待ちに待った電話

すでおに

待ちに待った電話

 秋は深まり、窓に見える銀杏はすっかり黄に染まっていた。午前の法事を終え、居間で一服していたところに電話が鳴った。


「明神寺でございます」


 住職自ら電話を受けた。


「今年も除夜の鐘鳴らすつもりかよ。毎年うるせぇんだよ。鐘もうるせぇし、通行人もうるせぇ。迷惑してんだよ、こっちは。なんで大晦日にこんな目に遭わないといけねぇんだよ。迷惑かけるのが寺の役目かよ。ふざけんじゃねぇよ。いい加減中止にしろ」


 それだけ吐き捨てて、電話は切れた。


 住職はそっと受話器を置いた。顔には抑えきれない笑みが浮かんでいた。


 歳のせいでこの頃めっきり体力が衰えた。腰痛との付き合いも長くなっていた。年越しは家でゆっくり紅白でも。


 とはいえ、仏に仕える身。嘘はつけない。たった一本でいい。一本クレームが寄せられれば。


 境内で販売を始めた『お寺カレー』はマスコミに取り上げられたおかげで売れ行きは好調だった。


 寺の掲示板にお知らせが貼り出された。


『除夜の鐘がうるさいとの声が寄せられました。楽しみにされていた方もいらっしゃるなかで大変心苦しく存じますが、本年より除夜の鐘を中止させていただくこととなりましたので・・・』

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