6
晴れているにも関わらず一向にやむことのない雨に、暇を持て余して視線を流した店内。
積み上げられた本を始めは何気に見つめていただけだったが、その中に懐かしい本を発見し、どうしてもそれが読みたいとガラスにへばりついたのだと少女は独り言を呟くように説明した。
「本を見たいか?」
源蔵の言葉に暫くぴたりと体の動きも寒さから来る震えも止まるが、自分の濡れそぼった体に視線をやって少女は首を横に振る。
やめておく、そう言った少女だったが、余程のその本が懐かしいのか視線はじっと店内を見つめたまま。
頑固なその態度が少々嬉しくも感じた源蔵は小降りになったというもののまだ降り続く雨に目をやり、暫く待っていろと少女に言って店内に戻っていった。
なにやら店奥でがさがさと物音がし、静かになったと思えば自分の隣に源蔵が再び立っていて少女は首をかしげて源蔵を見上げる。
視界に皺だらけで一体いつ洗ったのかと疑いたくなるようなタオルが差し出された。
「これで体をある程度拭いて中に入れ」
汚れているわけでも埃がついているわけでもないタオルだったが、いかにもどこかに突っ込まれたまま忘れられていたような皺加減に少し眉を顰めて少女は首を横に振った。
「……いいよ、また来るから」
源蔵は明らかな態度にタオルは洗濯してその後棚の中に無造作に入れていたためこんな風だが綺麗だと説明した。
しかし、頑なに少女は首を横に振り続け、一向に自分の言うことを聞こうとはしない。かといって、その場を離れるわけでもない様子に源蔵はとんだ頑固者が来たものだと半分呆れながら微笑む。
「わしは別に運命論者でもないし、運命というものを鵜呑みで信じているわけではないが、お前さんがここでこうしてわしの店に立ち寄ったのは何かの縁だろうとは思う。『また』という言葉はとても便利な言葉だが、必ずしもその次があるというわけではない。今訪れねば二度と出会ぬ本達もあるかもしれんし、お前さんの目当ての本も無くなっているかもしれん、良いのか?」
源蔵の試すような物言いに少々機嫌を損ねた少女だったが言っていることはもっともなことで、小さくため息をついてからタオルを受け取りつつ源蔵を見ずに呟く。
「タオルで拭いても、結局、服が濡れているから手に取ればその本が濡れてしまう」
洋服にも雨水は容赦なくかかっており、手や顔、服の上から少しの水分を取り除いたとしても、結局はしみこんだ水分が重力によって地面や手のほうへと流れ出るから同じ事。
源蔵は言われてみれば確かにそうかもしれないと思いながら、この少女はやたらと本を大事にするのだなと感心しつつ考える。
そして、店の奥に忘れられたように存在している奥座敷の箪笥に幾枚かの着替えがあることを思い出し、少女に其れに着替えて今来ている服はその間部屋に干しておけばいいと提案した。
「爺の着替えって、僕には合わないんじゃないの」
初対面の者に向かって生意気な態度を取った上、親切な提案に「爺」と称したことに源蔵はさらに呆れたように言う。
「何とも汚い言葉使いをする。まぁ、本を見たくないならそれでいい。わしは一向に困らん」
始めは呆れを、そして最後には鼻で笑って馬鹿にしたような態度で少女に言い放ち、少女が手にしたタオルを取り上げ、さっさと店の中に引き上げると後ろ手に引戸を閉めようとした。
あと少しで戸口がぴたりと閉まるところになって急に戸が引けなくなり、源蔵は思惑通りと思いながらも何事も無いかのように振り返った。
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