読みかけの古本を片手にコーヒーを飲みつつ、いつも通りのまったりとした時間を楽しむ。

 客が居ようと居まいと源蔵のスタイルはこれであり、レジに客が本を持ってやってくれば売買し、直ぐにこのスタイルに戻る。

 今回少し違うのは自分の背後で騒がしい音が響いていること。

 着替えるだけで何をそんなに音を立てる必要があるのか、頭の隅でそんなことを思っていると背後の騒がしさが消え後ろで布ずれの音がした。

 源蔵が振り返ってみれば、ランニングシャツの上に紺色の擦れ、着古したような作務依を着た少女が苦虫をかみつぶしたような顔をして立っている。

 着慣れない為なのか襟部分を交差させてはいるものの、其れを開かぬようにする為に薄桃色の帯揚げをぐるぐる巻きにして腹側で蝶結びにしていた。下に穿いている作務依のパンツもウエストが合わないのだろう、余った部分を片結びにすることでずれ落ちるのを抑えている。

 知恵を使ったその着こなしをみた源蔵が苦く笑って「まぁ、いいんじゃないか」と言えば、少女はため息をついた。

「これのどこが良いって言えるんだよ。着ろとか言いながら着られるような服は少ないし……。だから、爺さんの服なんて着ないって言ったんだ」

 ぶつくさと不満を口にし、完全に不貞腐れた少女は源蔵の後ろから横を通り過ぎ店内へ。

 真っ直ぐ向かったのは先ほどじっと眺めていた本がある場所。

 そこで目的の本を手にしてあたりを見回し、源蔵の座っている場所から左側、店の片隅に置かれた、日曜大工で作ったような角材が合わさった簡単な椅子に腰を下ろした。

 自分の行動を一挙手一投足まで見つめているような源蔵の視線を感じ、本を開こうとしていた手を止めて何か言いたいことでもあるのかと源蔵に聞く。

「いやなに、くそ爺じゃなかったのかと思っていてな」

「……まぁ、憎たらしくて腹の立つ爺だけど、爺さん位にしといてやろうかと」

 妙に細かいところに気がつくものだと少女は首を傾げたが、言われてみれば爺さんと自然に言葉に出していた。

 それに、どんな言い方をされても、態度を向けられても腹の底からわきあがってくるような苛立ちがなくなっている。

 横からは源蔵が飲んでいるコーヒーのほのかな香りが漂って、店の中には何故か懐かしく感じてしまうような妙な雰囲気がある。

(この店の中に入ったから?)

 この店先に来るまでずっと、理由の無い苛立ちと焦り、不安感が少女の中にあったが、其れが今ではすっかりなりを顰めてしまっていて、少女自身も自分の変化に今更ながら驚きつつ、同時に妙に納得していた。

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