第127話 影響力


 かつてランクSの採掘跡をたった一人で攻略し、マナストーンを持ち帰った採掘者マイナーがいた。


 いや、彼女は正確にはその時点では採掘者でも何でもなく、ただ勝手にイーリスト国内に存在する採掘跡――長大な塔、【空支える柱スカイピラー】に入り、勝手にマナストーンを取ってきただけの謎の人物であった。


 本来国の許可や採掘者の同行なしに一般人が採掘跡に立ち入る事は禁止されており、場合によっては重罪ともなるのだが、これまで誰一人として攻略する事ができず、何の情報すら得ることもできなかったランクS採掘跡から、たった一人でマナストーンを持ち帰った者を犯罪者として扱う事などできるわけがない。


 悪人であれば話はまた変わっただろうが、その者は多少変わり者ではあったが、国に対して害を齎すような存在ではなかった。

 故に、特例として採掘者と認められ、それどころか彼女だけの為に特別なランクが設けられたのだ。


 決して短くはない採掘者の歴史上初のランクS採掘者は、そうして唐突に誕生してしまった。


 ルビーのような艶のある美しい長髪に、誰もが見惚れる美貌を持つ女性――クイン・ルージョン。

 二つ名を『絶対者アブソリュート』。

 


 当然の事ながら、当時は世界中で大きな騒ぎとなったらしい。各国が彼女を自国に迎え入れようと様々な諍いも起こり、それを嘆いて『絶対者』は早々に姿を消したのだと言われている。


 当初はイーリストが彼女を秘匿しているのではないか、とも疑われていたが、その後時折ふらふらと彼女は世界各地に現れ自由気ままに過ごしていたことと、イーリストがランクS採掘跡のマナストーンを独占している様子もなかったことから、『絶対者』はそもそも一所に留めておけるような存在ではない、と世界は結論し、彼女を追うのを断念した。


 今では『絶対者』の姿は目撃される事もなく、彼女は暇つぶしに地上へと降りてきた神の一人だったのではないかという説まである。


 そんな彼女が齎した待望のランクS採掘跡の情報だが、これは全く採掘者たちの役には立たなかった。

 何故ならば、それはひたすらに強力な神獣との戦いの話でしかなかったからだ。おまけにあまりにも主観的な話であり、「強かったが攻撃を避けて殴ったら倒せた」、「上に行くほど面白くなった」、「特別な仕掛けはなかったのは不満だった」など、『絶対者』が語ったのは要領を得ない思い出話でしかなかった。


 彼女が攻略した【空支える柱】について判明したことは、上に向かえば向かうほど強力な神獣が現れることと、特別な手順は必要なく進む事ができる、ということだけであった。


 『絶対者』曰く、「腕試しには丁度いい」らしい。


 しかし、彼女以外の採掘者たちは、これまで様々な強者たちが【空支える柱】に挑み散っていった事を知っている。

 そんな場所に一人で入り腕試しに丁度いいなどと宣う人間の話など、参考になるわけがない。

 更に、彼女が持ち帰ったマナストーンは少量でしかなかった。採掘跡がクールタイムに入る程採取してきたのであれば、期を狙い内部を調査できたかもしれないが、それすらも叶わなかったのだ。


 故に、結果的にランクS採掘跡の情報は、現在でもないに等しいのだった。







「ミリス、キミが攻略した採掘跡はどこだい? よければ教えてもらえないかな? 【湖の神域アリアサンクチュアリ】を攻略する上で、役に立つ情報は少しでもほしい」


 クイン・ルージョンの話を絡め、エルがランクSの採掘跡については情報が殆どないと改めて説明し、店長へと問いかける。


 まあしかし⋯⋯確かに重要な情報なのだが、店長って一体何なんだろう。そんな殆ど伝説となっている人物と同じ事をしているこの人は何なんだろう。勝手にランクSの採掘跡に潜ったりさぁ⋯⋯普通の人ならそんな事やらないよ。普通じゃなくてもやらないよ。


 店長は髪の毛先を指先で弄りながら、事もなさげに口を開いた。


「我が入ったのも【空支える柱】じゃ」


「⋯⋯なんだって?」


「というより、その話を知っておったから入ったのじゃ。腕試しにのぅ。じゃから使える情報は何もないぞ。あそこは制限などなかったし、話通り純粋に強力な神獣を倒して登るだけの場所じゃった」


