第71話 リュメルヘルク
「色をつけ忘れた」
「ん?」
ん?
「いやまあこのままでいいか、もう面倒だ」
⋯⋯⋯⋯⋯⋯。
「どうせ遊びで作ってみただけだ。とりあえずこれでいいだろう」
「ちょっと待って」
僕はテセアに手の平を向け、額に手を当てた。彼女はさもありなんといった表情で困惑する僕を見ている。
いや、まあうん。
「本当にそう書いてあるの?」
「うん⋯⋯」
オーケーわかった。
どうやらこの日記の内容を知るには、違った意味でそれなりの覚悟が必要らしい。気を抜くと頭がおかしくなりそうだ。
初っ端から神聖さとか一切感じられない。
え? 何? この都市がやたら白いのって狙ってやったわけでも、何か意味があるわけでもなく、色つけ忘れたからなの?
ふざけてるの?
どこか適当さは感じていたが、思っていたより酷い。というか、あまりにも人間味がありすぎる。色つけ忘れるなよ。
僕は一度深呼吸をして、気持ちと頭を落ち着かせた後、テセアに向き直った。
「⋯⋯続けて」
「じゃあ、読むね」
彼女は苦笑し、再びふざけた奴の日記を読み始める。
◇
しかし、最近はいい世の中になったものだ。
この誰でも都市作成キットを使えば、簡単に都市のような大規模なものも作れるようになった。
技術の進歩を感じる。
まあ、あまり流行ってはいないようだが。
◇
友人を招待してみた。
目が痛い、センスがないと言われた。
とりあえず球状にするの止めろと。
悔しかったので、色んな機能をつけてみた。
中でも防衛機能は良くできたと思う。
使う機会は一生ないだろうが、こういうのは男の憧れだ。
◇
白一色だと確かに目が痛く、味気がないので、ちょっとだけ弄って微妙な差を出してみた。
これだけでも随分違う気がする。
ついでに格好良い模様も頑張って考えてみたが、面倒過ぎて端っこの建物だけで断念した。
◇
そういえば、最近若者の間では、迷宮タイムアタックなるものが流行っているらしい。
自然や建造物を利用した迷宮を作り出した上で、某社が新しく開発した、マナ? と言われる新たなエネルギーを生み出す装置を迷宮の奥に設置する。
そうすると、マナから発生した生物が迷宮内に溢れるらしいのだ。
そいつらを倒しつつ、迷宮を攻略する早さを競い合うらしい。
危険極まりない遊びだが、平穏すぎる世の中である今、少々エキサイティングでバイオレンスなものが流行るのは仕方ない事なのか。
近い将来、正式な競技化する勢いらしいが、私は正直この迷宮タイムアタックについては難色を示している。
長くなったので続きは明日書くか。
◇
「ちょっと待って⋯⋯」
僕はそこで再び、テセアにストップをかけた。この内容は気になるどころの話ではない。
これはおそらくだが⋯⋯採掘跡の事ではないだろうか⋯⋯?
採掘跡は、単なるアトラクション施設のようなものだったってことか?
そして――マナを、現在生きている全ての生命の源となっているマナを、生み出した⋯⋯?
内容自体はふざけたものであるのに、話の規模がでか過ぎる。
「大丈夫⋯⋯?」
「あ、ああごめん、続けて」
テセアに心配そうに声をかけられ、僕は慌ててそう言った後、再び深呼吸をする。どんなに衝撃を受けても、もう途中で止めたりはしない。これは、最後まで聞いてから色々と考えるべきだ。
彼女は僕が落ち着くのを待って、続きを読み始めた。
◇
昨日の続きだが、迷宮タイムアタックとやらはやはり危険だと思うのだ。
そもそも、マナというエネルギーの安全性はしっかりと確認したのだろうか?
