第64話 再会?
「おぉ⋯⋯」
目の前に広がる光景を見て、僕は思わず小さく感嘆の声を漏らす。
どうやら僕と白装束たちが居た建物は、『
『浮遊都市』は、簡潔に言うのならば不思議な都市だった。
地面――まあここは空の上なのだが、『浮遊都市』の基盤となっている地面からは幾本もの細長い(といっても太いが)円柱が立ち並び、その先端辺りが丸く膨らみ球状となっている。何だろうか、喩えるなら一個だけ団子が刺さった串を立てたような形だ。
どの建物も高さの違いはあるが、形状は同じようである。かなり独特なデザインで、窓のような物は見受けられないが、多分僕が出てきた建物と同様ならば、円柱の先から光が入り込むようになっているのだろう。そんな前衛的なデザインの建物の球状部分からは足場――通路が伸びており、建物同士を繋げている。今僕が立っているのもその内の一本であり、充分過ぎるほどの広さはあるが、柵などがないので少々危ない。落ちたらどうするんだろう。基盤となっている所までは結構な高さがあるのに。もう少し安全面を考慮すべきだと思う。
幾本もの通路はそれぞれが独立しており、立体的に交差し、通路同士は繋がっていない。王都も複雑な構造だが、この都市も中々面倒な迷路のようだ。もっとシンプルにすべきだと思う。
しかしどの通路を通ったとしても、最終的に行き着く場所はどうやら同じらしい。
都市の中央――そこにある一際大きな球体だ。
城、のようなものなのだろうか。とにかくでかい。重要な施設であることは間違いないだろう。唯一その球体だけは、円柱はなく直接地面と接している。あんな形なのに転がったりしないのかな。というか何か全部丸いな。
おそらくこの都市自体も球状なのだろう。下の方は確認する事ができないが、薄いガラスのようなものが都市全体を半球状に覆っているので、多分都市の基盤も同じ様に半球状になっていると思う。
そして全てが白い。白以外の色が見当たらない。全ての建物や通路が白く、継ぎ目がない。まるで巨大な白い石から直接削り出したかのようだ。
いや、都市の建材に何が使われたのかはわからないのだが。
ツヤがあって滑らかな白い何か、だ。石のようでもあるし、金属のようでもある。まあ僕にその正体がわかるわけもないので、あまり深く考えても仕方ない。
都市の外を見ても雲に覆われていて真っ白なため、本当に白以外の色がない。そして丸い。かなり変だ。神の間ではこんな感じが流行っていたのだろうか。
しかし変ではあるが、こんなものは地上では絶対に見られない。それ故に、圧巻であった。
絶景だ。観光地にしたら大人気になりそうだな。
だが僕は少なくともここに住みたいとは思わないだろう。もっと普通の所がいいし、一応微妙な差異はあるが、白すぎて目が焼けそうだ。そして何より自然がない。全く自然を感じない。海が、川が、池が――とにかく水辺がないのだ。
あまりにも無機質だ。魚のいない世界などに意味はない。釣り場が存在しない場所に一体どんな価値があるというのだ。
こんな場所はたまに見物に来るくらいで丁度いい。やはりここに住んでいる人たちは頭がおかしいな。
僕は普段では見られない景色に感動した後、そう結論した。
さて、どうしよう。
全裸だし、空の上だし、逃げられそうにないし。
僕は後ろに控えている白装束の二人をちらりと窺う。迷彩色かな?