「⋯⋯どんな神獣と戦った?」


「すまぬが、あまり覚えておらぬ。そもそも別の採掘跡には同じ神獣は出現せんじゃろう」


 言いながら、店長は僕の膝の上に移動してきた。何だこいつと思いながらも、先程髪を弄っていたのでそういう事だろうとポケットから櫛を取り出す。

 エルがはっきりと顔を顰めたが、こうなったら店長はテコでも動かないので、僕は嫌々ながら彼女の髪を梳き始めた。


 フィオナ、シアラ、ノエルは既に退出している。酷く落ち込んだ様子だったので、後で話をする必要があるだろう。何を話したらいいのかはわからないが、放っておくのも良くない⋯⋯と思う。


「⋯⋯そうだね、詳しく訊きたいところだが、キミは話してくれないだろうし、ノイルから離れてくれ」


「嫌じゃ」


 顎に手を当てたエルが流れるようにそう言ったが、店長は即答した。

 エルは諦めたように一つ息を吐く。どうやらこの場に余計な感情を持ち込み、話が滞ることは避けてくれるらしい。


 エルは大人だな。店長は子供だな。

 僕は髪を梳きながら店長の頭を軽く小突いておいた。「ふぬ」って音がした。


「ちっ⋯⋯となると、やはり内部を予測するのは難しいね」


 何か今一瞬舌打ちが聞こえたけど、気のせいだということにしておこう。僕は悪くないと思ってこの場は乗り切る。


「一応、制限のついた採掘跡は【湖の神域】以外にも存在するが、どれも共通する特徴としては深部までの道程は長くはない」


「代わりに、危険度は上がるねぇ」


「やたらと人工的だから、釣り場もあんまり期待できねぇしな」


 クライスさんが肩を竦め、レット君が頭の後ろで手を組み、残念そうにそう言った。彼はブレない人間で非常に好感が持てる。


「そもそも、道具もろくにもってけねぇから釣りには向いてねぇんだよな」


「レット、黙ってくれ」


「あ⋯⋯うす」


 だが怒られた。まあ当然だろう。今は真面目な話をしているのだ。僕も一瞬まーちゃんならば問題ないと思ってしまったが、口に出さなくて良かった。レット君は僕を見習うべきだ。


「採掘跡については未だ殆どが謎に包まれている。というのもいくら調査を進めようが何を目的に創造されたものなのかが不明だからだ。実際幾度も足を踏み入れているボクとしても、採掘跡が創られた意図を見いだせていない。罠や神獣を配置してまで守っているのは、どの採掘跡もマナストーンだが⋯⋯神々にとってマナストーンとはそれ程貴重な存在だったとは思えないんだ」


 あ、それ僕知ってるや。

 深く考えないほうがいいよ。深く考えたら余計わからなくなるから。ドツボに嵌るんだ。頭良くない人、いやそれは失礼だな。単純な人ほど結論に辿り着くよ。


「ボクらの扱えない力で『神具』程のものを創造していた神々が、マナストーンを奪われないよう尽力していたというのはどうにも不自然だ⋯⋯何の為に創造された場所か判明すれば、その意図さえ掴めれば、【湖の神域】の予測も⋯⋯」


「あの⋯⋯」


 ぶつぶつと顎に手を当てて考え込んでいたエルの言葉を遮り、僕は手を上げた。

 皆の視線が集まる中、僕はテセアに視線を向ける。彼女は一つ頷いた。

 果たしてこの情報が役に立つのかはわからないし、皆に伝えていい事なのかはわからないが、少しでも採掘跡についての情報は共有していたほうがいい。


「アリスも教えとけって」


 テセアの言葉に僕も頷き、店長の脇を抱えてどかしてから立ち上がった。


「どうしたんだい? ノイル」


 エルが不思議そうな表情で尋ねてくる。


「僕とテセア、それからアリス⋯⋯ちゃんは、採掘跡の成り立ちを知ってる」


「ほぅ⋯⋯」


 店長が好奇心に満ちた顔で小さな声を漏らし、『精霊の風スピリットウィンド』の皆が怪訝そうに眉を顰めた。


「どういうことかな?」


 一度息を吐き出し、僕は口を開く。


「『浮遊都市ファーマメント』で、その⋯⋯神の遺した日記を読んだんだ」


 皆の反応は、概ね予想通りだった。あのエルまでもが目を見開いている。店長だけはいよいよ楽しげに口角を吊り上げていたが。


「一体どうやって解読を⋯⋯いや、そうか。テセアか」


 エルが問おうとして、愚問だったとばかりに首を振ってテセアへと視線を向けた。


「うん、私がノイルとアリスに⋯⋯教えちゃったの。《解析アナライズ》でも全てを読めたわけじゃないけど、神がどういう存在だったのか、何故居なくなってしまったのか、採掘跡とは何なのか⋯⋯かつて世界に何が起こって、私たちが今生きているのか⋯⋯それがわかる内容だった」


「皆に伝えるべきか迷ってたんだ。だけど、話しておくべきだと思う。もし聞きたくなかったら――」


「構わぬ。話すのじゃ」


 僕の言葉を遮って店長は腕を組みふんぞり返る。その瞳はきらきらと輝いており、さっさと話せと催促しているようだった。


 まあ店長はこういう反応をするだろうとは思っていたけど、これは今までの考え方を大きく変えてしまうかもしれない情報だ。余計な混乱を招く可能性だってある。知らないほうが穏便な日常を過ごせることは間違いないのだ。


 だから、店長はともかく皆にはもっと慎重に考える時間が――


「そうだね、話してくれ」


 必要では、ないようだった。


 『精霊の風』の皆は、迷いのない瞳でこちらを見つめている。


「大丈夫だ、絶対にみだらに口外はしないさ。どのようにしてその情報を知り得たのか詮索され、キミとアリスが危惧している、テセアの存在が公になるようなことは起こらないと誓うよ。ここに居る全員がね」


「え?」


 エルの言葉にテセアが瞳を瞬かせ、僕を見てくる。


 まあ、その辺りは元より信用していたのだが⋯⋯そこまで言われてしまえば、もう話さない理由はないだろう。


「わかった。それじゃあ――」


 僕は頷き、『浮遊都市』の創造者が遺した日記の内容をテセアと共に皆に話すのだった。







「なるほど⋯⋯採掘跡とはつまり、言ってしまえばかつての人類の遊び場だったわけか」


 テセアと僕の話を聞き終えたエルが、一つ息を吐き、そう言うとカップを優雅に口に運んだ。


「確かにそんな説もあったが、あまりにも馬鹿げていると一蹴されていた説だねぇ」


「無理もないさ、実際馬鹿げている。おもしろい話だけどね」


 テーブルの上で両手を組んだクライスさんが珍しく苦笑し、カップを置いたエルがふっと微笑む。


「我はそんなところじゃろうと思っておったがのぅ。人を楽しませるように出来ておるからなあそこは」


「いや普通に殺しに来てるでしょうが⋯⋯まあけど、そんな馬鹿げた理由で造られてたんなら納得だわ。意図を読み取ろうとするだけ無駄だったわけね。能力を持った暇人たちの考える事なんか理解できないわよ。スケールがでかすぎるし」


 したり顔の店長にミーナがげんなりしたような顔を向けた後、腕を組んで疲れたように背もたれに寄りかかった。


「だよなぁ、どうせ造るんなら完璧な釣り場だろ」


「お言葉ですがレット様。それは頭がおかしいかと」


「ひどくね?」 


 ぐでっとテーブルに上半身を投げ出しだレット君に、姿勢を正し椅子に腰掛けているソフィが辛辣な事を言った。同意しなくてよかったと僕は思った。


「何か⋯⋯皆あんまりショック受けないんだね⋯⋯」


 テセアが和気藹々とした様子の皆を見ながら呆然とした様子でぽつりと呟いた。

 まあ確かに、かなり衝撃的な内容だったはずなのだが、皆あまりにも平然としている。いちいちテセアに待ったをかけて聞いてた僕とは大違いだ。これが人としての格の違いってやつか。差がありすぎるのも困りもんだね。ははっ。


