「一体何をしているんだ」

 戸車の音を立てながら開いた扉から源蔵が自分を見つめる少年に向かって言えば、少年は視線を自分がへばりついていたガラス窓に向けてあまり口を動かさず小さく呟くように応える。

「本を見ている」

 此処は古書店。そのガラス窓にへばりついていたのだから当然本を見ていたのだろうということは、余程の馬鹿でなければ分かること。

 しかし、その応えに源蔵が不機嫌になることはなく、逆に口元を引き上げ面白そうに少年を見下ろしながら歯の間から空気を漏らすように笑う。

「まぁ、そうだろうな。では、本を見ているお前、そこで本を見ていないで中に入ってきたらどうだ。そんなところで座られていては病人を放っているように見えて体裁が悪い」

 源蔵は自分の店構えが初めて訪れる者には店内に入り辛い雰囲気を出しているのを分かっていた。

 この若者も恐らくそんな雰囲気に飲まれて入りたくても入ってこられないのだろうと誘い入れるように言ってみたが、目の前の少年は首を横に振り此処でいいと、頑ななまでに中に入ろうとはしない。

 再びガラスに張り付こうとする少年の腕を掴んで中に入れようとした源蔵に少年は駄目だと手を振り払った。

「店主が入れといっているのにどうして拒む?」

「店主の癖に分からないのか?」

 生意気にも少年は片方の口角を引き上げて嘲るような笑いを見せ言うが、その態度はどこかわざと挑発しているように見える。

 いや、どちらかといえば投げやりな態度といったほうがいいのかもしれない。だが、どんな態度を取ろうともその本質を見て取っている源蔵がその誘いにのるわけは無い。

「わからんなぁ、教えてくれるか?」

 逆に不気味な笑みを浮かべて言ってくる源蔵の姿に、自らが先に仕掛けたくせに気分を害するのは少年の方となってしまった。

 不機嫌に眉間に皺を深く刻んで少年が再び小さくふてくされたように言う。

「本が濡れるだろ」

 自らの手をだらりと源蔵の目の前に差し出し、指の先から雫がたれるのを見せ付けると野球帽をぐっと深くかぶって、小さくため息を吐き、肩をがくりと落とした。

 その落ち込んだ丸みのある背中を見つめながら源蔵は、少年であると思っていた目の前の子は少女であると気付く。

 少女は自宅に帰る途中だったという。この辺りに来たところで不意な雨に降られてしまい、やっと見つけた屋根がこの書店のテント。

 駅前から歩いて来たのにまた逆戻りするのも嫌だと穴だらけで雨宿りになるだろうかと思いつつ、何もなしで雨に当たったままよりましだろうと立ち寄った。

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