第24話 なんでも屋の店員ですが、正直もう辞めたいです
ぐっすりと眠ったおかげで翌日の僕は疲労も取れ、頗る気分が良かった。仕事が終わった解放感もいい。僕は《
地下に出来てしまったスライムの巣――大空洞だが、これは店長がちゃんと埋め立ててくれたらしい。何故店長がそんなこと出来るのかはわからないが、多分何かしらの『神具』を使用したのだろう。
これは本当に謎なのだが、あの人は結構な数の『神具』を保有している。無闇やたらに使用することはないが、今回の用なケースなら話は別だ。
『神具』によって起こされた事件は、『神具』の力によって解決するべきだろう。
しかし、店長って一体何なんだろうか。『神具』の件も聞いてはみたが教えてくれなかったし、もう短くはない付き合いになるのに謎が多すぎる人物だ。まあ考えると怖いので深く詮索するのは止めておこう。
とにかく、後処理は店長が頑張ってくれました。僕にとってはその事実だけで充分だ。
「行ってくるね、お父さん」
ノエルの家の裏手――そこに建てられた小さなお墓に彼女はそう言うと、荷物を持って立ち上がり僕らへと振り返る。
「おまたせ」
彼女は父の死を受け入れ、次に進むことが出来たのであろうか。僕には彼女の心情など察することは出来ない。けれど、その表情には憂いのようなものは見受けられない。ならば僕が言うべきことは何もないだろう。彼女が決めたことであるなら、その意志を尊重するべきだ。
そしてノエルが充分に職場に馴染んだら、僕は後顧の憂いなく満を持して『
「うむ、では帰るとするかのぅ」
店長が鷹揚に頷き、僕らはその場を後にする。
と、ノエルが僕の隣へと駆け寄り手を握ってきた。
なんだろう⋯⋯僕はまた何かとやらかしたのだろうか。全く見に覚えがない。せっかくノエルがお墓に祈ってる間も、空気を読んでクールな表情を浮かべていたというのに⋯⋯立っていただけだよ僕?
「どうしたの?」
「んー、なんとなく? ノイルって放っておけないし」
何てこった。
僕は立っているだけで人に心配されてしまうらしい。もう消えたほうが世の中のためなんじゃないかな?
きっと人の世に僕は馴染めないのだ。存在しているだけで人に迷惑をかけてしまうのかもしれない。悲しい話だね。
やはり、こんな僕と寄り添ってくれるのはまーちゃんだけだ。まーちゃんに早く会いたい。そして二人だけの世界に旅立とう。そうしよう。
「嫌だった⋯⋯?」
「え? あーそうじゃないけど⋯⋯」
しまった、ネガティブな思考が顔に出てしまっていたらしい。ノエルが不安そうな表情をしている。
違うんだよ、ノエルが嫌なんじゃなくて僕が僕自身のダメさに嫌気が差しただけなんだよ。そしてまーちゃんに癒やしてもらおうと考えてただけなんだ。
「ふっふっふ、我にはわかっておるぞノイル」
何だあんた。
何故かしたり顔で店長は頷くと、ノエルとは反対の手を握ろうとしてくる。
僕はさっとその手を躱した。
「⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯」
一瞬固まった店長がもう一度手を取ろうとしてきたため、再び躱す。
店長の笑顔が消えた。
「⋯⋯ふッ!」
「なんの!」
まるで獲物を仕留めるかのような速度で伸びてきた手を負けじと躱す。奇跡だ、僕が店長の攻撃を躱せるなど滅多にあることではない。経験が活きた。
「何やってるの⋯⋯?」
事の成り行きを見守っていたノエルが尋ねてくるが、聞かれても僕にもよくわからない。本能的に回避しただけで店長の行動も自分の行動も謎であった。
今一体何が起こってるのこれ?
そんな僕の困惑を他所に、次の瞬間店長が叫んだ。
「何故避けるのじゃあッ!!」
「え、なんとなく」
「我と手を繋ぎたかったのであろぅ!?」
⋯⋯⋯⋯いや?
一体何がどうなってそういう思考に至ったのか教えてほしい。そうすれば僕らはもっとわかり合える筈だから。人間って理解しあえるんだよ。こんな無意味な攻防繰り広げる必要もないんだよ。
だから落ち着こう?