最近は皆が平和ボケしている。
不安だ。
そして、確かに我々は何かを創造することに長けてはいるが、生物を生み出すなど倫理に反する行為だと思ってしまうのだ。
まあ、魂を扱う
あれ、売れなかったんだよなぁ⋯⋯。
違うのだ、あれはジョークグッズなのだ。
例えば『転魂珠』はなりたい生物になれるものだし、『封魂珠』は好きな子と密室二人っきりとかできる。ドッキリにも使える。
面白い発想だと思ったのだが、悪趣味だと言われてしまった。
試作品で友人とその恋人を閉じ込めた時には、私はゲラゲラ笑えたのだが⋯⋯。
元の身体に戻れなくなるという、安全面的な問題も指摘されてしまった。
そこは個人で気をつけろと言いたい。
あと、閉じ込められたらめっちゃ苦しいらしい。
生物に乗り移るのは苦しくないらしいので、そこは器の問題か、普通に失敗点だ。
何か冷静に考えたら売れるわけないなこんなシリーズ⋯⋯。
やはり私にはセンスがないらしい。
また長くなってしまった。
今日はこの辺りにしておくか。
◇
「⋯⋯⋯⋯」
ツッコまないよ?
言いたいことしかないけど、ツッコまない。
とりあえず最後まで聞くって決めたからね。
まあ一つだけ言わせてもらうと、だ。
「ふざけんな」
「⋯⋯そうなるよね」
腕を組んで憮然とそう言った僕に、テセアは同情するような目を一度だけ向け、更に続ける。
◇
友人の作った都市を訪ねてみた。
⋯⋯⋯⋯海底に都市を作るという発想には脱帽だ。しかも、私の都市と比べてちゃんと色がついて、見事な都市だった。
これがセンスの差か⋯⋯同じ都市作成キットを使ったというのに、こうも違うと落ち込む。
◇
今日は友人の恋人の都市を訪ねてみた。
地上を闊歩する都市は独創的な外観で、細部まで拘りが感じられた。
私の都市の造りの甘さが、如実に感じられてしまった。
浮かぶ都市という発想は良かったと思うのだが⋯⋯この素敵な都市を作ろう大会はどうやら私が最下位なようだ。
◇
久しぶりに日記を書く。
やはり私の懸念通り、迷宮タイムアタックなるものは危険だった。
もはや取り返しのつかない事態が起こってしまった。
マナが生み出す力は、我々にとって有毒である事が判明したのだ。
始まりは謎の奇病が蔓延した事だった。
次第にものを創造する力を失い、衰弱していくのだ。
長らく原因不明とされていたが、研究の結果、マナから大気中に分散した有害物質が原因であることがわかった。
しかし、一大ブームとなったせいで、もはや地上には有害物質が溢れかえってしまっている。
既に住める環境ではなく、解決法も見つからない。
このままでは、我々に未来はないだろう。
◇
昔遊びで作ったこの都市が、救いになるとは思わなかった。
上空はまだ、有害物質が広がりきっていないらしい。
とりあえずの避難場所として最適だろう。
しかし、住むには不便な場所だ。
色々と改良する必要がある。
海底の都市へと避難した友人とその恋人が心配だが、今は己が生き延びることを考えよう。
◇
避難場所として提供したこの都市だが、改良は上手くいっていない。
私もここにくるまでに、汚染された空気を吸いすぎたのだろう。
上手く力が扱えない。
しかしいち早く危険を察知して避難した私はともかく、後から来た者たちはさらに酷い。
生きるのがやっとという有り様だ。
とりあえず、防護シールドと、この複雑な都市を移動する為の飛行能力をもった布を創ることはできた。
食料や飲水については、味気はないが生きる為の物なら初めから備えてある。
くそ⋯⋯こんなことになるなら、もっとこういった所に力を入れておくべきだった。
◇
地上にある物を取り寄せる為の装置を創ろうとした。
結果的には失敗だ。
やはり力を失っていっているらしい。
出来上がったのは、私に関する物だけを取り寄せる装置だった。
魂珠シリーズが出現した時には、思わず笑ってしまった。
どちらにしろ、地上の物は既に全て汚染されている可能性が高いのだが⋯⋯せめて美味い物を食いたかった。
感傷に浸っていても仕方ない。できる事をやろう。
せっかくだから、この装置はいつの日か模様を頑張って彫ったあの建物に設置しておく。
◇
この都市に避難してきた者の殆が、命を落とした。
防護シールドでは、有害物質の侵入を防ぐことはできていないらしい。
心苦しいが遺体は全て地上へと遺棄している。
しかし滑稽な話だ。自らの生み出したものにより滅ぶなど。
いや⋯⋯まだ諦めるのは早いか。
もはや力は殆ど失ったが、まだ⋯⋯。
◇
やはり白一色というのは落ち着かない。
最後の力を振り絞り、小さな隠し部屋を創った。
落ち着く空間だ。
少しだけ気が楽になった。
◇
謎の生命体からの襲撃があった。
これまで見たことのない生物だ。
信じられないような巨躯で空を舞い、非常に獰猛で口からは炎を吐いていた。
幸い、防衛機能で難なく撃退することはできたが⋯⋯あれは一体なんだ?
