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「雨がやむまででも、服が乾くまででも、この店の中で時間をつぶせばいい。幸いなことにここは本の山、退屈はしないぞ」

 源蔵の一言にぼんやりとしていた少女は我に返ってこんな格好では帰れない、当然だと源蔵に言う。

「それにしても、あんなに見つめていた本が童話全集だったとはな」

 童話といいながらもその本はとても重たく、全ての話が挿絵で語られている珍しい本で、創刊は古く、挿絵画家ももうこの世には存在しない絶版の童話全集だった。

 時に童話とは思えぬ残酷さを見せる話も美しい挿絵が緩和し悲しみとして表現されている。

 しかし、出版当時は童話としては残酷な内容があること、子供が持って読むには大きく重たい本であることなどから敬遠され、部数は伸びずに絶版となった。

 ゆえに現存も少なく、そしてこのような童話が出版されていたことを知る者も少ない書籍。

 源蔵の言葉を耳に入れながらも其れに対して反応することはせず少女は本を開く。

 晴れ間があるのに降る雨は、夕立のような一時的な雨かと思っていたが、小ぶりになってからは空もどんよりと曇り始め止む気配は無くなった。

 古い振り子時計の秒針の音が響く中、源蔵も少女も喋ることなく視線を目の前の本に走らせていた。それからどのくらい経ったか、振り子時計の鳩の鳴き声が三回響いて源蔵が頭を上げた。

 少女は相変わらず本に夢中。

 そんなにも読みたかった本だったのかと源蔵は一息ついて刻み煙草も何も入っていないパイプを咥えて、煙の出ないその先端を指で撫で上げながら正面を向いた。

 どんよりとした雲が密集していた空はところどころから太陽の光が降り注ぎ、雨上がりの気配を路地にもたらしている。

 源蔵は本の世界に夢中になっている少女を残し、店の斜め前にある自動販売機に向かって二本の缶ジュースを買って帰ってきた。

 少女の邪魔をしないようにとなるべく物音を立てず、再び自分の椅子に腰を下ろした源蔵はパイプを咥えたまま、光りが指し始めた店先の路地を見つめて言う。

「雨が止んだようだな」

 静かだった自分の空間に予期せず聞こえてきた「雨が止んだ」という言葉が、少女の耳からゆっくりと頭の中に浸透し、顔を上げて視線を外へと向けた。

 濡れた路地を乾かすように柔らかい日差しが降り注いでいるのが見える。

「本当だ。じゃ、僕帰らないと」

 名残惜しそうに本を眺めながら呟いた少女の言葉に、源蔵はため息を吐き出しながら言う。

「まぁ、そう急く事もあるまい」

 源蔵の言葉に首を横に振りそうもいかないと童話全集をもとあった場所に戻しに行った少女の背中に源蔵が声をかけた。

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