常に正しく全てに真面目に、正直に。

 まるで神の様に君臨したそれが、醜悪な獣だと認識したのは私が13の時。


 天使の己に向けられる笑顔が偽りであると気づいた神。

 しかし、神には逆らえぬ鎖がついていた。

 今ここで感情のまま鎖を引きちぎれば、己の身が堕ちることに気づいていた神は苦しみもがく。

 幾度と無く神は天使にささやかな忠告を匂わせた。

 が、天使は己が神の手綱を握っていることを知っていた。

 繰り返される、神にとっての天使の裏切り。

 見えぬ場所から目前へ。

 日に日に酷くなる裏切り行為に、怒りの道はひどく曲がりくねる。

 神の怒りの矛先は真っ直ぐに天使へと向かわず、辺りに座している自らの部下達へ。

 そして、天使に触れることも視線を合わすことすら拒まれるようになって湧き出したきた欲望は渦を巻き、神を苦しめる。

 満たされぬ湧き出すような肉欲。しかし、神は威厳ある神であらねばならぬとその欲求を公に露わにすることはなかった。

 ……そう、公には。

 露にできぬ欲求は私へ降り掛かる。

 月夜の晩。

 満月でもないのにその狼はやってきて、服を引き裂き、涎を垂らして私の体を嬲っていった。あの時と同じく、屋敷に使用人の気配は無く、泣き叫んだところで誰一人としてやってくるものは居ない。

 色欲だけの狂った獣に優しさなどという物は無い。酷く乱暴に、己の欲さえ満たせばそれで良いのだと私の中にねじ込む様に入ってきた。あまりの痛さに放心状態となり、再び目を覚ました時には全裸のまま、自身の意思など全くない状態で体が上下に揺すられる。下半身には燃える様に鈍痛が脈打ち、自分の体が自分のものでは無いようで。

 逆らうと言う気持ちが起こるすきを与えぬ仕打ちに、ただ流れる時に身を任せ、己の思考と反して吐き出される自らの淫声に嫌悪感だけを抱いていた。

 起こった現実が脳に浸透することは無く、拒否の叫び声も泣き声もあげなかった私を狂った獣は己を受け入れ、その行為に喜びを感じた従順なメスだと思ったようだ。

 従順なメスを手に入れたことにより、天使によって押さえつけられ捻じ曲げられた色欲は開放される。満足気に幾度となく白濁とした自らの欲求を私の体内に放出した、かつては神であった狂獣は卑怯な言葉と逃れる事の出来ない約束事を耳元で囁きその場を去る。

 娘でも、女でも、人間でもなくなった私。

 姦され、獣の欲望の道具と化した私にいったい何が出来たのか。何も出来なかっただろうし、何かをしても無駄なこととなっただろう。下手な抵抗など牙をむき出しにした獣には無意味。されるがまま、時という目に見えぬ存在に身を任せるしかない。例え此処で殺されたとしても其れは運命なのだと受け入れる投げやりな心も必要だった。

 踏み潰され壊されながらも小さく残っていた私の中にある欠片は更に細かく砕け散り、泡のように跡形なく消えていくのに時間はかからなかった。

 欲望を吐き出した堕ちた神は満足げに朝を向かえ、何事も無かったかのようにメスを娘として扱う。笑顔という仮面が私の顔にこびりつく、けれども私は其れを外そうともふき取ろうともしなかった。


 白かったはずの「私」は真っ黒な「僕」へと変化する。


 しかし、それは「私」しか知らない「僕」。誰も踏み込むことのできない私だけの領域に生きる「僕」は「私」の支えになっていった。

 いつまでも、底の見えない沼に嵌まり込んだように続くかと思われた日々。臭く澱んだ真っ白な洋館は「僕」が生まれて一年後。綺麗な、もう汚れることのない真っ黒な煤と化す。

 全てが目の前から消失し、脅かすものが無くなったとしても、「私」が再生することは無く、壊れた「私」を奥底に「僕」は表にやってきた。

 そう、僕は知っている。

 優しい笑顔の向こうにあるものが必ずしも同じ優しさだとは限らないことを。一片氷心等、まやかしだという事を。

 生真面目な正直者ほど壊れた時は地の果てまで獣に成り下がってしまうことを。人面獣心等、極有触れた話だという事を。

 僕が本当に私であるのか。それを知る者はもとからおらず、今としても居ない。

 僕が私であるのかと疑っていいのは僕だけ。

 僕であるための価値を決めるのは僕自身だけだ。

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