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ほんのりと乙女の頬のように色づいてきていた空がその色をさらに濃く紅く染め上げる。右足を引きずってやってきた老人は師の家につき屋根のある小道の玄関を通って門番の部屋の前へ。
老人が住まいとしているのは巻子を保管する施設の一角であり、家と呼べるものではない。巻子本の管理者になってからまともな家に訪ねるのはこれが始めてであるかもしれない。
土地の縁に沿うように日干しのレンガを使って建てられた家屋。壁に沿って歩いていけば突如ぽっかりと入り口が現れる。壁と塀、屋根に覆われたトンネルのような通路の右手には厩があり、厩を見ながら歩いて行けば左手に門番の部屋が見えてくる。それを過ぎれば家の中央にある中庭と井戸が見え、二階建ての家屋が二箇所、向かって左前方に見える広く中庭に面している部分の一階には休憩室が設けられていて二階は女部屋の様。もう一方の右手の方にある建物はホールや寝所があるようだった。
門番に酒宴の招待を受けた者だと名を告げて入っていいかと尋ねれば、門番は始め、訝しげに老人を眺めていたが、足を引き摺って歩く様に悪人ではないだろうと判断したのか頭を縦に振って了承した。そんな門番の視線を快く思わなかった老人は門番に礼を言うことも笑顔を見せることもなく家の中へと入っていく。さて、どちらの建物に訪ねたものかと考えていると、休憩室からちょうどホールへと向かおうとしている「師」と出会った。
老人はゆっくりと静かに頭を下げ、この度は私のような者を酒宴に、と少々仰々しい挨拶を述べる。「師」は一体どこのどなたかと眉間に皺を寄せながら老人を見つめていたが一体誰なのか皆目検討がつかず首を傾げた。酒宴の時間にしては少々早い。酒宴に呼んでもらったという老人に「師」は少し迷惑そうに言う。
「客人、ずいぶん早いと思うが」
言葉の端々に棘を生えさせた物言いだったが、老人は怒る事無く申し訳無さそうに更に腰を折った。
「申し訳ございません。宴の時間は重々承知しておりますが、この度お招き預かったにもかかわらず、私用が出来てしまいましたので欠席させていただこうかと」
いかにも申し訳ないと泣き出しそうに震える声で言われた「師」は何事だろうと覗き始めた奴隷達の目もあり、慌てて老人の傍に駆け寄り肩に手を置いてかまわないと乾いた笑いを屋敷に響かせる。
「しかし、わざわざ本人が知らせに来ずとも奴隷にでも伝言を届けさせればよいだろうに」
相変わらず表面だけの笑顔を浮かべて言う「師」に老人は、ゆっくりと顔を上げて首を横に振った。
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