第86話 王に捧げる六重奏


 厄介だ。

 あまりにも厄介な相手だ。

 このままでは不味い。この厄介な相手を何とかしなければ、僕らは負けてしまうだろう。

 紅玉の剣を振るい、白の巨人へと傷をつけながら、僕はそのあまりの厄介さに焦りを覚えていた。


「だから! 皆の力を借りようって!」


『嫌じゃ! いーやーじゃー!!』


「わがまま言うな!」


『嫌じゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』


 本当、この人ミリスは厄介だ。


 僕は先程からずっと、ミリスに六重奏セクステットの皆と力を合わせようと提案していた。

 《白の王ホワイトロード》に《六重奏セクステット》の力が加われば、それは強力無比な魔装マギスとなる事は間違いなく、この『浮遊都市ファーマメント』が変形した機械兵であろうと倒せる筈なのだ。

 《六重奏》は負担が大き過ぎて僕一人では扱えないが、ミリスと半融合状態である今ならば、多少は無理をする事になるだろうが扱う事が出来ると思う。

 悪くない手のはずだ。決して悪くないはずの手なのに――


『我はその様な事は絶対に認めぬぞ!』


 先程からミリスはずっとこの調子である。

 最初は上機嫌だったのに、僕がいい考えがあると伝えた時からそれはもう、大層ご立腹であった。

 彼女が《六重奏》を受け入れなければ、当然だが魔装を融合させる事などできない。

 だから僕は必死にミリスを説得する他なかった。


「だから何でだよ!」


『わからぬか!』


「わからぬよ!」


『ぐぬぬぬぬぬぬぬぬ!』


『リガリヘゴルメメメメメメメメ』


「うるさい(のじゃ)!!」


 ミリスと喧嘩しながら、迫ってきた白の巨人の拳を紅玉の剣で弾き返す。

 《白の王》により人外の膂力を得ている僕らは、その巨大な拳にも打ち負けることはなかった。『切望の空ロンギングスカイ』をミリスが操作してくれているため、本来飛行能力はない《白の王》でも、空中で戦うことも出来ている。