「ええい! もうよいわ!」
そう叫んで店長は僕と腕を無理矢理に絡める。流石に本気で来られると躱せない。もういいなら腕を離してほしい、ちょっと極ってて痛いよ。僕が悪かったから。
「まったく、素直じゃないのぅ」
素直に躱してたよ? 本能レベルで回避を選択していたよ僕は。
「ノエルではなく我が良いとはっきり言えばよいのじゃ」
言うわけ無いじゃん。
だってそんなこと一切思ってなかったからね。別にノエルに手を繋がれるのは嫌じゃないし、失礼にも程がある。
そもそも、僕は節操なしに女性と手を繋ぎたいなどと思うような人間じゃない。あの人は嫌だからこの人とがいいってクズのような思考は流石の僕でもしないよ。
「そうなの⋯⋯?」
ほらノエルが誤解するじゃん。滅茶苦茶切なそうな表情で聞いてくるじゃん。これ僕もうクズじゃん。
「そうじゃないけど⋯⋯とりあえずさ、手は離そうか」
「え⋯⋯やだ⋯⋯」
ああ止めてくれ。悲しそうな顔をしないでほしい。罪悪感がすごいから。僕が悪いみたいじゃないか。
というか聞き分けのいいノエルはどこに行ってしまったんだろうか。僕が心配をかけるせいで逃げ出してしまったのだろうか。それならばより強く握られるこの手を僕は甘んじて受け入れるべきなのだろうか。
とにかくノエルの方は無理そうだ。
「店長⋯⋯」
「遠慮するでない。我とノイルの仲ではないか」
救いを求めて店長の方を見るが、彼女は先程とは違い機嫌良さそうに笑顔を向けてくる。
ダメだ、そもそも店長とは会話が成立しない。彼女は僕とは違う世界で生きている。
こっちはもっと無理そうだ。
となると最早この状況から抜け出す手段などなさそうだ。僕は全てを諦めてぎこちない笑顔を浮かべた。
「⋯⋯とりあえず、行こうか」
「うん!」
「うむ」
何だいこれは?
所謂両手に花というやつだが、実際自分がそんな状況になってみると居心地が悪くて仕方ない。失礼かもしれないが本当にそうなのだ。
想像してみて欲しい、容姿の良い二人の女性に挟まれて歩いているのは、へらへらとした笑みを浮かべた冴えない男だ。カスかな?
僕ならそんな奴見たらノータイムで石を投げてる。
大丈夫かなぁ、これこのまま村の入り口に向かっても本当に大丈夫なのかな。そこにはおそらくノエルを見送るために村の人達が集まってるんだよ? 僕蜂の巣にされない? ああ、胃が痛い。
しかし、僕の懸念通りになることはなく、村の入り口に姿を見せた僕へと嵐のよう投石は行われなかった。若干奇異の目で見られたがそれだけだ。民度が高いって素晴らしい。
ノエルは僕の手を離すと、自分のために集まってくれた村人たちの元へと駆け寄り、皆に改めて別れの挨拶を始めた。その輪からスライムプールで共に遊んだ子どもたちが抜け出し、僕らへと駆けてくる。
そして――僕へと気の強そうな一人が強烈な拳をお見舞いしてきた。割と痛い。
「え、なに⋯⋯?」
「おまえー!」
「なにやってんだよ!」
「ノエルねぇにあやまれー!」
困惑する僕をわらわらと取り囲む子供たちは、次々とパンチしてくる。
気づけば店長はいつの間にか僕から離れて様子を見守っていた。汚いぞ。
「え、ちょ、本当、何?」
説明を、説明をしてくれ。
子供たちにサンドバッグにされる覚えなど僕には全く無い。ていうかこんなことされる奴見たことない。
「かわいそう! ノエルねぇ!」
何がだよ。
あとどうして君はまだ幼いのにそんな悲痛な表情ができるの? 女の子ってみんなそうなの?
