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帰ってきたのは一棟のマンション。
築年数がかなりたっているため、マンションといってもそれほど立派なものでもない。誰かに貸すのも億劫だと、今このマンションに住んでいるのは響一人だった。エレベーターで最上階である六階に上り右へ、廊下の一番奥にあるドアを開けて中に入れば、洋室が二部屋、和室が一部屋、台所に洗面トイレと言う間取りの自らの小さな城が現れる。
一人暮らしには勿体無いほどの広さがある部屋には、数点の洋服に、敷きっぱなしの布団があるだけ。家具もない部屋には当然のことながらテレビも無い。この部屋で電化製品は照明器具と最新式ではない古い携帯電話、それに電子レンジと冷蔵庫だけ。
響はちらりと玄関に放り込まれている郵便物を見つめ、鍵をかけて、部屋の中にある布団に倒れこむように歩いて行った。
突然の身内の死と世間知らずの若輩者。
当然の事の様に周囲の大人達はあらゆる方法を駆使して響の財産と言える両親の所有物を蝕んだ。莫大な遺産の大半をむしりとられる代わりに与えられたのがこのマンションと会社の規模で考えれば僅かばかりの現金。
住む場所があり、節約すれば働かずとも十分一人で生きていける金銭をもらい、響は文句を誰かに言うことなくこの状況を了承し今に至る。どちらかといえば、煩わしさや嫌な思い出が湧き上がってくる親族と手が切れる状態になれたことを喜んでも居た。
そんな自分の城に帰ってきた響の頭の中には、あの嫌味な源蔵の顔がちらつき、枕に顔をうずめながら「あのくそ爺」と呟く。全てを悟っているような態度をとる源蔵にいらつきもしたが、何故か源蔵の言動に感心と関心がある自分の感情が少し分からなくなっていた。
何時からか、響は人付き合いを極力控えるようになる。
人間と言う、理解しきれない生き物に恐怖を抱いていたというのも要因の一つだったが、何よりも全ての人が獣に見えて仕方が無く、怖さに顔を見ることすら出来なかったからだった。
拒み続けるうち、響は人とのつながり方を忘れてしまう。そして、それならそれでいいと思ってしまった。己がそうであれば周りも同じとなり、響に近づこうとするものなど居なくなり、まして、世話をやこうと思う人など居なくなる。
そう、源蔵と出会ったのは響が人と言うものを忘れかけた時だった。
数日、響は家からでることも無くただ布団に横たわって空腹になれば起き上がり何かを食べる、それだけの生活を続けていた。頭の中に浮かんでは消える疑問を考え込んでいたがその応えは全く出ず、むしゃくしゃとした気分を抱え込んでいた。そんな日が何日か続いたある日、響は思い切ったかのように立ち上がると洋服を着替え、自宅を後にする。
そうして、響が美晴堂書店に現れるようになった。現れる時間はさまざまだったが入り口を開け、ちらりと源蔵を視界に映しながらも視線をそらし、会話を交わすことなく、ただ本を読み「店じまいだ」と言われると帰っていく。
しばらく続いたその光景だったが、珍しく源蔵の目の前に一冊の本を手にした響が立った。
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