第22話 ノエルの選択

 

 《白の王ホワイトロード》は、一時期店長の中だけで立ち上がった、最強の魔装マギスを創るのじゃ計画プロジェクトにより生まれた魔装である。


 ある日突然そんなことを言い出した店長に、僕は呆れながら無理だと言った。

 もちろん僕の能力が足りないというのもあるが、そもそも最強とは何だという話である。


 何にも負けない力、全てを打ち倒すことができる力。簡単に言えばそうだろう。

 しかし、そんな茫洋としたイメージで魔装を創ることはできない。


 だからと言って、全てを穿く槍、全てを防ぐ盾などの具体的な物を想像したとしても、そんなものはもちろん創れない。出来上がるのはせいぜい劣化品か欠陥品だ。

 ならば、実現できる範囲で最強だと思えるものを創り出す。それならば可能だろう。


 しかし、だとしたら一体どんなものを創り出せばいい? 

 最強とは? 何をイメージしたらいい? 

 創り出したとして、果たしてそれは最強なのか? 

 解答の無い難題である。人間の想像力には限界があるのだ。出来るわけがないと、そう思った。


 だが、ふと気づいてしまったのだ。

 僕はイメージするまでもなく、最強だと信じている存在が居ることに。


 そう、まさにこの計画の発案者であり、おそらく人間の至れるであろう極致に立つ、最強を体現した人物――ミリス・アルバルマである。


 彼女の力を魔装でそのまま再現出来るのならば、それは疑いようもなく最強ではないか。

 物は試しにと僕はやってみることにした。


 結論から言えば、当然の如く無理であった。完全に僕の能力の限界を超えていたからだ。

 しかし、店長は諦めなかった。僕の力で足りないのなら、自分も協力すればいいと実に単純な思考で僕の手を取った。


 普人族ではない彼女が協力したところで、何の意味があるのだと僕は思ったが、店長はやはり人外であることを知ることになる。

 彼女は試行錯誤の末、マナへ干渉する能力を最大限活用し、僕と自分のマナを一つにすることに成功した。

 所謂、一種の融合状態である。


 そうして、僕の驚愕と共に《白の王》は発現した。

 店長そのものが魔装の媒体になることで生まれたそれは、まさに最強であった。


 純白の鎧は一切のマナの乱れ無く、纏う者の身体能力を飛躍的に向上させ、自己修復の力を備え、紅玉の剣は相手のマナすらも断つ強力無比な武装となった。

 店長のように魔力波や魔針を飛ばすことは出来ないが、それを補って余りある性能である。


 なにせ、綻びがなくともマナを断つことが出来るのだ。《白の王》を前にした敵は、例え店長程マナコントロールに優れていようと紅玉の剣に触れることすら許されない。

 まさに、最強であった。


 しかし、当然の如くこの魔装にも欠点は存在する。


 まずは店長が必要不可欠であることと、お互いが相手にマナ――つまり命を預ける覚悟が無ければ発現はしない上に、一度発現させると任意の解除は出来ないこと。

 つまり、一蓮托生である。最もそうなりたくは無い相手とだ。


 僕が《白の王》を使用する際、店長をミリスと呼ぶのは覚悟と信頼を示すと共に、それが店長が僕に命を預ける条件だからである。困ったことに、そうしないと発現しないのだから厄介だ。

 口付けとかは必要無い。あれは店長が勝手にやっただけだ。止めてもらいたい。


 次に、身に余りすぎる力を行使した僕への反動だ。

 《白の王》が解除されると僕はしばらくの間深い眠りにつくことになる。最短で一日は眠ることになり、その長さは《白の王》を発現させている際にどれだけ力を行使したかにより変化する。