 しかし、このままでは分が悪い。


「このままじゃ勝てないって!」


 負けてはいない、負けてはいないのだが、明らかに決め手に欠けている。紅玉の剣で傷をつける事はできても、そのサイズと強固さ故に致命打にはならないのだ。


『何を言うか! 我らが負けるなど有り得ぬ! 現に押しておるではないか!』


「それは今だけだろ! このままだと《白の王》が解除される!」


『ぐぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬ!』


 ミリスと激しい口論をしながら、拳を弾き返されぐらついた白の巨人の腕の周囲を回るように飛行し、傷を負わせていく。

 確かに今は僕らが押している。《白の王》は最強の魔装だ。単純な性能ならばこちらが勝っているという自負もある。

 このまま延々と戦い続けられるのならば、僕らの勝利は揺るがないだろう。

 しかし、《白の王》には効果時間があるのだ。

 それも、さほど長くはない。

 それまでに勝負を決めるには、更に別の力が必要だ。


 ミリスもそんなことは当然わかっているはずなのだ、わかっているはずなのに――


『それでも嫌じゃ! 断固拒否するのじゃ!』


 これだよ。


「じゃあどうやって勝つんだよ!」


『我らの愛じゃ!』


「それそんなに強くないから!」


『何じゃとぉ!?』


『アリりりリガべベルリへメルルルルル』


「だからうるさい(のじゃ)!!」


 やかましい大音声を発する白の巨人の頭を蹴りつけ、僕らは距離を取ると遂には空中で静止した。

 こうなったら最終手段だ。何としてもこのわがままな人を説得してやる。もはや手段は選ばない。


「帰ったら、何でも言う事聞いてあげるから!」


『! ぐ、むぅ⋯⋯しかし⋯⋯』


 僕は奥義〈賄賂パーフェクトコミュニケーション〉に確かな手応えを感じた。ミリスが僅かに悩んだのがわかる。

 こんな時の為に僕は常日頃からミリスに対して反抗期なのだ。日々の積み重ねがここに来て活かされる。

 後が怖いが、後ひと押しだ。

 この場を乗り切る為ならば、僕は自分を犠牲にしよう。ミリスの玩具にされようが構わない。

 任せてくれ、責任を取らないことと逃げ脚には自信があるのだ。


「デートも何回でもしてやる!」


 彼女が言うデートが何なのかは知らないが、僕は拉致される前にミリスが望んでいた事を思い出し、やけくそ気味にそう言った。

 必死だったから覚えてない。これでいこうと思う。

 最低だって? そうだよ。僕は汚属性だからね。


 だってそうでもしなければ、負けてしまうのだ。それは僕の敗北だけではない。この場に居る全員の敗北を意味する。ミリスですら《白の王》がなければ奴には勝てないだろう。というよりも、いつも通りなように振る舞っている彼女だが、明らかに疲れている。

