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「なんだ、買うのか?」
源蔵の問いに俯いて口をへの字にしたまま頷く。
「そうか、千五百円だ」
机に金を置き、紙袋に入れられた本を手に取って踵を返した響は数歩進んで立ち止まり、振り向かずに大きく深呼吸をした。
「また、来るよ」
「あぁ、来たらいい」
「……良いのか?」
「今更何を言っている。寄れば良いと言ったのはわしだし、何より、駄目ならばとっくに追い出しておるわ」
「ん、ありがとう」
小さく呟いて出ていく響を見送りながら源蔵はやれやれと肩を下ろす。会話もなく、ただ、そこに居るというだけの響に、そろそろどうにかならないと思っていたところだったからだ。
源蔵は長い間、偏屈で頑固なこの店をやっていればおのずとその人となりが言葉を幾つ交わせばわかるようになっていた。詳しいことは分からずとも人を嫌い、自分を嫌い、けれども忘れられない過去を持っているのだということは分かっていた。どこか悟ったように言う口調も、若いゆえに何とかしてやりたいとも思っていて、やっと今日、一歩前進したかと安堵したのだ。
それ以降、徐々に響は源蔵とも、そして、美晴堂書店にやってくる客とも会話を楽しむようになる。人との付き合いが恐ろしく、自ら人を遠ざけていた響もようやく人と関係を持っても良いかもしれないと思い始めていた。
ただ、美晴堂書店の中で響が女であると言うことを知っているのは源蔵のみ。他の客は「僕」という呼称を使う響を男の子だと思っていた。他の客と話す響は必ず一定の距離を保ち、決して自らに触れさせることも触れ合うこともしない。源蔵はそんな響の様子を眺め、咎める事も諭す事もせずただ黙ってそのままの状況で良しとしていた。美晴堂書店にやってくる客達もまた、自分の趣味の話に没頭し、それを興味深く聞き入ってくれる響の様子を見るだけで満足で、響の素性等について聞くことは無い。
自分の事を根掘り葉掘り聞いてこない、居心地が良いこの空間は響にとっていつの間にか何物にも代え難い場所となっていた。
そんな店がなくなると知ったのは閉店日の一週間ほど前。頭の中が真っ白になり、そのときは何も言えずに頷いた。しかし次の日、一晩考えてやっぱりやめないで欲しいと思い、源蔵にそれを伝えたが源蔵が首を縦に振ることは無く、響はどうしようもなく広がる不安感を押し殺し、仕方なくその状況を受け入れ閉店の日を迎えた。
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