どうやら、マナによりこの世界に住まう生物には変化が起きているらしい。
適応できた生物は、独自の進化を遂げ、強靭となっているようだ。
私たちは、何をしてしまった⋯⋯?
◇
もう随分と連絡が途絶えている。
◇
友に、会いたい。
◇
操作室で地上の様子を確認しているが、生物の変化は顕著だ。
いや、生物だけではない。マナにより、この世界は生まれ変わりつつある。
◇
私たちは、この世界を変えてしまった。
愚かにも程がある。
その罰として、このまま滅ぶのだろう。
もはや打つ手はない。
せめてもの救いなのは、我々以外の生物は見事に環境に適応した、という点だ。
滅ぶのが、我々
◇
さいきん、からだが、うまく、うごかない。
◇
そう、いえば、としの、なまえを、きめて、いなかった。
◇
なにが、いいだろう。
◇
うかんだのは、ゆうじんたちの、かおだ。
◇
かれらの、なまえを、もらおう。
◇
リュメル⋯⋯ヘルク⋯⋯せめて、さいごにきみたちと、もういちど、あいたかった。
◇
あいに、いこう。
◇
テセアは日記を閉じると、深々と一つ息を吐いた。
「ふぅ⋯⋯これが、この都市と、世界の真実」
「⋯⋯⋯⋯」
「マナを生み出し、マナに適応できなかった
何も言えず、黙り込んでしまった僕に、テセアは憂いを帯びた微笑みを向けて、そう言った。
やはりこれは最初に懸念していた通り、世界の根幹を揺るがす類の物であった。
神など、存在しなかったのだ。
どれ程過去の話なのかはわからない。だが、想像もつかない程の昔、人々はマナとは違う力を持って生きていた。その力を使い、マナを生み出したのだ。
けれど、当時の彼らではそれに適応できず、滅んだ。
そして彼らの後に、マナに適応した人間が新たに生まれたのだ。それが、僕たちだ。
『神具』とは、彼らが残した過去の遺物でしかない。
何故未だこの世界に存在しているのかはわからないが、彼らの力の源が何だったのか判明しないかぎり、それは謎のままだろう。
⋯⋯いや、僕らが誕生したきっかけとなった存在なのだから、神という認識でもいいのかもしれない。
けれど、この日記の内容を聞いた僕はもう、彼らを神だと思うことなどできなかった。
この事実は、世間に公表するべきではないだろう。
何より、この都市の創造主である彼も、個人的な日記を読まれる事を望まないだろうからね。
壮大すぎる話で、未だ僕は上手く消化しきれていないが、彼は最後に、友人に会うことはできたのだろうか。
それだけが、無性に気になってしまった。
いい人、だったのだろう。
ふざけていてセンスは壊滅的ではあるが、悪人ではなかったはずだ。
そしてこの都市も、決して悪用されるために創ったものではない。
彼らに感謝するべきなのか、同情するべきなのか、それはわからない。どうしたって失礼になる気がする。
だけど――こんな風に、アイゾンのように冒涜してはいけない。
それだけは、確かだと思うのだった。
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