目の穴だけがぽっかりと浮いているように見える二人は、ただ黙って立っており、特に何か言ってくる事はない。
困ったな。一体どうすればいいんだ。
試しに数歩歩いてみると、二人は一定の距離を保ち静かについてくる。
何か言ってよ。怖いよ。
どうやら僕に付き従うつもりらしい。僕はこの都市について何も知らないのに。案内してよ。
しかし、直接それを言うのは悪手だ。彼らの中では僕はこの都市の創造主であり、神なのだ。その神が「よくわかんないから案内して」とか言うはずがない。僕は殺されないために神を演じなければならないのだ。ならばここは――
「ふ⋯⋯変わらんな」
良い手が何も思い浮かばないので、とりあえずクールにそれっぽい事を言っておいた。
「ええ、リュメルへルク様がご創造なされたこの都市は変わらず輝いております」
「ふ⋯⋯知っている。いつも見ていたからな」
じゃあさっきの言葉は何だったんだよ。
僕は心の中で自分にそうツッコんだ。
ダメだ、ダメだこれ。
思った以上にすぐボロが出てしまいそうだ。喜びそうな事を言ってみたけど、僕が思ったより馬鹿だ。
「おぉ⋯⋯! やはりリュメルへルク様は我らを見守っていて下さったのですね⋯⋯!」
「あ、うむ⋯⋯」
しかし、アイゾンも思ったよりも馬鹿だった。感極まったような彼の声を聞きながら、僕はそう思った。
「⋯⋯⋯⋯当然だろう。――我が子らよ」
「おふっふん⋯⋯!」
何だその声。
だがくそ、変な声を上げはしたが気絶まではいかないか。一瞬ふらつきはしたがアイゾンは両手を組んでまだ立っていた。隣の白装束も膝はついたが、必死に堪えるように震えている。
頭を悩ませノックダウンを狙う言葉を捻り出したというのに、中々手強い相手だ。
まあいい、それなら、だ。
僕が歩き出すとアイゾンともう一人は慌てた様子で付いてこようとした。
僕はそんな二人に、振り向かず険しい声で告げる。
「ついてくるな」
「な、何故⋯⋯いえ、畏まりました」
あら、素直。
もっと追求されると思ったのだが――
「それでは、我らは大聖珠にてお待ち申し上げております」
「あ、は⋯⋯うむ」
大聖珠って何?
いや、多分あのでかいやつのことだとは思うけど。
待ってなくていいよ別に。僕逃げるから。ああ、やっぱり一生現れない僕を待っててくれたほうが助かるな。
「では、先に行け」
「はっ!」
アイゾンの声が響き、二人は僕の元を――飛び去った。
⋯⋯あの二人飛べるんだ。いいな。僕飛べないんだけど。マナ使えても飛べないんだけど。
若干呆然としながらも、僕は一度自分が拉致されてきた建物を振り返る。
中にはまだ気絶した白装束たちがいるが、別に放っておいてもいいだろう。
全員ではないかもしれないが、この都市の大多数があそこで動けなくなっているなら丁度いい。
一瞬白い布だけ奪おうか悩んだが、止めておいた。全裸にはもうだいぶ慣れたし、布を回収している最中に目を覚まされたら面倒だ。
それに探索していれば着られるものが何かしら見つかるだろう。
一度深呼吸し、僕は通路を駆け出す。
時間が惜しい、早く脱出手段を見つけなければならない。
絶望的に思えるが、いくら頭のおかしい彼らでも『浮遊都市』だけで生活を完結させているわけではないはずだ。少なからず、地上に降りることもあるはず。だとしたら、何かしら地上に降りる手段もあるだろう。一人で居られる内に、それを探し出すのだ。
脱出手段と服を求めて、僕は白い都市を駆け回るのだった。
◇
結果から言おう。
この都市何もねぇ。
着る物も、何も、なかった。
というより、どの建物も僕が最初にいた場所と殆ど変わりがなかったのだ。違いは床に彫られた幾何学的な模様がなかったくらいで、それ以外はどこも全くと言っていいほど同じだった。そのうち確認済みの建物がどれかすらわからなくなった始末だ。
流石に全部確認してはいないが、散々走り回ったのに収穫はゼロである。
ここまでくればもう、一つの確信しかない。
何かあるとすれば、あのでかい球体の中だ。
覚悟を決めた僕は、走り疲れた身体で大聖珠と呼ばれていた都市の中心にある建物へと向かった。
かなりの長時間僕は都市を探索していたはずなのに、アイゾンたちは当然のように大聖珠入り口で僕を待っていた。いや、白布のせいで顔とかわからないけど、あのひょろ長いのはアイゾンに違いない。ならば隣にいるのも同じ奴だろう。
「お待ち申し上げておりました。リュメルへルク様」
アイゾンが深々と頭を下げ、隣の白装束も相変わらず無言のままそれに倣う。
僕は二人を素通りして、大聖珠の扉の前に立った。もう相手をしてる余裕がない。
横開きの扉は触れてもいないのに、音を立てず開く――はずだった。この都市の扉は全て自動で勝手に開くのだ。最初は大層驚いたしどういう仕組みなのかは知らないが、もう慣れていた。
だが、大聖珠への扉は開かない。これまでの建物は全て何をするでもなく開いたというのに、一体何故だ。
僕が困惑していると、アイゾンが声を掛けてくる。
「いかがなされましたか? リュメルへルク様」
「⋯⋯⋯⋯」
僕は何と答えるべきか迷った。冷や汗が頬を伝う。アイゾンの態度から察するに、この扉を開くのは難しいことではないのだろう。少なくとも、アイゾンたちは当然のように開けることができるはずだ。それを、彼らの神で『浮遊都市』の創造主リュメルへルクが開けられないというのは不自然極まりない。
「⋯⋯わからんか?」
迷った末、僕は逆に尋ねる事にした。
扉の前に突っ立ったまま威厳のある声で威圧するように言葉を発する僕に、アイゾンは身を震わせ即座に片膝をつき頭を垂れる。
「も、申し訳ございません! リュメルへルク様! 貴方様の深淵なるお考えを拝察する事のできない私を、どうかお許し下さい!」
「⋯⋯許そう、我が子よ」
「あぁ⋯⋯! リュメルへルク様⋯⋯!」
これ何も解決してはいないよね? ただアホなやり取りしただけだよ。
誤魔化せたけど誤魔化せてないよ。次はどうしよう⋯⋯そうか!
