第61話 三者面談 強
うちの妹様は相変わらず、頗る機嫌が悪い。いや、相変わらずっていうか、どんどん悪くなっていっている。だから正直僕はもう、このただただ不毛で胃が痛むだけの面談など止めにしたいのだが、シアラが絶対に続けるというので仕方ない。
「つまり、ボクとノイルは夫婦なんだよ」
ミーナとの一件は、結局正直に全てを話した。そうしないと僕もミーナもどうなっていたかわからない。だから全部話した。包み隠さずに、全てを、だ。
「⋯⋯⋯⋯キス、しただけじゃ夫婦とは言わない。それくらい私も、する。してる、あなたよりも」
これがどういう事かわかりますか?
全部なんですよ全部。起こった出来事の詳細だけじゃなくてね、その時の僕らの心情もね、全部。
「へぇ⋯⋯それは、聞き捨てならないね」
つまり、僕がミーナの身体を見て何を思い、どんな感想を抱き、どこに興奮して、ノイルくんがノイルさんへと成長してしまったのかをね、洗いざらい話さざるを得なかったんですよ。
ええ、もちろん当人の目の前でですよ。
地獄かな?
「⋯⋯⋯⋯あなたは、卑怯な手を使った、だけ。許さない」
ミーナが聞いている場で、ミーナの全裸の感想を妹に話して聞かせるとか、地獄かよ。
どこが一番良かっただとか、感触がどうだっただとか、地獄だよ。
「⋯⋯血が、繋がっていないそうだね。フィオナから聞いたよ。卑怯なのは――キミの方じゃないかな?」
しかもこれは決して僕だけじゃなく、ミーナも同じように話したのだ。つまり、僕の裸がどうだったのかということを。話をしている際中の僕らの心境がどんなものだったのかは、多分世界中の誰も想像できないと思う。できる奴とか居てほしくない。世界が壊れる。
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
顔を真っ赤にして、泣きながら「もうかえるぅ⋯⋯」と言って出ていったミーナに、次会うときどんな顔をしたらいいのかわからないが――無かったことにしよう。きっとミーナもそうするはずだ。
「キミがその立場を利用して、何をしようとしているのかも、大体の想像はつく。同じ立場ならボクもそうするだろう。羨ましい限りだね。ただ、ボクならもう――彼の子を産んでいるだろうね」
僕らは何も話さなかったし、何も聞かなかった。そういう事にしよう。じゃないとあたし耐えられない。こんなの耐えられない。
「キミの行いは許容できるものではないし、本当なら今すぐにボクの夫の膝の上から引きずり下ろしてやりたいくらいだ。けれど、キミがどう思っていようと、キミは夫にとっては大切な妹らしいからね。ボクもそう振る舞うし、キミを傷つけたりはしないよ。大切にするさ」
そうさ何も無かったんだ。ミーナが去った後、僕の膝の上に移動したシアラがやたらとお尻を押し付けてきたのは、僕がミーナのお尻が好きだと言ったからじゃないんだ。
違うんだよ、あの時はこう胸がやたら強調されてたから、見ないように下を見て、それで――いや、そういうことじゃない。そんなこと僕は言っていない。何も無かったんだ。
「だけど、キミが家族を逸脱した行為に及ぶというのなら、その限りじゃない。ボクは真実を話し、夫を奪われないように力を振るう事を躊躇わない。まあそんな事は、できることならしたくはないけどね。何より夫が傷つく」
そして今夜シアラと一緒にお風呂に入る約束をしたのは、許してもらうための行為ではなく、ただの兄妹のスキンシップなんだ。兄妹なら一緒に入浴するなんて普通だからね。世間の常識だ。
「だから、キミはずっとそのままでいるんだ。可愛い妹のままでね。大丈夫だよ、ボク達夫婦と暮らしたらいいじゃないか。望みとは違うかもしれないが、一緒には居られるだろう?
⋯⋯⋯⋯後でソフィに暗示をかけてもらおう。記憶を消すんだ。きっとミーナもそうする。
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯ッ」
ところで何の話してんの? 真剣な話?
