13

 源蔵を見ることなく響は聞く。

「あんたには関係ないだろ、どうしてそんなに聞きたいんだ」

「決まっておるだろ」

「決まっている?」

「年寄の暇つぶしだ」

 自分の問いかけに対しもっと説教がましい答えが返ってくると思えば暇つぶしと言う。

 身構えていた気持ちは肩透かしを食らったようで一瞬あっけに取られたが、直ぐに暇つぶしで根掘り葉掘り聞こうとしていたのかと苛立ちが生まれ、源蔵を怒鳴りつけてやろうと振り返った。

 しかし、目に入って来たのは思いもよらぬ光景で再び響はあっけにとられる。

 振り返って見た源蔵の顔は酷く優しい柔らかな笑みを浮かべている。てっきり、にやにやといやらしく、嘲りながら言っているものと思っていた響にとって、それは予想外の出来事だった。

 普通であればその優しい微笑みに警戒心を解き、話してもいいかという気持ちになるだろうが、響は違った。

 警戒を強め、顔を酷くゆがめて顔をそむける。源蔵は響の様子に優しい笑みを止め、片方の唇の端を目じりの方へと引き上げた。

「まさかそこまで酷い顔をされるとはな。なかなかどうして、面白い」

「面白い? 爺さん、折角昇格させてやったのに、またくそ爺に戻りたいのか」

 不貞腐れをそのまま言葉にした響に、源蔵は口の中で小さな音を立てて笑いつつ、頭を縦に小さく数度振った。

「うんうん。別に呼び方などどんなでもどちらでも構わん。面白いと言ったのは、16だと言っていたにも関わらずなかなかな反応を示すと思ったからだ」

「なかなかな反応だって?」

「あぁ、お前さんは今『優しい笑顔』を警戒したのだろう? 優しい笑顔を鵜呑みにできないのはそれなりの理由がある。歳をとっていればいやおう無く経験することで、経験値により学習するがお前さんはまだ若い。それが分かる年齢が若ければ若いほどそれなりの理由があるものだ」

「……だから?」

「だから、とは?」

「その理由をどうしても聞きたいって言うのか?」

 源蔵の態度は相変わらず響に「自身の事を語れ」と言っているようだと警戒しながら聞けば、源蔵はきょとんとした表情を浮かべて自分の顔の前に持ってきた手のひらを横に振る。

「いや、別にかまわん」

 拍子抜けな言葉にますます訳が分からないと響は眉を顰めて首をかしげた。

「人には一つや二つ、それ以上に他人に話したくないことはあるものだ。話したくないのであればそれでいい」

「爺さんボケて来ているのか? こんな話になったきっかけは爺さんがやたらと聞きたがったからだぞ」

「その通りだが、別に無理やりに聞きだしてやろうと思っていたわけではない。ただ、わしはお前さんがどれほどなのかが見たかっただけだ」

 響には源蔵が無理やり聞き出してやろうとしていたように見えていた。

 なのに、当の源蔵は無理やり聞きだすつもりは無く、ただ見たかったと訳の分からないことを言い出す。

 本当に一体この爺は何なのだ、そう思ってじっと訝しげに源蔵の顔を見つめていれば、源蔵は両眉を引き上げ「どうかしたのか? 」といわんばかりの表情をする。

「あまり深く考えるな。言っただろ、年寄の暇つぶしだ」

 何事も無かったかのようにパイプを咥え、再び自分の手元にある本に視線を戻した源蔵。

 それ以降どんなに視線を送っても源蔵は本を読み響の方へ顔を向けることは無く、源蔵がいったい何をしたかったのか、訳のわからない響は口の中で「くそ爺」と呟く。

 源蔵に背中を向けて一歩前に踏み出した響は自分の左右で山積みになっている本を眺め、その本達が作っているような一本道の先、童話全集が置かれていた場所に視線を移す。

 本の山の中、視線の先にも同じように本があるのに、響の視界にそれは暗闇のように広がって、足元の白い一本道を見えなくして行くようだった。

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