第83話 重ねる力


 ああ、ダメだ。

 どうやらアリスの下品な言葉遣いが移ってしまったらしい。ついシアラの前で汚い言葉を吐いてしまった。

 まあでも――それもこれも全部、このアイゾンクソ野郎が悪い。


 僕は離れた位置に立つ機械兵を睨みつける。


 シアラのあんな顔は、あんな悲痛な声は、初めて聞いた。

 見たくなかった表情を見せられ、聞きたくなかった声を聞かされた。

 テセアを苦しめ、シアラを泣かせた。

 こいつは一体、どこまで僕の神経を逆撫ですれば気が済むのだろうか。


 だけど、もう終わりだ。

 終わらせてやる。


「思いっきり戦っていいよノイル。私がついてる」


「うん、ありがとう」


 《伴侶パートナー》を発動し、花嫁衣装となったノエルが僕へと微笑みながら、何時ものポーチの一つを渡してくれた。

 僕の必需品となっているマナボトルが詰め込まれたものだ。

 それを受け取り、腰につけ、マナボトルを一本飲み干す。

 何だか久しぶりの家庭の味は、僕の集中力を高めてくれた。


 これだよ、これ。

 やはりこれがないと調子が出ない。


 ⋯⋯⋯⋯⋯⋯中毒かな?


 少し怖くなってしまったが、マナボトルを飲む行為が僕にとって一種のルーティーンとなっているのは事実だ。

 まあ家庭の味は誰でも落ち着くからきっと大丈夫だろう。


 マナボトル自体は変わらぬ家庭の味だが、それを飲んだ僕は一味違うぞ。

 今度は負けはしない。絶対に。


「さあリベンジマッチだ」


「またも神子様を誑かすか!! 悪魔が!!」


 悪魔はお前だろ。いや、悪魔に失礼か。

 激昂したかのような叫び声を上げ、こちらへと片腕を射出したアイゾンを見て、僕はそう思った。


 片手を前に翳し、慌てず冷静に迫る機械兵の腕に対処する。

 十枚の金色の盾がその形を変え、僕ら四人を薄い膜状となって包んだ。

 以前なら最大防御で防ぐのがやっとだったが、今ならばこれでいい。


「ぬ!?」


 甲高い音を立て、機械兵の腕は弾かれる。

 アイゾンは驚いたように素早く腕を戻し、しかし直ぐに勝ち誇ったような声を上げた。


「小賢しくも強度が上がっているようだが――この至高の身体の前では意味を成さぬぞ!」


 盾に生じた亀裂を見て、そう思ったのだろう。奴は即座に逆の腕を射出する。その一撃で砕けるという確信があったのだろう。


「何だとッ!?」


 僕らを覆う盾が――ひとりでに修復するのを見るまでは。

 機械兵の腕が届くよりも早く、亀裂は完全に塞がり、再びアイゾンの攻撃を防ぐ。


 これが――《六重奏セクステット》。

 魔装を重ね合わせた力だった。


 《六重奏》はそれぞれ別の魔装を重ね、変化させ、新たな力を生み出す魔装だ。

 融合させる、と言ったほうがわかりやすいかもしれない。

 魂へと干渉し、魔装を変化させる力を持つ変革者が核となり、皆の力をかけ合わせ何倍にも高める。助け合い弱点を埋め、強みは最大限に活かす。

 それが僕の中の魂たち――『六重奏』の本来の戦い方だ。


 《白の王ホワイトロード》に少し似ている。

 原理は違うが、この力を成立させるのに必要不可欠なのは、互いの信頼だ。

 僕と店長の信頼関係は⋯⋯まあ置いておくとして、『六重奏』の皆も互いに命を預ける程の仲なのだろう。

 そして、その絶対の信頼を僕にも向けてくれている。彼らの事はわからないが、わかるのだ。


 不思議な感覚だ。

 僕は『六重奏』の皆の事を知らないのに、知っている。

 先程僕を呼び起こしてくれた相手は、変革者だったと今ならはっきりわかる。

 初めて話したはずなのに、初めてではない。


 癒し手さん、守護者さん、魔法士ちゃん、馬車さん、狩人ちゃん、変革者。


 顔を合わせたことなどないはずなのに、皆の顔がちゃんとわかる。


 《癒し手》と《守護者》の力を合わせた盾が再び修復したのを見たアイゾンは、忌々しげにこちらへと手の平を向けようとして、思い直したように動きを止めた。

 シアラとテセアに、光線が当たってしまう事を危惧したのだろう。

 そんな気持ちの悪い気遣いは、必要ないというのに。


 お前が何をやろうが、もう傷つけさせやしないのだから。


「貴様ぁ、力を隠していたのか」


 違うね。

 さっきまでは僕が皆の力を上手く扱えていなかっただけだ。


「だが、まあいい。どうやらやはりその身体は上物のようだな」


 違うね。

 皆が凄いんだ。僕自身は大したことない。

 