 しかしその破格の性能からすれば、大した欠点ではないと言えるだろう。

 だがそれでも、僕はこの魔装は出来ることなら使いたくはない。

 融合状態では店長に心を読まれてしまう恐れがあるし、何よりもだ。


 《白の王》は、僕の魔装の中でも特別に――しっくり来てしまう・・・・・・・・・のだ。


 店長が居なければ扱えない魔装が、僕にとって最も扱いやすい魔装だという事実など認めたくはない。だから、僕は《白の王》は嫌いだ。


 ついでに、何故かまた裸で僕の隣で穏やかな寝息を立てているこの人も嫌いだ。


「はぁ⋯⋯」


 《白の王》の反動から目覚めた僕は、小さく息を吐いた。辺りを見回すと、どうやら僕はノエルの家に寝かされていたようである。

 彼女の⋯⋯父親の部屋だ。


 誰だよノエルは未亡人で、ここは恋人の部屋だとか言ってたやつ。失礼にも程がある。


 さて、僕はどのくらい眠っていたのだろうか。今回は怒りに任せて力を使ったし、僕主体で動き続ける時間が長かった。二日か三日は眠ってしまったのではないだろうか。

 窓から月明かりが差し込んでいるのを見ると、今は夜なのだろう。店長もこの通りぐっすりだし。


 彼女をどうにかする気力も無い。《白の王》による眠りは通常のものと違い、疲労などが回復することはないのだ。

 つまり僕は今、スライムと戦った後の状態とほとんど変わりはなく、全身には重い疲労感が残っている。


 僕は一度起こした身体を再びゆっくりと倒した。瞼が重い、先程まで眠っていたにも関わらず、脳は全力で眠りを催促してくる。


 もうこのままでいいだろう。どうせ何も起きはしないだろうし、ただ眠るだけだ。僕は悪くないし。


 そう思って瞳を閉じると、誰かが扉を開け、部屋の中へと入ってくる気配を感じた。そっと片目を開きそちらを見る。


「ミリス、またこっちに来てるでしょ⋯⋯」


 咎めるように小さな声を上げて部屋へと入ってきたのは、おそらく店長の寝間着パジャマを持ったノエルだ。

 彼女は僕が起きていることに気づかなかったようなので、寝たフリをすることにする。


 裸の店長を放置していたことを知られたら一悶着起きてしまいそうだ。

 せっかくノエルの僕への評価が改善されていた気がするのに、再び地の底へ落ちてしまうのは避けたかった。

 何よりこんなに疲れているのに面倒ごとはごめんである。


 僕は何も気づいていなかったし、そもそも起きてなどいない。そう、まだ眠っていたのだ。

 そういうことにしてやり過ごそう。流れる汗は脚を絡めてきた店長のせいだ。暑いからだ。


「やっぱり⋯⋯そ、そんなにくっついて⋯⋯ダメだって言ってるのに⋯⋯」


 ノエルが隣の店長の肩を揺する気配を感じる。

 いいぞ、その調子だ。そのまま早いとこ引き離してくれ。色々な意味で心臓に悪いから。


「んむぅ⋯⋯何じゃ⋯⋯うるさいのぅ⋯⋯」


「ミリス、こういうのは良くないって言ったでしょ。そ、それも裸でなんて⋯⋯早く離れて、私の部屋に戻ろう?」


 そうだそうだ。もっと言ってやれ。


「ノエルが我の服を掴んで寝ておるからじゃ⋯⋯」


「ご、ごめん。でも、裸でノイルのベッドに潜り込むなんてダメだよ」


 まったくその通りだ。

 服脱いでこっちに来るなよ。大人しくノエルと寝てなさい。いい子だから。


「それに⋯⋯先程ノイルは目を覚ましたが、何も言わなかったのじゃ。ならば良かろう⋯⋯」


 ⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯。


 起きてたなら言ってよ。


「ノイル⋯⋯?」


 違うよ。

 これは置きもノイル君人形なんだ。

 だから自分の意思なんかないんだ。だから目は開けないんだ。

