第21話 やる時はやる男
地上へと戻った僕たちは、俯いて座り込んでいるノエルを前に、何と声をかけるべきか迷っていた。
こういう場合は一体どうするのが正解なのだろう。一人にしておいたほうがいいのだろうか。いや、でもそれはあまり良くない気がする。しかし、かといってどうしたらいいのかもわからない。
『ノイルに任せるのじゃ。我はこういうのは向いておらぬからのぅ。それにこの娘もノイルからの言葉のほうが良いじゃろう』
⋯⋯⋯⋯? いや、どういうこと?
ミリスが向いていないってのはわかりすぎるほどにわかるけど、僕に任せる意味がわからない。
僕がこういうの向いてると思ってるの? ミリスよりも向いてないよ? 汚属性だよ僕?
そういうの丸投げって言うんだよ? 知ってる?
しかし、それだけ言うとミリスは黙り込んでしまった。普段はわけのわからないこと言いまくるくせに、こういう時だけ黙るのずるくない?
いや、今わけのわからないこと言われても困るけどさ。
「あー⋯⋯」
仕方ないので取り敢えず何かを言うべく声を出す。指で頭をかこうとしたら《
雰囲気だということにしよう。
「その⋯⋯終わったよ」
「⋯⋯うん」
そんな言葉しか出てこなかった。
「遺品とかその⋯⋯何かあれば良かったんだけど⋯⋯」
「うん⋯⋯大丈夫。わかってる⋯⋯」
しどろもどろな僕に、ノエルはぽつぽつと話し始める。
「私ね⋯⋯」
「⋯⋯うん」
そうだな。
僕はどうせこういう時気の利いたことなんて言えない。けれど、ノエルの吐き出したい気持ちを受け止めるくらいならできるはずだ。だから話を聞いてあげることに努めよう。それくらいしかできないのだから。
「お父さんのこと、大好きだったんだ⋯⋯」
「うん⋯⋯」
「いい加減なところもあったけど⋯⋯優しくて⋯⋯」
「うん⋯⋯」
「いつ、も⋯⋯私のことッ⋯⋯考えて、くれて⋯⋯!」
「うん⋯⋯」
ノエルの声は震え、いつしかそこには涙が混じり始める。
ハンカチなど持っていたら良かったが、ポケットを探ろうとした手に当たるのは艷やかな鎧だった。
そもそも僕はハンカチなど持ち歩くほどマメな人間ではなかった。僕は馬鹿な人間だった。
「でもッ⋯⋯居なくなっちゃって⋯⋯!」
「⋯⋯⋯⋯」
「それでも⋯⋯いつか、帰って来てくれるって⋯⋯馬鹿だよね⋯⋯?」
「⋯⋯そんなことないよ」
「ううん、馬鹿だよ⋯⋯だって⋯⋯だって!」
頭を振りそう叫んで、ノエルは言葉を途切れさせた。
やがて微かな、囁くような声を発した。
「ね⋯⋯?」
そして、顔を上げて尋ねる。
「もう――会えないのかな⋯⋯?」
その顔はあまりにも痛々しくて、くしゃくしゃに歪んでいて、堪えきれぬ涙は滔々と流れていて――それでも僕は救いの言葉をかけることなんて出来なくて。
「⋯⋯うん」
それまでと同じ様に、そう言うことしか出来なかった。
「う、ぁ⋯⋯あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
僕の脚に縋り付くように、ノエルは声を上げて泣いた。
しゃがみ込み、泣き叫ぶ彼女の背中を擦る。
何も出来ない僕は、せめてノエルが落ち着くまでこうしていようと思った。
◇
森を抜けた先、遠くにカリサ村が見える草原にノエルと僕らは座り込んでいた。
夕陽に照らされた草原の中に、目を腫らした女の子と、輝く純白の全身鎧が隣り合って座っているのは何だかシュールな光景である。
だが仕方ない。白の王は任意で解除ができないのだ。
制限時間の間はこのままでいるしかない。趣味でまだ纏ってるわけじゃないのだ。
一頻り泣き続け、少し落ち着いた様子のノエルと共に僕らは森を抜けた。
ミリスは未だに静観を決め込んでおり、もしやこの人寝てるのではないか? と思うほどに喋らない。
頼りになるのかならないのかわからない人だ。
ノエルも先程から黙り込んでいるので取り敢えず僕も雰囲気に任せて黄昏れているが、何かしたほうがいいだろうか?
