「あぁ、図書館という方法もあるな」

 女子の顔の曇りが取れない様を見て老人がもう1つの提案をしてきたが、女子はこれ見よがしな大きなため息をついて頭を横に振る。

「爺さん、最近の図書館を知らないだろう」

 一昔前であれば、確かに図書館というのは巷ではお目にかかれない本が気軽に手軽に借りられる場所であった。

 だが、近頃は図書館にも電子の波は押し寄せている。

 さらに一部図書館利用者のマナーの悪さも手伝って、本当の古書となれば図書館の奥深くにしまわれ、身分証明などを提示しなければ出してはもらえない。

 電子の影響か、蔵書数が減少しているのも確かだ。図書館で勉強、分からないことは図書館で、そんな風景も遠い昔の風景といわざる終えない雰囲気すらある。

 源蔵は図書館という言葉を出してみたものの、自分には必要の無い施設であり、本の買い取りで裏に行った事はあるが表を見たことは無い。

 女子に言われてそうなのかと腕組をして数度首を縦に振った。

 納得したような風を見せる源蔵に女子は期待の眼差しを送ったが、源蔵は片方の口角をゆっくり上げてちらりと歯を見せながら「考えは変わらん」と言い放つ。

 その言葉に落胆し、再び肩を落として下を向く女子の肩に手を置き、老人は店を指差した。

「本をよく知り、本を愛するよき友に、この中の本を一冊特別に差し上げよう」

 突然の源蔵の提案に肩を落としていた女子は瞳を見開いて源蔵の顔を見る。

 源蔵は優しく柔らかい笑顔を向けて驚きのまなざしを送る女子に向かって、黙って頷き応えた。

「この店の扉が開いているのは今日までだ。明日には閉店し、同業者の連中がここの本を全て持っていってしまう。その前にお前さんがこの店に現れたのも何かの縁だろう。どれでも好きなものを選んで持っていけ。本当ならこの店の常連の人達全員に分けてやりたいところだが、どの常連も毎日やってくる常連というわけじゃない、閉店を知らない者の方が多い。それに、わしにも生活があるからな、全員といっていたら業者に買い取ってもらえず、今後のわしの生活費がなくなってしまう。その代わり一冊だけだ。それと、このことは誰にも言ってはならんぞ」

 源蔵の言葉に勢いよく頷いて女子は足取り軽く自分が今居る場所の周辺から一冊一冊吟味し始めた。

 一冊だけ、そう言われるとあれでもないこれでもないとなってしまい、なかなか決まらない。女子は自分が手にした本にはさまれている値札を見てふと気になり源蔵を見た。

「値段は、どこまでが範囲?」

 おずおずと自分に向かって聞いてくる女子に源蔵は噴出しながら一笑し首を横に振る。

「さっき言っただろう、この中の本と。価格などでお前さんが欲しがったものを取り上げたりはしないよ」

「高そうなものを選んで別の店に売りつけるかもしれないよ?」

「本の価値観とは人それぞれだ。だが、お前さんはそんなずる賢く、せこい連中と同じではないだろう? わしらと同じ人種だ」

 偏屈で頑固、自分の発言が真であり他の意見など聞き入れない源蔵と同じといわれ、女子の眉間には少々皺が寄る。

 皺が寄ってはいるがそこに不快感は無い。女子のその表情におかしげに含み笑いをした源蔵は更に続けた。

「この本屋に来る奴は大抵同じ偏屈で拘り、譲ることを知らん連中ばかりだ。そういう連中が常連として残る」

 源蔵の言い分に否定しなかった女子だが肯定するのも何だか嫌だと小さく舌打ちをして、再び視線を本達に向け、この店の常連として選ぶたった一冊を探し始めた。

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