 困ったことにリラックス効果がありすぎて、店長が寄ってきちゃっただけなんだ。悪いのは店長なんだよ。人形に責任とかないからね。


「起きてるの⋯⋯?」


「⋯⋯⋯⋯はい」


 僕はもはや何もかもを諦めて、恐る恐る目を開ける。

 しかし僕の予想とは違い、ノエルはそんな僕を泣きそうな笑顔で見ていた。そして、僕へと覆いかぶさるようにして抱き着いてくる。


「良かった⋯⋯!」


 良くないよ。

 冷静に僕の状況を見て欲しい。

 隣からは店長に抱きつかれ、正面からはノエルにと。二人共とても温かくて柔らかい。そしていい匂いがする。


 何だいこれは?

 

 僕も健全な男である。この状況は心臓にとても悪いし、いくらクールな僕でも身体はクールでいられなくなってしまう。

 良くない、良くないよこの状況は。


「⋯⋯ノエル、ちょっと離れてくれるかな?」


 僕の鋼の理性が仕事をしている内にね。


「あ、うん⋯⋯ごめん」


 聞き分けのいいノエルはそう言って僕から離れようとして――その動きを止めた。

 首へと腕を回したまま、隣の店長に一度視線を向けたあと、至近距離から僕の顔をじっと見つめてくる。

 その愛らしい顔立ちは、何かを訴えているように見えた。


「⋯⋯ミリスには、言わないの⋯⋯?」


 切なそうな瞳で言われる。

 それがどこか色っぽく見えて、鋼の理性さんはどうやら残業のようだと僕は思った。もちろん手当は出ない。


「店長はほら⋯⋯言っても無駄だし」


「うむ⋯⋯」


 うむじゃねーよ。

 

 まあでも、店長に関してはそれ程問題ない。既に耐性というか、ある程度の慣れがあるからだ。

 裸だとはいっても、僕はちゃんと服を着ている。眠っていた間に着替えさせられてはいるが、ちゃんと服は着ているのだ。

 これならば直接身体が触れ合うわけでもないので、店長の方を見ないようにすれば変に意識することもない。多分。


 だから僕としてはノエルに密着されるほうが問題なのだ。店長はもう、なんかそういう生き物ということにすればいい。

 とにかく早いところノエルに離れてもらわなければ、鋼の理性さんが過労死してしまう。そうなったら色んな意味で僕の責任問題だ。


 僕は店長を無視して言葉を続ける。


「それにほら⋯⋯店長はこう見えて寂しがり屋だから」


「うむぅ⋯⋯」


 うむぅじゃねーよ。


「じゃあ⋯⋯⋯⋯私もそうだよって言ったら⋯⋯?」


「え⋯⋯」


 店長に心の中でツッコミを入れていると、ノエルに潤んだ瞳でそう言われ思わずドキっとしてしまう。


「⋯⋯このままで居させてくれる?」


 まずい、鋼の理性さんが倒れそうだ。僕の責任問題が発生してしまう。


「ふふ⋯⋯」


 僕が鋼の理性さんを励ましながら何と答えるべきか悩んでいると、ノエルは可笑しそうに笑う。


「なんてね。冗談だよ」


 彼女はそう言いながら僕から離れた。

 鋼の理性さんが仕事が終わった喜びに声を上げて涙を流す。店長? もはや雑兵だ。

 僕は気づかれないように、小さくほっと息を吐いた。早鐘を打つ心臓を落ち着かせる。


今は・・、これくらいでいいかな」


 いたずらっぽく笑う彼女を、素直に可愛らしいと思う。


 店長が触れるのも躊躇うほどの美貌なら、ノエルは逆で、人に愛される可愛らしさだ。思わずその笑顔に手を伸ばしたくなる。


 もし僕に愛する人まーちゃんがいなかったら恋に落ちていたかもしれない。危ないところだった。


「ほら、ミリス行くよ」


「むぅ⋯⋯嫌じゃぁ⋯⋯」


 ノエルは僕から店長を引っ剥がす。


「だーめ、私で我慢して」


「ノイルぅ⋯⋯」


 何だか二人共前より仲良くなった気がする。僕が眠っている間に何かあったのだろうか?

