どうやら先輩は恋をしたことがないらしい。
ヒトリゴト
1・契約
「僕と、付き合ってください!」
放課後の校舎裏。そんな古典的とも思えるようなシュチュエーションで、僕は人生において幾度目かの告白をした。
告白をした相手は一つ上の学年の久留守先輩。面識はない。一方的に見たことがあるだけだ。
お辞儀をし、伏した目の隙間からぼんやりと見える夜色の黒髪は絹のようにさらさらで、まだ少し冷たさの残る春風に揺れている。
「……」
返事が返ってこない。おかしい。いつもなら、これまでの人なら僅か3秒ほどで「あはは、ごめんね」と苦笑いされるというのに、久留守先輩からは何の反応もない。
気になって顔を上げ、久留守先輩を見てみた。久留守先輩は告白する前と特に表情を変えることなく、困惑する僕を眺めていた。
「ええと、先輩?」
「ああごめんね。君江くん?だっけ。いいよ、付き合っても」
「……え? いいんですか?」
「あなたが言ったんじゃない。それとも不服なの?」
「い、いえそんなことないです! 嬉しいに決まってるじゃないですか」
ただ予想外の結果になって驚いただけだ。何しろこの久留守先輩、噂によると付き合ったことがないらしい。この容姿だから告白自体はされることもままあったらしいが、その全てを断っているらしい。
だがら僕の告白して断られた人数にプラス一されて、同時に久留守先輩が振った人数にプラス一されるだけかと思っていた。つまり、最初から成功するとは思ってもいなかったのだ。
「ただ、一つ条件を付けてもいいかしら」
「え、あ、条件ですか?」
急に話を切り出されたものだから吃ってしまった。
久留守先輩は俺のそんな様子を気に留めることもなく話を続けた。
「交際関係を続けるのは長くても一年間にして欲しいの」
「一年、ですか?」
「ええ」
まさか交際開始と同時に終了予定の告知をされるとは。
「それは、あれですか。余命が一年で思い出作りにとか」
「何それ。そんなドラマみたいなことあるわけないじゃない」
「ですよね……。でも、なら何でですか?」
「わたし、恋をしたことないのよ」
「……は?」
思わず間抜けで失礼な声が出てしまった。すいません続けてくださいと、こちらを見る先輩に謝った。
「でも歳の離れた姉に恋はした方がいいって言われたの。失恋しても、交際して別れることになっても、大事な経験になるからって。別に気にしたことなんてないんだけどね。結婚するって幸せそうに言う姉を見ていたら、悪くないのかもって思ってきてね」
そこであなたの出番よ、と先輩は言った。
「恋はできないかもしれないけど、誰かと付き合ってみてそれっぽいことをしてみたら、姉の言った何かがわかるかもしれないと思ったの。契約みたいだけどね」
「その相手が僕、ですか?」
「そう。だって普通、こんな話失礼でしょう」
「それは暗に僕なら失礼にならないと?」
「だってそうでしょう。入学してからの一ヶ月で三人に振られた君江桜人くん」
「な、何で知ってるんですか?!」
「そこの外階段の上、私のお気に入りの場所なんだよね」
そう言って先輩が指指した場所からはこの場所が丸見えだ。なるほど、そこから僕の三回の撃沈を見物していたということか。
「びっくりしたよ。最初は生徒会長にやんわりと断られて、次は同じ一年生。最後は二年生にややキツめに振られてるんだもの。一か月で」
「わかりました、わかりましたからそんなに振られたことを言わないでください。軽く凹むので」
「軽くで済むのね。そこよ。好きになって告白したようじゃなかったから、君江くんならいいかなって思ったのよ」
「そうですか」
ようは誰でもいいなら私でもいいと考えたわけだ。それを利用したと。間違っていないない。けど、一つ気になることがあった。
「でも僕が久留守先輩に告白しなかったらどうしたんですか?」
「しなかったらしなかったでどうにかしたか、どうにもしなかったかもね。別に絶対にしなくちゃいけないわけじゃないし」
「適当ですね」
それはそうと聞きたいことがある。
「長くて一年なのはどうしてですか?」
「そんなの三年生になったら受験勉強が忙しくなるからに決まってるじゃない。だがら正確にはあと十一ヶ月ね」
俺が理解したのを察したのか、先輩は改めて言う。
「無理強いはしないわ。別に断っても君江くんの告白の数々は言いふらさないから安心して。もしかしたら、真面目に付き合ってくれる女の子が現れるかもしれないわよ。けど、わたしとしてさっきの告白は取り消さずに、わたしと付き合ってくれると助かるのだけど」
僕よりも少し背の低い久留守の顔は真面目そのものだった。ああ、この人は優しい人なのかもしれない。目的を達成するのに思いついた方法が斜め上に飛び過ぎな気もするが。
そもそもなりふり構わない告白という不誠実なことをしたのは僕なのに、その僕の今後に対する配慮までしてくれた。だとしたら、終わりのはっきりとした関係ではあるけど、でもだがらこそ、いいかもしれない。デメリットなんてないし、僕の当初の目標も達成出来そうだ。
「もちろん、喜んでお付き合いさせてください」
「ありがとう。よろしくね君江くん」
「こちらこそよろしくお願いします、久留守先輩」
高校一年の四月。こうして、僕には一つ年上の彼女ができた。約一年という契約付きだが。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます