第62話 三者面談の終わりに


 結論から言えば、この謎の面談でシアラが最も心を開いた相手は、ノエルだった。


「えー! じゃあノイルの《癒し手》と《守護者》ってシアラちゃんのために創った魔装マギスなんだ!」


「⋯⋯⋯⋯そう。私のため」


「ふふっ愛されてるね」


「⋯⋯⋯⋯ふふ、そう。兄さんは、私の事が、大好き」


 今、二人は大変和やかな雰囲気で会話をしている。初めは明らかに敵意や警戒心しか向けていなかったシアラも、今ではなんと少し機嫌が良さそうなくらいだ。


 何故こうなったかといえば、ノエルが特に何かした、というわけではない。彼女はそう、普通、普通だったのだ。妙におめかししていたり、何かおかしな事を言ったり、シアラに対して敵意のようなものを向けることもなく、ごく普通に会話をして、徐々に徐々に彼女の心を開いていった。


 タイミングも逆に良かったのかもしれない。これまでの面談で、シアラには精神的な疲労が見えていた。特に、エルと店長の二人を相手にした後は、疲れきり、少々落ち込んでいたように思う。機嫌も最高潮に悪くなっていた。ノエルに対してもかなり辛辣な態度を取っていたが、彼女はそんなシアラに対して、柔らかな姿勢を決して崩さなかったのだ。


 自然体でシアラに接し、彼女から話をさせ、余計な事は言わない。シアラの独特のペースに合わせ、シアラの機嫌を損ねないように、話を盛り上げていった。しかしそこに決して嫌味はなく、無理におだてたりするわけでもない。あくまでも自然にシアラを気遣うことで、ここに至るまでに弱りきっていた彼女の心の隙間に入り込むように、優しく癒やしていった。


 シアラにとって、普通に接してくる相手というのは、それだけで評価が高かったのかもしれない。当たり前の事なのだが、ミーナはともかくこれまで相手にしてきた面々があまりにも個性的過ぎた。そのせいで、気づかぬうちに評価基準が少々甘くなっていても仕方ないだろう。まさに、絶好のタイミングで、ノエルの順番が回ってきたといえる。


 正直な事を言えば、ここ最近のノエルを見ていた僕は、彼女も何かやらかすんじゃないかと戦々恐々としていた。だが、蓋を開けてみればそれは杞憂でしかなかったようだ。ノエルは『白の道標ホワイトロード』の中で最も常識的な人間だという事を忘れていた。近頃はおかしな方向に行きつつあったが、元々は、人好きのする常識人なのだ。歳も一番シアラに近いし、そんな彼女の事をシアラが気に入るのは当たり前だったのかもしれない。


 僕は二人が上手くやっていけそうで、心の底から良かったと思った。心底安堵した。

 上手く行き過ぎていて、少し狙ったのではないかと思う部分もあるが、それは僕の思い過ごしだろう。やれやれ、僕も随分疑り深くなってしまったものだ。そんな事を考えるなんてノエルに失礼だし、順番はくじ引きで決まったのだ。シアラが弱りきることを予想して、そこを狙って取り入るなどできるわけがないだろう。あきらかに考え過ぎだ。これは単に、ノエルの優れた人間性が成し得た結果なのだ。

 僕は心の中で、少しでも疑ってしまった事を反省する。


「ん? どうかした? ノイル」


「あ、いや⋯⋯何でもないよ。続けて」


 表情に出てしまったのか、ノエルが微笑みながら首を傾げ、そう尋ねてきた。僕は二人の会話を邪魔しないように、笑みを返す。

 ああ、嘘みたいに穏やかな時間だ。これだよ、こういうのが当たり前なんだよ。今までの胃が痛くなる時間は何だったんだ。シアラだけではなく、僕の中でもノエルの評価はうなぎのぼりだった。

 僕は機嫌よく、隣で僕に抱き着いているシアラの頭を撫でる。


「そっか、それで⋯⋯えーっと、何だっけ? 私とノイルの関係だっけ?」


「⋯⋯⋯⋯そう。あなたは、兄さんの、何?」


 その質問止めない? だって友達でも知り合いでもどうせダメだって言うんでしょ? 罠じゃん。巧妙すぎる罠じゃん。答えによってはこれまでの和やかな雰囲気ぶち壊れるじゃん。

 どうやらシアラは多少心を開いてはいるが、ノエルを信用し切ってはいないらしい。

 僕はやや緊張しながら、ノエルの答えを待った。不正解ならば、すぐさまフォローに入るつもりだ。ノエルならば、友達と答える可能性が高い。それは間違いなく正解なのだが、不正解なんだ。頭がおかしくなりそうだ。

