仕方が無い、そう思って押し殺してきた思いがあふれ出す。本当にもう美晴堂書店は無くなり、源蔵は寂しさ一つ見せず笑って自分を押し出した。自分に何かが出来るわけではないし、何度も源蔵の様子を見、時にはおだてるようにも言ってみた、説得と言う名の未練にも決して応えてくれようとはしなかった。

 そして、響は自分がただの美晴堂書店の客であるという事実を知る。いや、知っていた事だが今更になって無力感がじわりじわりと足元から上がってきて自らを責めた。

 響にとって本当にあの場所は特別な場所だった。

 人を信じる、人と話す、人間としてそこに存在する。

 恐らくその辺りの人々が普通過ぎて感じていない感覚、それを失ってしまっていた響にとって、取り戻した場所でもあり「普通」の存在を保っていける場所でもあったからだ。

「美晴堂を閉店になんてさせたくない。僕に、その力があればよかったのに……」

 どうしようもない思いを胸に閉じ込めておくには余りに苦しく、ぽつりぽつりと言葉を吐き出した。


「汝、力を求め、我を求める者であるか?」


 突然の事だった。

 部屋には己の無力さに、泣いてもどうしようもないことだと分かっていながら嘆く響がたった一人。

 にもかかわらず、地面を微動させるように、更には自分の周りの空気を揺らし、唸る様に低く冷たい声が響き渡って、響は一瞬何が起こったのかわからなかった。

 再び同じ声が聞こえ、何がなにやら分かっていなかった響の頭にもやっとのことで事態が浸透し、驚きながら辺りを見回して人影を探す。空耳とも思えないほどにはっきりとした低く響く印象的な声だったのだが、涙を袖口で拭いて頭を動かしよくみても人影どころか何も見つからない。もしかして外からだろうか? と思いドアを開けて見たが薄暗く、いつも通りの人気の無い廊下があるだけだった。

 一体何がどうなっているのか、久しぶりに泣き過ぎて頭がぼんやりしているからきっとそのせいだろう。ありえない出来事にありえない理由をつけて自分を納得させようとしたが、やはり気になりドアを閉め、「誰か、いるのか? 」と部屋に向かって呟いてみる。

 案の定、問いかけに返事はなく静かな空間に小さく響いた自分の言葉は空気を伝わり部屋の壁に吸い込まれてしまったように消えてしまう。

 「何もない」。いつもであれば其れが分かれば気のせいだったかで済むが、今回は何だか自分を包む空気があまりにも冷やりとしていて、ざわざわとした後ろ頭に虫が這うような感覚が抜けず、背筋がぞくりと何度も悪寒を走らせていた。

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