「貴様如きには過ぎた力だ。大人しく私にその身体を空け渡せ」


 そうだね。

 僕には過ぎた力だ。

 ノエルの助けがなければ、使えもしない。

 もっと上手く扱える人なんて、いくらでもいるだろう。


 でも――お前には無理だ。


 他者を一切顧みず、独りよがりで独善的。

 エゴの塊のようなお前に、この力は理解できない。

 

 だからお前は僕に――僕らに負ける。

 その身が『神具』であろうが、どれだけ強靭な力を持っていようが関係ない。

 

 お前が大好きなこの都市の創造主だって、最後の最後で求めたものは、お前がなんの価値も見出さなかった人との繋がりだ。

 お前はその存在も含め、何もかもが間違えているんだ。


 自身の中だけの理想の神で、ずっと人形遊びをしているだけのお前に、一体どれだけの人が踏み躙られてきたと思っている。


 もう、いい。もういい。


 お前は、もういい――


 僕はアイゾンの声には応えず、振り返り呆然とした様子で立っているテセアを見た。


「テセア、約束したのに、一度負けちゃってごめん。けど、もう負けないから」


「ッ⋯⋯だから⋯⋯何で、ノイルが、謝るの⋯⋯」


 そう言うと、彼女は顔をくしゃっと歪め、泣き笑いのような表情を浮かべた。

 その頭を一度撫で、何故か左手の薬指に嵌った指輪見ながら、ノエルへと尋ねる。


「ノエル、どのくらい保つ?」


「いつまでも、ずっと」


 無理だろう。いや、無理だろう。

 慈しむような笑みを向けて彼女はそう言ったが、その額には汗が浮かんでいる。

 《六重奏》を支えるのは、負担が激しいようだ。先程僕がマナボトルを飲んだ際、ノエルも飲んでいたのも知っている。以前はほんの一口でギブアップしていたそれを、表情を変えずに飲めるようになっていたのは凄いが、僕が力を行使する度に、それ程マナも削れるという事だ。長くは保たないだろう。


 僕の方も、ノエルの助けがあってもマナの減りは早い。


 あまり時間はかけられないな。


 僕は最後に、へたり込んでいるシアラの頭へと手を乗せた。せっかくの可愛い顔が、涙と鼻水でぐしゃぐしゃだ。


「助けに来てくれてありがとう。今度は僕の番だね」


「⋯⋯にい、ざん⋯⋯!」


 ああ、僕は君の兄だ。

 頼りないかもしれないけど、世界一可愛い妹を泣かせる奴は、許さないんだ。

 昔のように失敗はしない。

 だから安心して見ていて欲しい。


 シアラの頭から手を離し、僕はアイゾンへと向き直ると盾の結界の中から歩み出た。


 瞬間――機械兵の拳が僕へと飛んだ。

 そんなもの、もはや当たりはしないというのに。


 《狩人》をベースとし、今の僕にはこれまでの魔装全ての力が宿っている。

 《癒し手》と《守護者》は三人を守るために使っているが、問題はない。

 何時も以上に研ぎ澄まされた感覚は、迫る機械兵の拳を容易く捉える事が出来るし――こいつの動きはもう慣れている。

 僕は腰から短剣を抜き逆手に持ち、機械兵の拳を下からかち上げた。


 伊達に一回ぼろぼろにされたわけじゃない。

 疲労とマナの枯渇で動きが鈍った所を捉えられてしまったが、それまでは――直撃はされていない。

 火事場の馬鹿力というやつだろうか、それとも店長にしごかれたせいだろうか、避けるだけならば《六重奏》を使わずともやれていた。

 十分に動きは見ている。《六重奏》の力がある今、もはやこいつの動きは脅威に感じない。


 問題は攻撃のほうだが――


「馬鹿なッ!?」


 それも今ならば十分な威力がある。

 一条の鋭い旋風と共に高く撥ね上げられた自らの拳を見たアイゾンが、驚愕したかのよう声を上げた。


 僕が振るった短剣の刃には、彼女の髪色と同じストロベリーブロンドの紋様が刻まれている。

 今僕の武器には全て――《魔法士》の力が込められていた。

 僕の能力不足のせいで一日一回しか使えなかったその力の本質は、あらゆる属性の魔法を自在に操ることである。

 フィオナの魔弾と同じ――いや、はっきりと言ってしまおう。それを遥かに上回る。

 何故ならば、威力に限界が存在しない。

 厳密に言えば僕のマナに限りがある為限界はあるが、マナを込めれば込めるほど、強大な魔法の力を行使できるのだ。


 攻撃手段と一撃の威力に欠けていた《狩人》に加わったのは、多彩で強力、そして華やかな力。


「ちッ! 殊勝にも厄介な盾から自ら出たかと思えば⋯⋯足掻くな冒涜者!!」


 腕を回収しつつ、アイゾンはもう片方の手の平から光線を放つ――瞬間、僕は機械兵の目の前へと移動していた。


「⋯⋯は?」


 一拍遅れて間抜けな声を発したアイゾンの回収しかけた片腕へと短剣を振るい、炎を纏い超高熱の炎刃と化した短剣は繋がったワイヤーのような物を溶かし斬る。

 これで、もはや片腕は戻らない。

 

