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「別にいいさ、こんな店に入れなくたって。始めから雨宿りのつもりだったんだ。思う存分雨宿りしてやるよ」
鋭く睨みつけていた少女の瞳の中に見えた深く沈んだ漆黒色の様子は舌打ちとともに消え、源蔵は少女には分からぬように小さく息を一つ吐いた。
正直言って、源蔵はその時、少女の中に別の何かを見たような気がして恐れがほんの少し心の片隅に現れていた。
だが、少女の様子を見るに其れは少女の意識したところのことではないのだろうと、自分に背を向け、口を一文字に結んで未練がましく、店内にある本達を眺めている少女を見た。
早く源蔵がどこかに行かないかと様子を窺いながら、視線は店の中の本から離れることの無い少女の姿に、源蔵はその場で大笑する。
小さな通りに響き渡る大きな笑い声に源蔵の目の前にある華奢な背中はびくりとはねた。
「全く、わしに負けず劣らずの頑固者め。気に入った良いだろう、中に入れ」
源蔵の言葉に顔だけを源蔵の方へと向け、目を見開いて驚いた少女だったが、はいそうですかと言う気持ちにはならず、どちらかと言えば反発の気持ちが大きかった。
直ぐに顔を背け、再び背中を見せた少女だったが、源蔵に肩をつかまれ、後ろ向きのまま無理やり引きずり込まれるように店の中へ入れられてしまった。
慌てふためきながらも、逆らってはバランスを崩して二人とも倒れてしまいそうだと何とか体勢を整える。
肩に手を置き引きずって行く源蔵に文句をいいながら後ろ歩きのままで連れてこられた場所は店の奥、先ほどまで源蔵が座っていた椅子がある場所だった。
椅子を机に少し差し込んで、後ろの壁を源蔵が指さす。よく見れば壁だと思われたのは規則正しく高く積まれたダンボール箱。
源蔵が指さしたのはその間、人が横向きにやっと入れる細さの空間。少女が覗き込んでみれば、休憩するだけといった感じで三畳ほどの奥座敷がある。中に箪笥が見えるだろうといわれて良く見れば確かに一棹、四段の引き出しがついた古い箪笥が見えた。
箪笥の中にある服に着替えて来いと無理から隙間に押し込まれた少女は、有無を言わさぬ態度に逆らわぬように胸と背中をダンボールに擦り付け、少し段ボール箱の表面を濡らしながら奥座敷にやってきた。
こんな場所にある奥座敷、どうせ埃まみれだろうと思っていたが意外にも片付けられていて小綺麗にしてある。
意外な光景に唖然としていれば、背中から濡れた服はハンガーにかけて乾かしておくように声がした。
「僕は着替えるなんて言ってない」
「往生際の悪い奴だな。それじゃなにか? 『どうしても。着替えてください、お願いします』と言えば良いのか」
あきれ果てた声がダンボールの壁の向こうから聞こえ、その声は、言うだけでいいのなら幾らでも言ってやるぞと上から目線の態度をあからさまに示している。
そんな源蔵の態度は「僕ちゃん」の機嫌を逆撫でするには十分すぎる材料で、少女は苛立ちながら着替えりゃいいんだろと怒鳴りつけた。
「くそ爺、覗くんじゃねぇぞ!」
捨て台詞のようにはき捨てた少女の言葉に源蔵の口元には笑みが浮かんだが、口調は変わらずどこか嘲るような声色を残して言い放つ。
「人の店のガラスにへばりついていた僕ちゃんじゃあるまいし、そんな品の無い事はせん」
ダンボールを隔てた向こう側からは悪態をつく少女の言葉が溢れ出ていたが源蔵は気にすることなく自らの指定席に腰を下ろした。
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