 ミリスのご機嫌伺いばかりしてきた僕にはわかるのだ。

 あのミリスが、無理をする程の相手だったのだろう。

 あまり余裕などないはずだ。


 僕一人だけの敗北ならそれでいい。

 だけど僕を助けに来てくれた皆――そしてミリスを、危険な目に合わせるわけにはいかないのだ。


『⋯⋯⋯⋯《白の王これは》、我とノイルだけのものじゃ』


「え?」


『二人だけの、ものなのじゃ!』


「⋯⋯⋯⋯」


『そこに他者が加わるなど、それだけは絶対に許容できぬ!』


 そんな風に言われてしまえば、僕はもう何も言えなかった。普段は伝わってこないはずのミリスの感情が、漏れ出していたからだ。

 彼女がどれ程、《白の王》による僕との繋がりを、大切にしてくれているかが、わかってしまったから。

 しかしそれでも――


『⋯⋯じゃが、仕方ないのぅ』


 ミリスは笑った。


『それ程我を想っての事ならば、受け入れる他ないではないか』


 《白の王》は、気をつけていなければ互いの心がただ漏れになる。僕は必死だった。必死過ぎて、そんな事に気を遣う余裕はなかった。

 だから全部、ミリスに伝わってしまっていたのだろう。


『デート二回じゃ、それで許してやろうではないか』


「⋯⋯ドラゴン狩りは嫌だからね」


『ふふ、わかっておる』


 もうこの際だ。

 全て、伝えてしまおう。

 それが、死ぬほど嫌なのに我慢してまで僕の提案を受け入れてくれた、彼女への誠意だ。

 けれどやはり、直接口で言うのは少し気恥ずかしいから――


「ミリス」


『何じゃ?』


「嫌い」


『何でじゃ⋯⋯ぬ?』


 君が好きだよ――ミリス。


 まあもちろん、恋愛感情とかではないけれど。

 人として、君と出会えて良かったと、僕はそう思っている。


『ふ、ぬゅふっ、ぬゅふふふふふふ、ふ!』


 うわ気持ち悪い。

 何だその笑い方。


 だがまあ⋯⋯ちゃんと伝わったようで何よりだ。


『ふぬゅふふふふふふふ』


 キモいからその笑い方そろそろ止めて。


「⋯⋯やるよ」


『うむ! 任せるのじゃ!』


 僕らは改めて、白の巨人へと向き直った。

 随分大人しくしていると思えば、両手の平をこちらに向け、光線を放つ準備をしている。

 途方もないエネルギーが集積され、目が眩む程の光が発せられていた。

 あれが放たれた時、一体どれ程の被害が出てしまうのか。


 そんな事は許さない。


「《六重奏》」


 こちらも、皆の力を重ね合わせたその膨大なエネルギーを全て――紅玉の剣へ。

 特殊な能力は必要ない。《白の王》ならば、その力を高めるだけでいい。

 だから、多彩な技は必要ない。

 その分を、純粋な破壊力へと変換する。


 こんな力の使い方をしてごめん。


 構いませんよ、ノイルさん――


 ああ、思いっきりやれ――


 どかーんっていっちゃお!――


 ふふ、私の力が役に立つかしら――


 ノイルなら、上手くやるだろう――


 捧げるよ、君に自分たちの全てを――


「ありがとう⋯⋯」


『ぬ?』


「こっちの話」


『ぐぬ⋯⋯やはり二度とやらぬ』


 ミリスの気が変わらぬ内に、僕は紅玉の剣を正眼に構える。

 瞬間、紅玉の剣がその姿を変えた。


 それは、王に捧げる六重奏。


 皆の力が《白の王》に新たな武器を与える。


 天を衝く程の、長大な光の剣。


『リリリリガリヘヘヘヘリュルヘルククゥゥゥ!!!!』


 夜明けを告げる朝日が昇る中、極大な光が白の巨人から放たれた。

 静かに鋭く、僕とミリスは光の剣を振り下ろす。

 衝突する光と光。

 ぶつかり合う膨大な力の余波、白光が辺り一体へと広がり――


 光の剣が、全てを斬り裂いた。


「終わりだ(じゃ)!!」


 白の巨人が放った光線もろとも、光の剣がその巨体を二分する。

 突き抜けた衝撃は、しかし白の巨人以外を断つことはない。


『リリ、リュ、メル⋯⋯ヘルク⋯⋯ 』


 最後に、そんな声を上げると、白の巨人――アイゾンは完全に沈黙した。

 断たれた『浮遊都市』は、淡い光を放ちながら、まるで幻であったかのように消失していく。


 ごめん――


 僕はその都市の創造主へと心の中で謝罪する。

 あんな男に良いように使われるくらいならば、僕は破壊してしまうことを選んだ。

 彼が何を思うかはわからないが――


『仕方なかろう。ノイルが気に病む事ではない』


「⋯⋯そうだね」


 ミリスの言葉に、僕は頷いて《六重奏》を解除した。

 光の剣が消え、元の紅玉の剣へと戻る。


『わかっておるな! デート二回じゃ! 二回じゃぞ!』


「わかったわかった」


 僕は苦笑し、一回はバックレようと思いながら、皆の元へと向かうのだった。







 久しぶりの地上だ。

 『浮遊都市』の完全消失を確認した僕らは、近くの平原へと降り立っていた。

 土と草の匂いに、頬を撫ぜる風。


 いやまあ、僕は兜のせいでそんなもの感じないんだけど。あれだよ、雰囲気だよ雰囲気。


 今回の大事件だが、終わってみればたった一日も経っていない。

 夕暮れに拉致られ、一晩中駆け回り、一回ボロボロにされて――これまででも一番大変だったはずなのに、終わってみれば心は何とも満たされていた。


 それはきっと、目の前のこの光景を見る事ができたからだと思う。


 朝日の中を、シアラの手を引いて駆け回る――テセアの姿。

 シアラの方は驚く程に無表情だが、テセアは満面の笑みを浮かべてはしゃぎ回っている。


 地面の感触を楽しむように、地を踏みしめ、寝転がり、雑草を口に入れて吐き出して、それでも笑っている。

 彼女は全身で、外を感じていた。


 その姿を見られただけで、僕はもう満足だ。

 今回の一件の、何よりの報酬だった。


「おうおう下僕、良くやったじゃねぇかおい!」


 だから邪魔しないで?

 ちょっと今僕浸ってるからさ。


 背中をばんばんと叩いてそう言ったアリスは、直ぐに自分の手を押さえて蹲り涙目になった。

 そら痛いよ。《白の王》をアリスの非力さでしかも素手で叩けばそら痛いよ。


 そう思った瞬間――


「お」


「時間じゃな」


 《白の王》が解除され、僕の肩の上にミリスが現れた。

 毎回思うが、何で肩車した状態になるんだろう。

 シュールだから止めて欲しい。


「っ⋯⋯」


「来たか」


 視界がぼやけ、ぐらついた僕の肩から店長が素早く降り、ふらつく僕を支えてゆっくりとその場に横たえた。

 今回は、少し長い眠りになるかもしれない。

 急激な眠気に襲われながら、僕はそう思った。

 けれど、大丈夫だ。


 テセアには、もう皆がついている。

 だから、後は安心して任せられる。


 起きたら皆に何かお礼をしよう。

 助けに来てくれた皆を眺め、僕はぼんやりとそう思う。


「起きたらデート二回じゃからな」


「はは⋯⋯わかって、ます⋯⋯」


 店長が僕の顔を覗きこみ、そう言った。

 とりあえず返事だけをしておき、僕は瞳を閉じる。


 ああ、やっぱり――外はいいな。


 今度こそ、土と草の匂い、そして穏やかに頬を撫でる風を感じながら、心地よく、僕の意識は眠りに落ちるのだった。

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