4
「いえ、私のような閉じこもり者を招いていただけただけでも光栄ですのに、私は私用により欠席をする。きちんとお伝えしておきたかったのです」
「閉じこもり者? あぁ、お前が書に埋もれ知を溜めこみながらも議論をせぬと有名な。そうか、欠席とはそれは残念だ。閉じこもり者と有名で、その知識は星の数より多いと言われるお前との語らいは、今宵の楽しみの一つだったのだが」
「はい、私もどんなに貴方様とお話をしてみたかったことか。しかしながら、どうしてもはずせぬ私用で致し方なく。それで、酒宴の際にお話ししようと思っていたことを巻子に纏めて持ってきました。日が暮れるまでは時間がありますので、酒宴前で申し訳ないが、ぜひ貴方様のご意見をお聞かせ願えればと思いまして」
「私の意見を? 私などよりもお前の方がずっと博識だと陰では言われているそうではないか」
「噂というのは何時でも大きく伝わるものです。私はそれほどに知識を有しているわけではありません。まだまだ教えを請わねばならぬ程度なのです。何卒、よろしくお願いいたします」
自分よりも高みに居るだろう年下の「師」に老人は自らの思考をしたためた巻子を両手で持って腰を折りながら渡せば、師はそれを受け取り「ともかく中へ」と老人を招き入れる。
師は奴隷女に酒と少々の料理を持ってくるように命令し寝椅子に腰かけ、老人は勧められるまま小さなテーブルを挟んだ目の前に腰を下ろした。
巻子を開き、師が目を通していく間にテーブルの上にはイチジクや、オリーブが並べられ、奴隷女が青銅製の壺から柄杓でワインカップにワインを注ぐ。二人分の酒が注がれると師は人払いをして巻子をテーブルに置いた。
「これを今日の酒宴で語るつもりだったのか?」
「えぇ、私の考えをここで初めて述べ、披露ようと思っておりましたが、先ほども申しました通り、私用の為それもできません。しかし、貴方様にお聞かせする機会等そうそうあるわけでもない。居てもたっても居られずこうして参った次第です」
自らの瞳をじっと見つめ、微動だにしない老人の黒目に師は再び巻子を手に持ち、目を通す。深く、ゆっくりと、ちらりと瞳を走らせただけの先ほどとは違い、その内容を読み解こうとするように目を通した師。
巻子の最後の一文に差し掛かると一瞬眉間をぴくりと動かす。老人は瞳を細め、一見、師の様子を見ていないように見えたが、一挙手一投足、すべてを光る瞳で見逃さないように見つめていた。
ほんのわずか、表情の変化を見せた師はすぐにいつも通りの威厳があり、どこか優越的な笑みを顔に作り上げながら巻子を巻き上げテーブルに置く。
一呼吸、息を鼻から吸い込んだ師は目の前にあるワインカップを手に自分の口へと運び、二度程喉を上下させるとふぅと小さな息を吐いて老人を見つめた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。