 ノエルは唇に手を当て、少し考え込むように目を伏せる。


「んー、仕事仲間、かな。同僚、とか?」


 そしてすぐに顔を上げると、笑顔でここでもまた、見事に正解を引き当てた。僕は心の中でガッツポーズする。

 流石はノエルだ。完璧な回答だ。善属性は伊達じゃない。いや、これには関係ないかもしれないけど。


「⋯⋯⋯⋯そう」


 ほら、シアラも少し満足そうだ。


「⋯⋯⋯⋯あなたは、大丈夫。かもしれない」


「ふふ、何それ?」


「⋯⋯⋯⋯兄さんを、誑かす女じゃない、かも」


「ええ、そんなことしないよー」


 ノエルはやや頬を染め、はにかみながら両手を顔の前で振る。何とも愛らしい仕草だった。


「⋯⋯⋯⋯兄さんに、変なことしない?」


「変なことって?」


「⋯⋯⋯⋯キス、とか。してない?」


「してないし、しないよー」


「⋯⋯⋯⋯そう」


 ノエルの答えを聞いたシアラは、何故か僕の頬に何度もキスをする。そして、改めてじっとノエルを見つめた。

 ノエルはにこにこと微笑みながら、そんなシアラを見ていた。


「本当に、仲がいいんだね」


「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯あなたには、協力、して欲しい」


「ん? 何をかな?」


「⋯⋯⋯⋯兄さんに、他の女が、寄り付かないようにする」


「んー、いいけど⋯⋯ノイルはそれでいいの?」


 困ったような表情でそう聞かれ、僕も返答に困った。そんなことを聞かれて、一体何と答えればいいというのだろうか。誰か教えて欲しい。


「あー⋯⋯その⋯⋯」


「いいよね? 兄さん」


「あ、はい」


 耳元で鋭くそう言われ、僕はこくこくと頷いた。もう何でもいいよ。どうしたらいいのかわからないし、妹様の言う通りにします。だから機嫌悪くしないで、お願い。

 そんな情けない僕を見たノエルは、にこやかな笑みを浮かべる。


「そっかぁ、ノイルがそう言うなら仕方ないね。私もシアラちゃんに協力するよ」


「⋯⋯⋯⋯あの化物が居る限り、兄さんはここを辞められない」


 ですよね。やっぱり辞められないですよね。悲しい話だね。


「化物って⋯⋯あはは、ミリスは確かに強烈だけどね」


「⋯⋯⋯⋯他にも、魔女、猫、ストーカー⋯⋯敵は多い」


 シアラさん、せめて名前で呼ぼうね。あと、その中にミーナを加えるのは止めてあげて。可哀想だから。いたたまれない気持ちになるから。


「大丈夫だよ、シアラちゃん。私が何とかしてあげるから・・・・・・・・・・


「⋯⋯⋯⋯⋯⋯よろしく」


「うん、一緒に・・・頑張ろうね」


 シアラとノエルは立ち上がり、握手を交わす。何だか話がおかしな方向に行った気がしてならないが、まあとりあえず、この面談が平和に終わったことに、僕はほっと胸を撫で下ろすのだった。







 さて、『白の道標』に新たなメンバーが加わったのならば、やる事は決まっている。そう、歓迎会である。というより、店長が絶対にやりたがるのだ。

 正直なことを言えば、僕は参加したくなかった。いくら妹の歓迎会とはいえど、だ。

 

 何故ならば、メンバーがメンバーである。

 店長、フィオナ、ノエル、エル、ソフィ、ソフィに無理矢理連れてこられたミーナ――そして我が妹シアラである。つまり、本日面談を行ったメンバー全員だ。

 何だいこれは?


 男女比が明らかにおかしい。僕の肩身が狭すぎる。そもそも、『白の道標』の歓迎会なのに、何故『精霊の風スピリットウィンド』のメンバーも居るのか。ミーナはどこまで不幸な目に遭えば気が済むのか。甚だ疑問である。

 そして、僕が必死に誘ったのにも関わらず、何故『精霊の風』の男性陣、レット君とクライスさんは参加してくれなかったのか。レット君には、「ふざけんなよ」と真顔で言われ、クライスさんには、「俺は空気の読める男、さ」と言われてしまった。

 師匠はそもそも姿を現さないし、最後の希望であるガルフさんに、会場を『獅子の寝床』にしていいかと聞いたのだが、「お前は店を潰す気か」と言われ、何も言えなくなってしまった。

 そんなつもりは一切なかったのだが、悲しい話だ。


 『獅子の寝床』が利用できないのであれば、僕らが集う酒場は一つしかない。そう、『炭火亭』である。

 しかしもちろん店を潰す気などない僕らの来店に、店主と店員さんは、「ひっ⋯⋯」と何故か心底怯えていた。これまではそんな態度を取られなかったのに、一体何があったというのか。僕には全く心当たりがない。店長や皆にも何かしたのか聞いてみたのだが、皆心当たりはないようだった。唯一ソフィだけは「足りなかったでしょうか⋯⋯?」と唇に手を当てて何か考え込んでいるようだったが、僕には何の事かわからなかった。

 まあ、幸いにも追い出されたりすることはなく、僕らは無事席に着くことができたので良しとしよう。


 今回は人数が多いので、隣り合った程近い丸テーブルを二つ利用している。

 エルは不満そうではあったが、『白の道標』と『精霊の風』が分かれて、それぞれのテーブルに着いた。

 僕の隣にはシアラとノエルが座り、向かいにはフィオナと店長が座っている。この配置にフィオナは大層ご立腹だったが、うちの妹が強引に押し切ったのだ。絶対に譲らないと強く主張するシアラとフィオナが揉めそうになったので、僕が嫌々ながらフィオナに命令して事なきを得た。フィオナは常に《ラヴァー》を発動させとくの止めたほうがいいと思う。今回は助かったけど。


 『白の道標』はシアラと僕以外が例の地味な服を着ている。そして、こんな事もあろうかとエルにも準備しておいたので、八人中四人が同じ服を着ているという異様な光景となってしまった。エルは渡した際に大層喜んでいたが、冷静になって見てみると、こんなの逆に目立つのではないかという疑念が湧き上がってくる。


 まあ、ここまでやったのだから、その内シアラにも同じ物をプレゼントするつもりではある。こうなったらもはや自棄だ。王都にこのファッションを流行らせてやる。皆が同じ服を着ていれば、店長たちも目立たなくなるだろう。木を隠すなら森の中だ。ちょっと違う気もするが。


 失礼な言い方だが、腐っても美女な彼女たちが着て出歩けば、宣伝効果は高いはずだ。頼む、流行ってくれ。この服そんなに高くないし、可能性はあるはずだ。


 そしてエルだけというのは申し訳ないので、ソフィにはマッサージのお礼として可愛らしい服を真剣に選んでプレゼントしてあげよう。おかしな服が流行った王都で、僕の癒やしになってくれたら嬉しい。ミーナには日頃の迷惑のお詫びとして、何か甘い物でも奢るとしよう。以前甘い物が好きだと言っていたし、彼女はこんな服死んでも着ないはずだ。まあその前に、まずは普通に話せるようにならなければならないが。


 そこまで考えて、ふと、そういえば、まだ前回のお礼を店長にだけしていないことを思いだした。何か奢るつもりだったのを、シアラが突然訪ねてきたことですっかり忘れていた。

 エルから渡された報酬はかなりの額だった。畳や地味な服三セットに多少は使ってしまったが、まだ余裕はある。お金がある内に、何か店長にもお礼をしておいたほうがいいだろう。ソフィとミーナの分も確保しておかなければならないし、僕は何もなければどうせ釣具に浪費してしまう計画性のない男だ。


 お金のかかることで店長が喜ぶとは思えないが、あるに越したことはない。やれることは増えるのだ。

 だがしかし、特に何も思いつかない。なので、もう面倒くさいから店長に直接聞くことにした。


 届いたエールを手に持ちながら、僕は店長になんとはなしに尋ねてみる。


「店長、店長って僕に何かしてほしいことってありますか?」


「む? 何じゃ唐突に?」


「あ、ないならいいです」


「待て待て、そうじゃなぁ⋯⋯」


 店長が片手でエールを持ち、もう片方の手を顎に当てて何やら考え始める。僕は無茶な要求じゃなければいいなぁとぼんやりと思い、そこで周りの視線に気づいた。

 シアラ、ノエル、フィオナ、エル、それぞれが僕を目を見開いて見ている。ミーナは顔を逸らして呆れたような息を吐き、ソフィはエルの膝の上で首を傾げていた。

 何だか妙な空気である。そんな中店長が顔を上げ、微笑んだ。


「デート、をしてみたいのぅ」


「は?」


 すごいね、僕を含めて皆の声が重なったよ今。いや、ソフィ以外か。

 しかし、デート、デートか。店長の言うデートとは、一体何だろうか。またドラゴン狩りとかそんなんだろうか。嫌だね。


「まあ⋯⋯考えときます」


「うむ! では、乾杯じゃ!」


 何か不穏な空気が漂う中、店長が朗らかな声でそう言ったが、皆微妙な表情を浮かべており、誰も杯を打ち合わせようとしない。仕方ないので、僕は一人元気よく差し出した店長のジョッキに、自分のジョッキを合わせようとして――不意に、光に包まれた。


 笑みを浮かべていた店長の目が、瞬時に鋭いものへと変わる。だが、次の瞬間には、僕の視界から店長は消えていたのだった。

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