 しかし、それよりも気になることがあった。


「ノエル、今はって?」


「ああ」


 ノエルは頷くと


「私も『白の道標ホワイトロード』で働くことにしたから。さっきのはこれからよろしくねってこと」


「は?」


 さらりとそう言った。


「え、な、何で?」


 地獄だよ? 

 ノエルみたいな良い意味で普通の人には変人の相手はきついと思うよ。

 というより『白の道標』で働くということは、彼女は村を出るつもりなのだろうか。いや、ノエルも成人はしてるし、本人がそう決めたのなら問題は無いのだが⋯⋯随分と思い切ったものだ。


「今回の報酬の代わり、かな? ほら、これだけのことをして貰ったんだから、やっぱり村のお金だけじゃ釣り合わないし、足りない分は私が働いて支払おうかなって。ミリスはお金じゃなくてもいいって言ってたしね」


 闇の取引かよ。


 僕が頭を抱えていると、ノエルは慌てたように手を振って続ける。


「あ、誤解しないでね。別に無理矢理とか嫌々ってわけじゃないから。村の人たちとも話してちゃんと決めたことだし、私からお願いしたことだから」


 彼女はそう言うが、どうせ店長が何か良からぬことでもして引き込んだのだろう。僕は隣で呑気に寝ている問題の人物の頬を摘む。


「ぬへ⋯⋯」


「うわ」


 何かにやけたので直ぐに手を離した。

 好奇心で今度は鼻を押してみる。


「ふぶ⋯⋯」


「うわぁ」


 にやけながら変な声を出した。若干引くが面白いなこれ。


「そういうとこだって⋯⋯」


「え?」


 ぶにぶにと店長の顔を弄っていた僕は、ノエルの呟くような声で手を止めて彼女を見た。

 気のせいだろうか、ノエルらしからぬ声音だったが⋯⋯。


「ん?」


「あ、いや」


 しかし、ノエルは何事もなかったかのように首を傾げる。その表情はどこにも違和感など感じない。


 やはり気のせいだったようだ。幻聴まで聞こえるとは、やはりかなり疲れているらしい。起き上がるのもだるいから、さっきからずっと寝たままだしね。


 そんな僕を見たノエルはくすりと笑うと、店長をゆっくりと抱き上げた。


「うぬぅわぁぁぁぬぅぅ⋯⋯」


 何だその声。幻聴かな?


「とにかく、私もこれからは仕事仲間だから。ノイルも放っとけないしね」


 奇声を発する店長を抱えたノエルは、そう言うと部屋の扉へと向かい、こちらへ振り返った。


「まだゆっくり休んで、明日また話そう」


「ノエル」


「ん? 何?」


 僕はそんな彼女を呼び止める。

 たった今思ったのだが、ノエルが『白の道標』で働くのだとしたらだ。


「僕辞めてもいいよね?」


 要らないよね僕。

 ノエルのほうが絶対優秀だし。善属性だぜだって。


 魔装の才能の片鱗も見せていたし、僕はもう彼女に教えるべきことは教えたからお役御免だよね。ノエルなら僕の後任をちゃんと務めてくれるよ。ていうか誰でも出来るよ。だから辞めていいよねこれ。皆幸せじゃん。


一緒に・・・、頑張ろうね?」


「あ、はい」


 笑顔で言われ僕は反射的に頷いてしまう。何か圧を感じた。


「ふふ、それじゃおやすみ」


 ノエルはそう言って部屋から出ていく。

 一人になった僕は何だかまた辞め辛くなった気がして、天井を見つめながら一つ息を吐いた。


 まあいい、今後のことはまた今度考えよう。

 そう思って目を閉じると、疲れ切った身体は直ぐに眠りへと落ちていった。

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