初めはその本を読んで残りの時間を楽しもうと思ったが、読めない文字の羅列だったことを思い出し他の本を探しはじめた。そんな響の様子を見て源蔵は笑みを浮かべる。じっと自分の行動を見てくる源蔵に響は本を探していた手を止め、少々不機嫌に何かほかにようでもあるのかと聞いた。

「いやなに、素直に受け取ったと思ってな」

 己に差し出されたものを素直に受け取り、己の所有物とした響の行動に源蔵が笑顔で言えば、

「その方が得だろ」

 と響は片方の口の端を引き上げて笑いながら言った。得という言葉を出してきた響に源蔵は目を見開いたのち、大きな口をあけて豪快に笑う。

「なるほどな、その通りだ。得するときは得しておかんと損だけが残るからな」

 源蔵が笑顔を向けると不機嫌そうにしていた響も吹き出して笑い、二人して店に響き渡るほどに大きな声で笑った。響は再び美晴堂書店を歩き回って本を片手に日曜大工の簡単な、けれども丈夫で壊れることの無い指定席に腰かけ読書を始める。響がいつもの姿となったのを見て源蔵も本を片手に静かな時間を過ごした。

 次第にオレンジ色に染まっていく空を横目に響は、この夕日が沈み店に明かりがともって暫くすればいつも通りの言葉を源蔵はいつも通りの様子で吐き出すのだろうと少し暗い気持ちになっていた。案の定、店内が蛍光灯の光で明るくなって数時間後、響の右斜め後ろから源蔵がため息混じりに息を吐いて、

「さぁ、店じまいだ」

 といつも通りの言葉を店の中に響かせた。その声に少し重たく腰を上げた響は手元にあった本を元の位置に戻し、定位置に置かれた自分の鞄を取って源蔵を見る。いつもより身支度を整えるように辺りを整理整頓している源蔵の姿にやはり寂しさがこみ上げ、思わず源蔵に向かって響は言う。

「爺さん、本当にやめちまうのか?」

 その言葉に源蔵の手は一瞬止まったが、少しして横顔にわずかに微笑を浮かべる。

「本の管理も満足に出来なくなってはな」

 微笑みながら言っている源蔵だったが、背中を丸めて辺りのものを整理する姿はいつもよりずっと小さく見えた。

「それくらいどうって事無いだろ、僕だって手伝う、なぁ、続けようよ」

 源蔵にとって響の言葉は嬉しくもあったが、甘えてしまっては意味が無い。今まで通りに店をやっていけないという事実は、恐らく自分自身で許すことが出来ず歯がゆい日々を過ごす事になるだろう。年寄りの自分の我侭に若者を付き合わせるわけには行かない、そんな源蔵らしい意地もある。何より、自分の体のことは自分が一番良く知っていた。

「わしは一度言ったことは曲げん男だと知っているだろう? この店は閉めると、もう決めているんだ」

 そう、響もそれは良く分かっていた。分かっていたがどうしても言わずには居られず言葉にしてしまった。


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