「ソノモノ」は何もないところから生まれたわけではない。


 

 人が産まれるのには最低でも精と卵、二つが必要なように、物と事が生まれるにはいくつかの要素が必要である。そして、「其れ」が「其処」に生まれるからには何かしらの理由、原因が発生しているものだ。

 これは「ソノモノ」が生まれたその刻と「ソノモノ」を終わりへと導いた「其れ」、それらの始まりと終わりの物語。

 それらの道を描くにはあまりに長い時が必要である。ゆえに、拙は終わりと始まりだけを語ろうと思う。


 物語は生まれてきた理由ある存在に理由なき感情が合わさることで始まる。

 それらは相対する場所にありながら、相応して自らの存在を其処にあるのだと主張した。

 その断片は未だに其れの体に刻まれている。


 いつなりと、刻は過ぎゆき光は遥か。

 陰と陽の合間に見えるは薄き影。

 汝、欲するは何や。

 汝、己の実を持って其に与えよ。

 さすれば其は汝に応えん。

 汝、求めるは何や。

 汝、己の信を持って其に応えよ。

 さすれば其は汝を助けん。

 欲こそが人の性。

 欲なければ人に非ず。

 故に其有、故に我無。


 この詩こそが今はもうこの世界には居ない其れが此処に在ったという証拠であり証明。

 刻まれる言葉のその本質を見ることが出来るのは「コノモノ」と相対しともにその人生を過ごした人々のみ。


 詩とは読み上げたその人物の思いと想いを織り込んだ特別な存在。

 人は人に伝える言葉を生み出した。

 人は人に伝える文字を生み出した。

 さまざまな言葉と文字が伝えられていく。

 思惑、誤解、思考、伝えられるはずの言葉は人々の様々な要因によって曲解する。

 たとえ曲解によって作り上げられたものだとしても言葉こそ、それらが其処に在ると主張しているものである。

 其れと同じく、しかしながら同一ではない一篇のソノモノの断片は誰から誰に伝えられたのかも、誰が誰の為にその詩を生み出したのかはわからぬが、決して曲解されること無く、色あせることもない。

 詩を記された其れには詩以外にも文字の羅列が見られたが、詩ではなかった。

 其れに記された詩はただ一篇であり、どんな長い文字の羅列よりもその一篇こそが「ソノモノ」を語っていた。

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