今はエルの番だった。僕が先程の人生の中で最も羞恥を感じたであろう特殊プレイについて考えている間に、何やら話がかなり進んでいたらしい。一応耳には入っていたが、それどころではなかったため内容はよくわからなかった。まあ、真面目に聞いていたとしてもよくわからなかっただろうと思う。多分。
何故かフィオナ同様ドレス姿のエルは、僕らの対面のソファで優しげに微笑んでいる。
薄緑のスリットが入った、身体のラインがはっきりと出るドレスに上品なイヤリング。組まれた白くしなやかな脚が露出しており、その色気に思わず視線が吸い込まれそうになる。
まるで美の結晶のようだ。
しかし、そんな美しいエルに対して、シアラは心中穏やかではないらしい。
膝に乗せているため顔は見えないが、その背から感じるのは激しい怒気だ。それと、僅かな焦り、だろうか。シアラにしては珍しく、動揺しているようにも感じる。
エルが目を閉じて肩を竦め、一つ息を吐いた。
「ふぅ⋯⋯納得するわけない、か。ノイル」
「あ、はい」
何? 何でしょう?
すいません、僕あなたたちが何の話してるのかもわかってないんですけど、何か用ですか?
「キミの妹――いや、シアラは――」
「だめッ!!」
突然、シアラが声を張り上げて勢い良く立ち上がり、僕は目を丸くする。大声を出すシアラなど、数えるほどしか見た事がなかった。
呆然と肩を震わせる妹を見ていると、エルがくすりと艶やかに笑う。愉快そうなそれは、そう――圧倒的上位者の笑みに見えた。
「冗談さ、言ったろう? キミを大切にしたいと――ノイルを何より傷つけたくない、と」
僕は完全に置いてけぼりだ。わけがわからないが、どうやら話は終わったようである。エルは立ち上がると優美な所作でシアラへと歩み寄り、その頭を優しく撫でる。
「まあ、これからよろしく頼むよ。
そう言ってエルは微笑むと、店の奥の扉へと向かう。その途中思い出したようにこちらを振り返った。そして、僕へと翡翠の瞳を向ける。
「そういえば聞いていなかったね。どうかなノイル? 似合うかい?」
「あ、うん⋯⋯すごく綺麗、だと思う」
「あぁ⋯⋯ありがとう。とても嬉しいよ」
僕が思わず素直に感想を言うと、エルは頬を染め蕩けるような笑みを浮かべた。そして再び歩き、扉を開ける。
「シアラ、ボクはキミと仲良くしたいと思っている。ノイルの大切な
そして最後に振り返らずにそう言うと、店内から出ていくのだった。
◇
シアラの機嫌はいよいよ不味いことになり、これ以上刺激したら危険なところまで来ているのを感じる。
だが、そんな時に限って現れるのが、店長――ミリス・アルバルマという人間なのだった。
対面のソファにいつも通りゆったりと深く腰掛け脚と腕を組んだ店長は、好奇心に満ちた顔を、僕の膝の上に座るシアラへと向けている。
本当勘弁してほしい。
もうここまで出てこなかったから、てっきり最後に来るんだろうとか思って油断してたよ僕は。
いい加減にしてほしい。
よりにもよってこのタイミングで直接やり合った二人が対面するとか、罰ゲームじゃん。
いや、言ってしまえばこの面談自体が僕にとっては罰ゲームなんだけども。何なんだこの悪意を感じる順番は、一体僕が何をしたと言うんだ。間にワンクッション置こうよ。怒涛の勢いで空気を悪くするの止めてよ。何でソフィが一番手だったんだ。今となっては彼女が恋しい。まさかあの沈黙の空間が最高の雰囲気だったなんて、誰も予想できないよ。
「ふむ⋯⋯血の繋がりがないというのは納得じゃな。改めて見ても、あまりにも似ておらぬからのぅ」
店長は一頻りシアラを眺めた後、そう言って一人うんうんと得心がいったように頷いた。
確かに僕とシアラは偶然にも同じ髪と目の色ではあるが、外見はあまり似ていない。フィオナには何かフイルターがかかって、似ているように見えていたらしいけど。
しかし、店長が言っているのは外見の事ではないだろう。彼女は他者のマナを見ることができる。一体どんな風に見えているのかはわからないが、血縁関係にある者は基本的にマナも似通っていると言っていた。
彼女からすれば、僕とシアラが兄妹だというのは、不思議なことだったのかもしれない。
「⋯⋯⋯⋯あなたは、化物。兄さんの側に、居ちゃいけない存在」
こらこら。
本当の事でも面と向かって言うのは流石に失礼だよ。
「ふぅむ⋯⋯どうやら嫌われておるようじゃな。何故じゃ?」
どうしてそこで心底不思議そうな顔ができるんだろう。昨夜ボコボコにした相手だよ?