 続けざまに、機械兵の胴体へ短剣を突き立てる。刃は機械兵には通らない、が――


「ぐぅおおおおおおおおおおおおおお!!」


 その刃から放たれたのは、落雷を思わせる程の雷撃。刃が通らないなど、関係ない。

 アイゾンの全身を駆け巡る紫電は、確かなダメージを与えていた。


「図に、のるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」


 雷撃を受けながらも、アイゾンは無茶苦茶に残った片腕を振り回した。

 僕は再び機械兵から距離を取る。


「が、あ⋯⋯どう、なっている⋯⋯何故、何をしたぁッ!? 何だその姿はぁッ!!」


 僕が纏った暗色の衣には、彼の髪を思わせる燃えるような赤色の紋様が現れている。

 別に僕は何も特別な事はしていない。ただ近づいて斬った後、ただ距離を取っただけだ。

 アイゾンが反応出来なかっただけでしかない。

 僕はマナボトルを二本取り出し、混乱した様子のアイゾンを無視して一気に煽った。


 《馬車》――その力の本質は、移動、運搬。

 店長のせいで不憫な能力となってしまっていた馬車さんだが、僕は彼の力が最も――反則だと思う。

 移動は言うまでもなく、機械兵すら反応出来ぬ速度を出し、そして――


「頼んだよ」


 僕は弓を発現させ、複数の、鏃に《魔法士》と《馬車》の紋様が入った矢を番える。

 狙いなどロクにつけていないが、それを一気に放った。


「この私を、愚弄するか貴様ぁッ!!」


 バラバラな方向に散った矢を見たアイゾンは、激昂したように叫び、残った腕の手の平をこちらへと向けた。


「運んでくれ」


 機械兵より光線が放たれようとした瞬間、その腕が内部から凍結する。


「!? は? な!?」


 アイゾンには、理解できるはずもない。

 当たるわけもなく四方八方に散った矢、その全てが――機械兵の内部へと運ばれたなどとは。


「お? お、お、おおおおおおおおがぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 アイゾン――機械兵は踊り狂う。

 内部から炸裂する魔法、その威力と衝撃に耐えかねて。

 爆発、凍結、暴風、豪炎、雷撃。

 成すすべなど、あるわけがない。


 運搬の力は、指定したポイントへと、寸分違わず送り届ける力。

 それはもはやテレポートだ。

 あまりにも強力無比な力。


 もっとも、これは空間の位置までしか指定しできない。

 だから僕は機械兵の内部であろう位置を指定しただけだ。

 この力を知っていれば、即座に動いて躱すことはできる。知っていれば、だが。


「お、ぉ⋯⋯ぁ⋯⋯ああああああああ!!」


 内部はそこまで頑強でもなかったのだろう。

 入り込んだ矢から発する《魔法士》の魔法には耐えきれるわけもなかった。

 機械兵――アイゾンは、一度金切り声のような声を上げ――爆散する。

 散り散りに散った機械兵の破片、それはまるで幻であったかのように霧散していった。


「ふぅ⋯⋯」


 ありがとう――


 皆にお礼を言い、僕は一つ息を吐いて振り返った。

 金色の盾の結界の前へと歩み寄り、《六重奏》を解除する。


「終わったよ」


 そして待たせていた三人に、僕は笑顔を向けた。


「ん?」


 すると、何故かノエルは顔を両手で覆い隠し、テセアは困ったように笑い、シアラは呆けたように僕を見る。


 何か⋯⋯思ってた反応と違う。


 何故だ? と首を捻った僕は、ある事実に気づいた。

 圧倒的な解放感。


 アイゾンを倒した事によるものだと思っていたが、どうやら物理的なものだったようだ。


 ああ、そりゃそうだ。

 《狩人》の衣は全身に纏うタイプだからすっかり忘れていたが――一度アイゾンとの戦闘を経た僕は、その時点で何も身に着けていない状態だったのだ。


 そりゃ魔装を解いたらこうなるわな。


 全裸の僕は――正確には腰にポーチだけを着けた変態は、そっと両手でノイルくんを隠した。


「⋯⋯すいません」


 そして謝罪する。

 すいません、お見苦しいものを。

 ほんと、すいません。


「き、気にしないで。その⋯⋯ごちそうさま」


 謝罪する僕に、やけに大きく空いた指の隙間から下半身をガン見している気がするノエルは、何故かわけのわからない一言を付け足すのだった。

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