 店長に至っては僕の膝の上に戻ってこようと――ほら戻ってきた。


 仕方なしに、僕は櫛を再び取り出して彼女の髪を梳く。


「ちっ⋯⋯」


 舌打ちが聞こえてきたが、きっと気のせいだろう。

 僕だって進んでやりたいわけじゃないんだ。ただもうなんか染み付いてるんだよ身体に。呪いをかけられているんだ。

 というかやらないとめちゃくちゃ不機嫌になるからねこの人。


「⋯⋯⋯⋯『神具』を創ったのが人間であったとしても、今の人類が生まれるきっかけとなった存在であれば、それはもはや神という認識でも構わないだろう。とはいえ、やはりこれは公にするべき情報ではないね。やるとしても、長い時間をかけてゆっくりと浸透させていくべきだ。そうしなければ世界を混乱させかねない。まあ、証拠である日記も既にない。今はやるべきことにだけ目を向けよう」


 エルはやたら刺々しくそう言うと、指を一本立てた。


「この情報から、やはり【湖の神域】はそれ程深くはない採掘跡だと考えられる」


「制限のかけられた採掘跡の傾向と、競技用に設けられた施設だった事を考慮すれば、そのようなルールがあったのだと推測できますね」


「そういう事だねソフィ。あくまで確率が上がっただけだが、おそらくは――アリス、キミもそう考えていたんだろう?」


 と、唐突にエルはテセアの方を向き、その右耳のイヤリングの向こうにいるであろうアリスちゃんへと問いかけた。

 テセアが驚いたように右耳へと手を当てる。


「お誂向きだね。確かに全て予測通りで何もかもが上手くいけば、キミの望みは叶うかもしれない。けれど、今のところ確定した要素は何一つない。何が起こるかわからないんだ。やはりこんな事は止めるべきだとボクは思う。キミもこれがどれ程無茶な事なのか――」


「あ、あの、あのぅ、エルさん」


 エルの説得を遮ってテセアがおずおずと手を上げた。エルは静かに瞳を閉じると、テセアに片手を差し出し、続けるよう促す。


「えーっと⋯⋯えへへ⋯⋯あの、アリスがそのまま伝えろって言うから⋯⋯そのぉ⋯⋯」


 テセアは頬を指でかきつつ、歯切れ悪そうにもじもじと喋っていたが、決心したように一度息を大きく吸い込むと――


「うるせぇんだよ!! クソゴミゲロカス『精霊王』!! ごちゃごちゃ言ってんじゃねぇぞ死ね!! アタシがやるっていってんだてめぇは黙って手だけ貸しやがれ!! その後死ね!! ゴミカスがぁッ!!」


 豹変した。


 しん、と部屋が静まり返る中、僕は目を閉じて一人眉間を揉みほぐす。あー、うちの純粋な妹に何をしてくれたんだアリスちゃんは。何を指導したんだ。そっくりじゃないか。


「お上手ですね。本当にこの場にアリス様がいらっしゃるように見えました」


 ほら、ソフィのお墨付きだもん。

 僕は静かな部屋にぱちぱちと響く、ソフィの空気を読まない拍手の音を聞きながら、妹の将来を憂いていた。


「⋯⋯そうか、すまなかった。今のは最後の確認だ。どうやら意志は変わらないようだね。ならばボクはもう何も言わない。ただ、この件でノイルや仲間に何かあればボクは⋯⋯」


「耳クソつまりまくってやがんのか!! ごちゃごちゃうるせぇって言ったんだクソボケッ!! てめぇの耳クソでも食ってろ!!」


 おおぅ⋯⋯ 。

 もうやめて。もうやめてテセア。いや、アリスちゃん。テセアがどんどん行ってはいけない方向に凄い勢いで向かってるから。こんなテセア見たくないの私。


「⋯⋯⋯⋯だって」


 身を乗り出して片眉を上げ、ガラの悪い顔でガラの悪い怒鳴り声を上げていたテセアは、はっと顔を赤らめておずおずと椅子に座り直した。

 正気に戻って今の行いを恥ずかしいと思えるのなら、まだ大丈夫。大丈夫だ。テセアは戻って来られる。

 こんな事二度とやらせはしない。


 僕は椅子の上でもぞもぞと居心地悪そうに皆の視線を浴びているテセアを見ながら、そう心に誓うのだった。

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