例えば、僕渾身の一発ギャグを披露して笑わせるとか。そんなものは持っていないが、滑稽さに定評のある僕ならいける気がする。
僕のギャグでノエルに笑顔を取り戻すのだ。
『それは止めておいたほうが良いじゃろう。我は見てみたいがのぅ』
起きてたね。
そんなにダメかな。いやダメだな。
静観を決め込んだミリスが止めに入るくらいだからな。
きっと良くないことになるのだろう。大人しく空気を読もう。
『ちなみにどんなギャグじゃ? 我が好きな感じのやつかのぅ』
僕、ミリスの好きなギャグなんて知らないけど。
ていうかさっきからやってるみたいにもう心読めば良いじゃん。ギャグとか口で説明するものじゃないしさせないで欲しい。
『そうは言うがのぅ、何も伝わって来ぬのじゃ』
止めようか。
決して何も考えて無かったわけではないけど、そろそろ止めよう? そこまでわかるとは思ってなかったよ。言っておいて何だけど怖いから止めて。
ミリスの考えなんてちっとも読み取れないのに、僕の考えだけガバガバなのは何故なのだろうか。
不公平だと思う。これだからこの
『一体どんなギャグかのぅ⋯⋯』
未だにギャグが気になっている様子のミリスを無視して僕がこれ以上心を読まれないように努めていると、ふと、ノエルがこちらを向いた。
「ごめんね⋯⋯」
「あ、いや⋯⋯えっと、何が?」
ミリスと無言の戦いを繰り広げていた僕は、慌てて意識を戻す。
しかし、咄嗟には上手く頭が回らず、ノエルが何を謝っているのかがわからなかった。
思わず聞いてしまった僕を見て、ノエルは僅かに目を伏せた。
「さっきのだよ。その、取り乱しちゃって⋯⋯」
「ああ⋯⋯」
なるほど、と手を打つ。
「えっと⋯⋯何が?」
しかしわからなかった。
いや、ノエルが先程の事を謝ったのだということはわかったが、何故謝るのかがわからないのだ。
だってあれは仕方ないだろう。取り乱して当然だと思う。むしろあの程度で今は落ち着いているのが凄いよ。もし僕が同じ様な体験をしたら、取り乱す程度じゃ済まない。
復讐に走るね。スライムを一匹残らず狩り尽くすさ。
いや⋯⋯僕はそれ程強い人間ではないからきっと無理だな、多分逆だ。
スライムがトラウマになって一生引き籠るかもしれない。そして部屋に釣り堀を作るんだ。
何を言っているのか自分でもよくわからなくなってきたが、とにかくだ。
僕ならもっと情けないところを見せまくる。だからノエルは立派だ。謝るところなんて一つもない。立派じゃない僕が言うんだから間違いない。
ノエルは少し驚いたように僕を見た。自分の考えが伝わらなかったのが不思議なのだろうか。察しが悪くて申し訳ない。僕は心の中で謝罪する。
しかしそんな僕に対して、ノエルは何故だかふっと微かに微笑んだ。
「ノイルって不思議だよね」
「ミステリアスな男なんだ」
冗談で言った訳ではないのだが、兜でクールな表情が伝わらなかったせいだろうか、ノエルは可笑しそうに笑う。
「ほんと不思議⋯⋯ていうか変」
「変⋯⋯?」
それはミリスのことだよ。
「真面目なのか不真面目なのかわからないし」
不真面目だよ。
「すごいのかすごくないのかわからないし」
すごくはないね。
「何も考えてないみたいで、ちゃんと考えてるし」
実は考えてないだけなんだ。
「情けないかと思ったら頼りになるし」
ならないと思うよ。
「何とかしてあげなきゃって思ったら、逆に助けてくれるし」
僕一人じゃ無理でしたけど。
「いい加減なのに、優しいし⋯⋯」
女性には紳士だよ僕は。
「放っておけないほどダメなのに⋯⋯急にかっこよくなるし⋯⋯」
「決める時は決める男なんだ」
ノエルの小さな呟きに、すかさずやる時はやる男アピールをしておく。
普段やらなくても許されるためには、日々の擦り込みが大事なのだ。
僕の言葉を聞いたノエルは、何故か目を見開いてこちらをじっと見た後、何か吹っ切れたように空を見上げた。
「ずるいよね、ほんと。ノイルってやっぱり変」
何がずるいと言うのか、僕が汚属性だと見抜いてしまったのか。いやでも、どうやら彼女は何か僕の人物像を勘違いしてしまっているようだしそうではないはずだ。
今上げられたところのダメな部分だけで構成されたのが僕なのだ。
女性に優しいのだって、昔の反省を活かしているだけだし、実際優しく出来ているのかもわからない。そもそも、ノエル自身の人間性が優れているから周りが自然と優しくなるのだ。
ノエルは大きな勘違いをしている。
僕は格好よくもないし変でもないから間違いないだろう。
けれど――
「変だけど⋯⋯」
僕の方を向いた彼女は、とても穏やかな笑顔をしていたから。
「落ち着くなぁ⋯⋯」
そのまま勘違いしたままでもいいかと、僕は思った。
「一緒に居ると、落ち着くよ」
しかしまいったな、僕はどうやらリラックス効果を持っていたらしい。
それならばここは一つ、置もノイル君人形を作って商品化するのはどうだろうか。もしかしたら爆売れして僕は一生遊んで暮らせるかもしれない。⋯⋯いや、無いな。
そんな人形部屋に置いてあったら僕は間髪入れずに殴るよ。ムカつくもん。
益体も無い事を考えていると、ノエルが僕の肩へとそっと頭を委ねてきた。
「ありがとね」
「鎧、痛くない?」
「大丈夫」
そういうことなら、別にいいか。
しかしまあ――
「変な光景だね。これ」
全身鎧に寄りかかる女の子。
先程よりもシュールである。しかし、ノエルは可笑しそうにくすくすと笑うだけだった。
「いいじゃん、誰も見てないんだし」
彼女がそう言うのと同時に僕の身体が光に包まれ、次の瞬間には《白の王》が解除される。
「⋯⋯⋯⋯」
見てたね。
ノエルが僕に肩車されている店長を見て言葉を失っていた。
シュールだ。間抜け過ぎて僕この魔装やっぱ嫌いだ。
「ふむ、やはりのぅ」
「えっ!? み、ミリス!?」
店長が僕の上で顎に手を当てて呟くと、それまでぽかんと口を開けていたノエルは、慌てたように僕から離れた。
ああ、そうか。彼女は《白の王》を発動した時ちゃんと見ていなかったからなぁ。そりゃ驚くよね。
「も、もしかしてずっと⋯⋯」
「うむ、聞いておったぞ」
ノエルの顔が見る見る内に赤く染まるのを見ながら、僕は急激な睡魔に襲われていた。
《白の王》の
店長は軽やかな動作で僕から下りると、そっと背中に手を回す。
「後のことは任せるのじゃ」
「は、い⋯⋯」
穏やかな店長の声を聞きながら、僕は目を閉じる。
最後に、額に温かく柔らかなものが触れるのを感じた。
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