2・下校

「どうかしたの、君江くん。わたしの横顔を見て。前を見てないと危ないわよ」

「ああ、いえ。現状確認と言いますか」

「そんなのわたしと付き合うことになって、恋人なら一緒に帰るものだから一緒に帰ってるんじゃない」


 僕の四度目の告白が一応成功した。僕たちの関係は恋人ということになるが、しかしその実態は契約に近いものだ。端的に言うならば、久留守先輩の恋体験のために僕は雇われた。期限は長くて一年。それ以上は先輩も受験勉強が忙しくなるので、こんな本気でないことに時間を割く余裕もないのだろう。


 とはいえ、一応恋人であるし、そんな感じの体験をするのが久留守先輩の望みな訳だ。僕もこれが初めてな交際だがらいまいちわからないが、二人で話した結果、一緒に下校することになった。

 僕は自転車を押して久留守先輩の横を歩いていた。


「今さらながら、初めての交際がこんな特殊な形になるとは……」

「不満なの?」

「いえ、久留守先輩みたいに綺麗な人と付き合えて不満はないですよ」

「そうよね。あなた、結構な面食いだものね」

「面食いって……」

「事実でしょう。生徒会長も一年生の子も、わたしのクラスメイトも、みんなかわいい子じゃない。もちろんわたしも」

「自分で言いますか。間違ってませんけど」


 僕がそう言うと、先輩は変わらない口調で続けた。


「言うわよ。変に遜ってどうするのよ。だがらお母さんには感謝してるし、かわいくあろうと努力もしてるもの。努力には自信を持って当然でしょう」

「ですね。でも以外です。先輩でもかわいくあろうと努力するんですね。てっきり興味がないのかと。そういうのって異性にモテたいとか、綺麗に見られたからって人多いじゃないですか」

「別にそれだけじゃないでしょう。身嗜みは普通に大事ってことよ。印象がいいことに越したことはないもの。例えば先生、とかね。先生だって人間よ。真面目な生徒とそうじゃない生徒の印象は違うし、それなら表立った差別はないかもしれないけど、気にかけてもらえるくらいにはなるもの」

「僕も先生には媚を売っておきます」

「そういうことじゃないでしょう……」


 僕の言葉にため息を溢して呆れる久留守先輩。しかしこの人、かっこよすぎじゃないか? 見た目も、かわいいというよりは綺麗だし、身長も一七五センチに届きかけている僕より目線は低いが、おそらく六〇センチ台はある。すらりとしているし、雰囲気も相まってカッコイイ。

 僕が感心していると久留守先輩は話題を変えた。


「今さらだけど君江くん。わたしと一緒に駅に向かってるけど大丈夫なの? 遠回りじゃないかしら」

「お気遣いありがとうございます。でも大丈夫ですよ。僕の家、駅の向こう側なので」

「そうなの。よかったわ」

「なので明日からも一緒に帰れますよ」

「え、毎日一緒に帰るの?」

「え?」


 先輩は少し驚いた様子だ。僕も驚いている。


「わたし、週に一回一緒に帰ればいいと思っていたわ」

「いやいや、久留守先輩。先輩は恋人体験をしたいんですよね。なら一緒に帰りましょうよ」

「そういうものかしら」

「そういうものですよ。ほら」


 僕は道路の反対側にいた下校中のカップルを指指した。


「僕、結構な確率であの二人を見かけてますよ」

「そう言われると、そうね。確かに、わたしも見かけたことがあるわ」


 先輩はそれでも疑問を浮かべていた。


「でもいいのかしら。わたしのクラス、担任が来るの遅いから終わるの他よりも遅いのよ。君江くんを待たせちゃうわ。それに君江くん自転車だし」

「待つって言っても長くて十分くらいだと思いますし、自転車はいいですよ。今みたいに籠を荷物置きにしてください。そりゃ、何か用事があれば別ですけどね。僕、しがない帰宅部なんで、気にしないでくださいよ」

「わかったわ。なら何もなければ明日からも一緒に帰りましょう」

「もちろんです、先輩」


 明日からも久留守先輩とは一緒に帰ることになった。だけどこの人、少し面倒くさい性格をしているようだ。悪意などではなく、善意から由来なところが歯痒いが。思ったよりも独特な人だ。……まあ、こんな契約的交際を提案する時点で変人か。


「それにしても驚いたわ。まさか恋人が毎日一緒に帰るものだなんて。でもわたし自信よね。あんな、アレみたいな会話するなんて」

「アレってなんですか?」

「わたしが恋を学ぶために姉から借りた少女漫画よ。漫画の中だと凄い会話が弾んでたし、何かしら起きてたもの。大丈夫かな。わたしにそんな乗り越えられるものなの?」

「いや何を見たんですか。何か事件がある訳じゃあるまいし」

「え、カップルで帰ってると何かしら問題が発生するものじゃないの? 迷子の親を探したり、木の上から降りれなくなった猫に遭遇するじゃない。あとトラックが突っ込んできたり」

「いやそんなアグレッシブなイベント早々起こりませんよ。というか最後のはどちらか死んじゃうやつですよ」

「冗談よ。でも、自信がないのは本当なのよ?」


 意外だ。先輩は社交性に富んだ人間だと思っていたが。


「こうして会話するくらいならいいけど、問題は恋人っぽい会話が出来るのかよ」

「恋人っぽい会話、ですか?」

「ええ。君江くんは出来そうかしら」

「いや、そう言われると僕も自信がないんですが……」

「そうよね。それにしても、さっきからあのカップルは楽しそうね。あれが毎日……凄いわ」


 先輩は先ほど僕が指指したカップルを見て感心していた。確かに側から見てあのカップルの振り撒く楽しいオーライフは凄いものだ。僕が全く関係のない人たちを見て覚えていたのも、あのオーラが原因か。


「そもそも恋人っぽい会話て何かしら?」


 先輩のその呟きはもはやある種の哲学と呼べるものだろう。愛については古代から続く最大の問題であるし、それを元に繋がる恋人が何かと問うのは、深い問題なのだと思う。……別に、わからないから適当なことを考えているのではない。


「まあ、交際初心者同士ですし、わからなくて当然ですよ。とりあえず楽しそうな会話でもしておきますか」

「あのカップルみたいに?」

「ええ、まあ。正解かはわかりませんが、間違ってはないでしょうし」

「確かにそうね。なら、楽しそうな会話をしましょう」

「……そう言われると、楽しそうな会話も何って気もしますね。それに友達と何が違うのかとも」

「堂々巡りね。仕方ないわ。姉に聞いてみましょう。答え合わせは明日ってことで」

「ですね」


 そんなこんなで片道十分の駅までの道はあっという間に過ぎた。


「じゃあ明日ね、君江くん」

「また明日です、久留守先輩」


 僕は先輩が駅の階段を上がっていくのを見送り、自転車に跨った。いつもなら鼻歌混じりにペダルを漕ぐが、今日ばかりはそうもいかず、久留守先輩との不思議な関係についてぼんやりと考えてしまうのだった。




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