「こいびとのくせに!」
「ほかのおんなのひととベタベタするな!」
「え、誰が誰の恋人? ⋯⋯ちょ、痛い痛い」
僕がそう尋ねると、より一層子供たちはヒートアップした。
ねえ止めよう? 暴力は良くないって、普通に痛いから。ねえお願い、無邪気なあなたたちに戻って。
「おとこのくせに!」
「なさけない!」
「にんちしろにんちー!」
そんな言葉どこで覚えるんだよ。ちょっと親御さん連れてきて、説教するから。
ていうか店長何笑ってんだおい、助けてよ。
「こらこら、困らせないの」
僕が子供たちの対処に四苦八苦していると、いつの間にやら歩み寄ってきた村長夫人が子供たちを止めに入ってくれた。
僕へと降り注いでいたパンチの雨が止む。
「⋯⋯ちッ!」
おい誰だ今舌打ちしたやつ。
子供がそんなことするもんじゃないから止めなさい本当。
「ほら、君たちもノエルに挨拶してきなさい」
「はーい」
子供達は村長の一声で散っていく。
「⋯⋯チッ!」
おいだから誰だ去り際にこれみよがしに舌打ちしてったやつは。お前覚えてろよおいお前。誰だか知らんが探し出して説教してやるからな。
「すみませんな、ご迷惑をかけて」
「あ、いや」
子供たちへの説教計画を企てていた僕に、村長さんがそう謝った。僕は慌てて手を振る。
大丈夫ですよ、子供がやったことなんで。あの舌打ちしていったやつさえ差し出してくれれば。
「ですが、ノイルさんもあまりだらしがないのはよくないですよ」
「え?」
村長さんの隣に立った夫人が少し咎めるような口調で僕にそう言った。
⋯⋯何故僕が責められているのだろう。子供たちもそうだが何を言っているのか全くわからない。あと、店長が何故腹を抱えて笑っているのかもわからない。何か腹立つから、今度辛いものでも食べさせてやろう。
「そうですな、老婆心ながら言わせていただくと、あなたはノエルの――」
「ごめん、おまたせ!」
村長さんが何事か僕に忠告しようとすると、ノエルが僕らの元へと戻ってきた。
「ノエルちゃん、もういいの?」
「うん⋯⋯名残惜しいけど、別れづらくなるし、それに、別にもう会えなくなるわけじゃないしね」
「そうか⋯⋯私達も寂しくなるな」
「ええ⋯⋯本当に」
「いつでも会いにくるから」
村長夫妻とノエルが和やかな会話を交わし、最後に抱擁する。何とも心温まる光景だが、そんなことよりも正直今は僕が何を言われようとしたのかが気になって仕方がない。
しかし、この様子ではもはや聞くことは出来なさそうだ。大人しく空気を読もう。
「わけがわからぬかのぅ?」
「ええ、まったく」
僕の隣へとやって来た店長に聞かれ、釈然としない気持ちのまま頷く。すると、店長はくすくすと笑った。
「まぁ気にするな。ノイルはそのままでよい」
「意味がわからないんですけど」
「何が起ころうともノイルは我のもの、ということじゃ」
何言ってんだこの人。
会話をしてほしい、人間はわかり合えるはずなんだって。あと、僕は別に店長のものじゃないよ。既に僕の心はまーちゃんに預けてあるし、絶対にそんなことにはならないから怖い冗談言うの止めて。
まあいいか⋯⋯どうせ考えるだけ無駄だ。
「はぁ⋯⋯」
そう思った僕は、諦めの息を吐いて《馬車》を準備しておく。
「おほー! これじゃこれじゃ!」
僕が出した《馬車》の上へと店長が歓声を上げて跳び乗った。
ねえ、何で上に乗るの? いや、別にいいんだけどさ、この《馬車》あなた用に内装整えたせいで燃費悪くなったのわかってる? ちゃんと活用してほしいんだけど。じゃないと僕の苦労が報われないじゃん。
僕がそんなことを考えながら荷物を積み込んでいると、村長夫妻とノエルが《馬車》へと歩み寄ってきた。
「この度は、本当にありがとうございました」
「うむ! また何かあれば『白の道標』を頼るとよいのじゃ!」
頭を下げる村長夫妻に店長が《馬車》の上で腕を組み、仁王立ちしながら鷹揚に応えた。
滅茶苦茶偉そうである。しかし流石善属性の二人は気にした様子もなく、穏やかな笑みを浮かべていた。
「ノイルさん」
「? はい?」
そんな二人から声をかけられる。村長夫妻は僕の隣に並ぶノエルを慈愛の眼差しで見つめると、僕へと改めて頭を下げた。
「ノエルちゃんを、よろしくお願いします」
「え、あ、はい」
それは僕よりも店長に言うべきではないだろうか。
そうは思ったが、とりあえず頷いておくことにした。僕の返事を聞いた村長夫妻は凄く良い笑顔を向けてくる。
隣のノエルがやや頬を染め、「もう二人とも⋯⋯」と恥ずかしそうに呟いた。
「さ、さあそれじゃ出発しようか!」
ノエルが手を叩き、荷物を《馬車》の中へと入れると、何故か御者台の方へと乗り込む。
どうしてそっちに乗るのかな? いやノエルがそれでいいんならいいけど、中のほうが絶対快適だよ? 凄いから、試してみない?