まあ、幸いにもシアラはあれだけの殺気を向けられた店長に対して、怯えてはいないようだけど、嫌われるのは仕方ないと思いますよ僕は。僕だったらおしっこちびるもん多分。
「まあよい、我も貴様のことはあまり快くは思っておらぬからのぅ」
仲良くしてぇ。お願いだから仲良くしてぇ。
「妹といえど、我に何の断りもなければ本人の意思すらも無視して、我のノイルを連れ去ろうとしたという事実は変わらぬ。親族への礼儀として一度は見逃すが、次はないと思ったほうがよいぞ? じゃが、我の目の届く範囲でならば好きにすれば良い。何をしても我は怒らぬ。貴様の思うがままに行動しても良いぞ。今回我が度し難い程に不快に思ったのは、互いに離れるつもりなど一切ない我らを、無理矢理力尽くで引き離そうとしたからじゃ。まあ貴様は我らの関係を知らなかったのじゃから、仕方ない部分もあるとは思うし、そう考えると少々やりすぎたのかもしれんのぅ。とはいえ愚劣極まりない行為には違いないのじゃ。未だに貴様のことを快く思えなくとも仕方なかろう? それに、いくら妹とはいえ我と引き離そうとした貴様をノイルが庇ったことに、実のところ少なからず思うところがあってのぅ。いや、わかっておるのじゃ。ノイルは優しい男じゃからな。妹を大切にすることくらいはわかっておる。妹より我のことを想っていたとしても、ノイルならばああすることはわかっておるのじゃ。のぅ? ノイル? ああ、応えずとも良いぞ、全てわかっておる。じゃが、頭と心は別物じゃからなぁ⋯⋯まったく難儀なことじゃな。我としたことが、未だ引きずっておる。ふふ⋯⋯これではいかんのぅ⋯⋯貴様に我の目の届く範囲でならば好きにして良いと言ったにも関わらず、このままでは貴様に辛辣に接してしまうかもしれぬ。それは良くないのぅ。それはノイルも望まぬ。ああ⋯⋯しかし⋯⋯ふふ⋯⋯まったく、我としたことが、小娘相手にこうも嫉妬するとはのぅ⋯⋯。より深まっている、ということかのぅ⋯⋯やはり肉体的な接触は重要なのじゃな。何より心地良いしのぅ。これで最後まで繋がってしまえば、我の心は一体どうなるのかのぅ⋯⋯ふ、ふふ⋯⋯ふふふ⋯⋯前回は惜しいところまではいけたのじゃが⋯⋯照れ屋じゃからなぁ⋯⋯あの蝋燭がもっと必要じゃな⋯⋯いや、より強力な物のほうが良いのぅ⋯⋯耐性がついてきておるようじゃしな⋯⋯完全に無理矢理でも良いが⋯⋯やはり最初は相手から来てもらうのが良いからのぅ⋯⋯⋯⋯⋯⋯ん? ああ、すまぬ。話の途中じゃったな。色々と言ったが、快く思っていない、というのは取り消すのじゃ。そんな事を気にするよりも、考えねばならぬ事ができたのでのぅ。ノイルを無理矢理に連れて行こうとさえしなければ、それで構わぬ。シアラ、じゃったか? これからここで過ごすつもりなのじゃろう? 仲良くするのじゃ」
仲良くしないでぇ。お願いだから仲良くしないでぇ。
威圧的に長々と話していた途中に急に一人ぶつぶつと呟き始め、かと思えば突然ぱっと顔を上げてにこにこと微笑み出した店長は、完全にやばい人でしかなかった。
シアラには、こんな人と仲良くなってほしくない。
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯あいつ、やばい」
うん、そうだね。
振り返って僕に抱き着いてきたシアラは、さっきまで怯えていなかったのに、今はぷるぷると震えている。
僕はそんなシアラの背中をぽんぽんと叩きながら、「どうしたのじゃ?」と不思議そうに首を傾げている店長に、嘆息してから声をかける。
「店長」
「ん、何じゃ?」
「嫌い」
「何でじゃあ!!」
お決まりのやり取りで、店長は勢い良く立ち上がりそう叫ぶのだった。
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