爺と少女。
1
かつては賑わいを見せていた商店街も空き店舗が目立つようになり、駅を利用する人々も少なくなったこの場所。
都心からそう遠いわけでもないのだが、いかんせん交通の便が悪かった。
都心へ直通の私鉄が走っているわけではなく、数駅先の賑わいのある駅にて電車を乗り換えねば都心へたどり着くことは出来ない。
ゆえに、人々が都心からあふれた時期は少しの不便も許容範囲だとにぎわったのだが、経済も傾き景気も悪い今となっては見向きもされない駅となっていた。
新幹線一本で都心へ行ける遠いけれども近い別の場所の方が賑わいを見せているくらいだった。
そんな寂れた駅から真っ直ぐ伸びる商店街を山の手のほうへと歩き、途中、この商店街では一軒だけとなってしまった頑固な職人肌のクリーニング店の角を曲がれば、細い路地に差し掛かる。
その路地をひたすら真っ直ぐ歩いて突き当たった角を再び山の手に向かって曲がり、更にもう一度曲がれば、店というものは見当たらない中にたった一軒、道の右手側にひっそりと古書という文字の書かれた店が現れる。
店の入り口にある恐らく橙色と白色の縞模様だっただろう、文字も擦れたテントは色あせ、ところどころに穴も見えた。
修理する気は無いのだろう、数箇所ガムテープで直されたような跡はあったが、それ以外は放置している状態だ。
ワゴンに乗せた本を外に出しているわけでもないその古書店は、通りをただ通っているだけでは廃業したように見える。
しかし、店先に立ち、中を眺めてみれば、狭そうな店の中にこれでもかというほどの本が積み上げられていて、店の奥の方にはゆらりと動く人影が見えるのだ。
ただ、場所柄なのか、それともその人影のせいなのか、入り口に立ってみてもなかなか中に入ろうという気分にはさせてくれない。
一見さんお断り、そんな見えない看板が戸に掲げられているかのよう。
そんな見えない看板が掲げられている店への入り口には、自動ドア等と言う洒落たものはその店には存在しない。
からからと戸車の音が響くアルミ製の引き戸があり、ひとたび中に入れば、本好きならばほっと肩の力を抜くことの出来る、古書の紙とインク、そしてかつての持ち主の香りが辺りに漂う。
古い手作りのようにも見える木の本棚、ひびの入ったコンクリートの床に置かれた簀の子の上には、所狭しと本達が集合し、自らの居場所をそこに確保して積み上げられていた。
雑然と置かれているようで、きちんと整理された本には手書きで書かれた価格の札が挟まっている。
「爺さん、本当に辞めちまうんだな」
店内に在る2つの人影の1つがため息交じりに呟いた。
「あぁ、もう歳だしなぁ。何より以前ほど客が来てくれなくなってしまっている。それでは商売としてはなりたたん」
「そう、残念。僕はここが好きだったのに」
人を寄せ付けない雰囲気を放出する古書店には不似合いな、髪の毛を短く切り、野球帽をかぶった、一見すれば男子にしか見えない「僕」という一人称を使う女子が1人。
詰まらなさそうな表情を浮かべ呟き、髭を蓄えいかにも頑固そうな老人の顔色を窺う。
女子の言い分に好きなだけで買ってくれなければ商売にならないと少し笑みを溢しながら頑固そうな老人は言った。
長年この場所に建ち、経年の廃れを気にすることも無く営業してきたこの古書店も、とうとう、この頑固そうな老人にて幕を閉じるときがやってきたのだ。
専門書から古い小説や文芸雑誌まで、今ではお目にかかるのも大変な品ばかりが並ぶ老人の店。
「
と言えばその筋では有名な店だ。
本が呼ぶのか老人が呼ぶのか、この店にはいつの間にかそのような専門書がやってきては、其れを捜し求める客のもとへと旅立っていく。
ゆえに、欲しい古書が手に入りにくいものであればあるほど、どこの店にいくよりまずこの店に行けといわれるようになっていった。
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