アイゾンに開けさせればいいだけじゃないか。手を煩わせるなとか言って。何でもっと早く気づかなかったんだ。
「お⋯⋯?」
僕が解決策を思いついたのと同時に、扉が音もなく開いた。
「申し訳ございませんリュメルへルク様。どうぞ中へお入りください。この程度の事に、その御手を煩わせてしまうところでした」
そしてアイゾンとは違う女性の声でそう言われる。見てみれば、もう一人の白装束が扉の脇にある、人の頭より一回り小さいこれまた謎の球体に手を触れていた。『浮遊都市』に建ち並ぶ建物のミニチュアとでもいおうか、少し気になってはいたが、どうやら扉を開くにはあの球体を操作する必要があったらしい。
ていうか君女性だったのね。
「おお! 流石は神子様!」
アイゾンが感服したかのようにそう言った。
あれ、もしかしてアイゾンよりもこの白装束の女性の方が立場が上なのか。てっきり僕はこの都市ではアイゾンが一番偉いのかと思っていたが、今のやり取りを見る限りではそうでもなさそうだ。
神子と呼ばれた白装束は、僕へとしずしずと頭を下げている。
僕は彼女をじっと見てしまう。
何だろうか、こうして改めて見てみると――というより、さっきの声には何か聞き覚えがあったような気がしてならない。
いや、でもまさかな。こんなところに知り合いが居るわけがない。ダメな人生を送ってきた僕だが、こんな危ない宗教団体と関わった覚えは一切ない。だからきっと勘違いだろう。似た声の人なんていくらでもいるだろうし。
僕がそう結論した瞬間だった。
彼女が、下げていた頭をゆっくりと上げる。
「どうか、なさいましたか――」
そして目が合うのと同時に、二つ空いた穴から覗く二つの瞳――その片方が閉じた。
「リュメルへルク様?」
そう尋ねた白装束の女性に、僕は息を呑む。
今のは間違いない。目にゴミが入ったとかではなく、わかりやすい――アイコンタクト。
彼女はそのまま視線を僅かに大聖珠の中へと向けた。
なんとなくだが、僕は白装束の女性の意図を察する。
「アイゾン⋯⋯中へは彼女と入る。他の誰も入れるな」
「は⋯⋯い、いえ、ですが⋯⋯」
「不満か?」
「い、いえ! まさか! ただ⋯⋯ずる⋯⋯いえ! 何でもありません!」
「それでいい。我が子よ」
「リュメルへルク様⋯⋯! では私は皆と供に貴方様への祈りを捧げております!」
そう言うとアイゾンはいそいそと立ち上がり、飛び去っていった。扱いやすい奴で嫌いじゃなくなってしまいそうだ。ちょっと愛嬌もあるのがまた嫌だ。
「中へ⋯⋯」
アイゾンが去った事を確認した白装束の女性に小声で促され、僕は大聖珠の中へと入った。中の様子を確認するよりもまずは、だ。
振り返り、僕に続いて中へ入ると素早く大聖珠入り口の扉を閉めた彼女を見る。
「ふぅ⋯⋯もう演技しなくていいよ」
「君は⋯⋯一体⋯⋯?」
一つ息を吐いて、安心したように軽い口調でそう言った彼女は、被っていたシーツのような布を取り払い振り返った。
艶のある黒髪が踊り、僕は愕然と目を見開く。
「ホントもう、笑っちゃうとこだったぁ」
ああ、遮るものがなくなってはっきりと聞こえるようになったこの声。最近改めて聞いたばかりなのに、喋り方が違いすぎるせいで気づかなかった。
そして、その表情豊かな笑顔も、あまりにも彼女とは遠い。遠いはずなのに、間違いなくその顔、その姿は――
「シアラ⋯⋯?」
目の前で人好きのするような笑顔を浮かべる彼女を見て、僕は呆然と呟くのだった。
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