僕の苦労の結晶は、荷物置きとしてしか使用されていなかった。
諦めて息をつき、御者台へと乗り込む。
僕らが《馬車》に乗り込むと、カリサ村の住人たちが集まってきて、お礼やノエルへの別れの言葉を口にする。
「さーて! 凱旋じゃ!」
「それじゃ、行ってくるね!」
そんな中店長が高らかに声を上げ、ノエルが村長夫妻や村の皆に声をかける。僕はそれを聞くと、《馬車》を出発させた。
◇
王都までは何のトラブルも無く辿り着いた。
帰りはちゃんと途中の街で一泊したし、穏やかな移動であったと言えるだろう。《馬車》を使ったので当然道中は家庭の味を堪能しなければならなかった点を除けば、苦労することは何もなかった。
街で一泊した際に店長が相変わらず僕のベッドへと潜り込んでくる事件があったが、まあ許容範囲内だろう。
しかし、『白の道標』へと帰り着いた僕の気持ちはこの上なく沈んでいた。
応接用のソファに座り頭を抱える。
「では、空いている部屋を適当に使うとよい」
「うん、ありがとう。⋯⋯あのさ、ノイルの部屋ってどこ?」
「階段を上ってすぐ右じゃが、その隣は我の部屋じゃぞ」
「⋯⋯じゃあ、ノイルの向いの部屋にしようかな」
「そこは今は居らんがフィオナが使っておる」
「⋯⋯ずるい」
店長とノエルのやり取りが奥から聞こえてくるが、あまり頭には入ってこないし部屋の場所などどこでもいいだろう。ノエルは拘りがあるようだが僕には関係ない。
そんなことよりもだ。
問題は今僕の前に積まれた手紙の山である。
これは全て、『白の道標』への依頼書であった。
どうしてこんなことになってしまったのか。『白の道標』へと帰り着いた僕たちを待っていたのは、大量の手紙を抱えた配達員であった。
原因はおそらくというか確実に僕の後輩であるフィオナだ。何故か宣伝活動の旅に出てしまった彼女の成果が不幸なことに実を結んでしまったのだろう。
幸い店長はこの依頼書の山には興味を示さなかった。彼女は自らがその目で見た客にしか興味がないのだ。とはいえだ、これ――どうしよう?
流石に無視するのはダメな気がする。それは人としてやってはいけない気がする。
「ふむ⋯⋯」
一頻り考えたあと、僕は立ち上がり依頼書の山を袋に詰める。
そして『白の道標』を出て、指定の場所にゴミとして出しておいた。
一仕事終えぱんぱんと手を払い、腰に手を当てて空を見上げる。時刻は既に夜だ、月が綺麗だなと思った。
しかし何とかしてフィオナを止めねば、このまま続々と依頼が届いてしまうだろう。まあ何処にいるのかもわからない彼女を止めるなど不可能なので、帰ってくるまではこうして粛々と手紙を処分するしかない。
フィオナへも改めてこんなことしなくていいと伝えねばならない。
泣くかな? 泣かないといいなぁ。いや、彼女のことだから余計な事をしたと自分を責めてしまうかもしれない。そうなったら僕が慰めなければいけなくなる。
まったくもって気が重い。僕は大きなため息を吐いた。
「はぁ⋯⋯」
そうして、『白の道標』へと戻りながらいつも通り思うのだ。
なんでも屋の店員ですが、正直もう辞めたいです――――と。
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