナにまた違和感を感じた。


 ほんの僅かに、ごく僅かにだが――嗤った気がしたのだ。

 背筋に寒気が奔るような酷薄な笑みを、ほんの一瞬だけ浮かべたように見えた。


 気のせい、だったのだろうか。

 ノエルに視線を向けていた皆に気づいた様子はない。そもそも、僕も偶然視界の端に入っただけだ。はっきりと見たわけではない。


 錯覚だろうか⋯⋯それにしてはいやに⋯⋯しかし、先程の表情とミーナがどうしても結び付かない。彼女はあんな顔をするような人間ではないだろう。


「他に意見のある者はいるかい?」


 エルの声で、僕ははっと意識を戻した。

 今一度ミーナを見るが、やはりもう変わった様子はない。


 きっと、見間違いだったのだろう。

 僕は若干の違和を抱きながらも、そう結論した。


「⋯⋯⋯⋯私は、入れませんか⋯⋯?」


 それよりも、フィオナの様子が明らかに妙だったからだ。ずっと顔を伏せたままの彼女は、力ない声でエルに尋ねる。

 普段のフィオナなら、ノエル以上に断固抗議をしていそうなものだが⋯⋯よほどミーナに敗北した事が堪えたのだろうか。


「ああ、フィオナの様々な属性を扱う能力は正直ほしいところだ。僕も迷ったが、採掘跡は狭い空間となっている事もあるからね。機動力が活かせない場面も出てくる可能性は高い。悩ましいところではあるが、やはりソフィとの連携を優先したい」


「⋯⋯⋯⋯そう、ですか⋯⋯」


「⋯⋯随分大人しいね。すまない、てっきり不満を言われるものとばかり思っていたよ。失礼だった」


「不満は、あります⋯⋯けれど、妥当な決定だとは思いますから。ただ⋯⋯⋯⋯誓ってください。先輩を必ず帰すと」


「賢明だね。全てをかけてでもそうするつもりだ」


 エルはふっと微笑むと「当然ボクも皆も一緒にね」と言ってテセアを見た。


「アリスに伝えてくれるかい? それとももう全部聞いていたのかな?」


 そして、『精霊の風』が同行する事をアリスに知らせるのだった。

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