3
男は女が自分の行った何かで機嫌が悪く、そのせいで女が自分に望みを言わぬのだと思った。
今までも幾度と無く女の機嫌を損ねることでよく似たことがあった。
しかし、繰り出される男の言葉と態度に女はため息混じりに男を見つめる。
「わからない奴ね。機嫌取りはしなくていいのよ。機嫌が悪くて言っているわけじゃないのだから。お前の質問にきちんと答えてやっているに過ぎないの」
男にはますます分からなかった。
女の言い分に首をかしげる男の姿は女にとって想定内の出来事。
女はゆっくりと、はっきりとした口調で男に向かって更に続ける。
「次は無い、これは本心よ。お前の行動に機嫌が悪くなり我侭を言っているわけでも、腹を立てているわけでもない。すでにそういった行動も面倒だと感じているわ。それほどに『何も無い』のよ」
「貴女から面倒だと言う言葉が発せられるとは。今更疲れたと言うのではないでしょうね」
男の言葉に女は失笑し、ひとしきり笑った後、口元に笑みを残したままゆっくりと呼吸を整えた。
「いまさら、ね。確かに今更よね。疲れると言うのは何とも久しい言葉であり、何とも今更ながらそれが懐かしく良いものだと思えるわ。困難こそが人に無くてはならぬものなのだということも、『今更』気付いたわ。いいかしら、もう一度言うわよ。次は、無い」
かたくななまでに無いと言い張る女に、眉間の皺を更に深く刻んだ男は女に聞く。
「欲望が無くなり、貴女の全ては叶えられたと。此処が欲望の終着点だとおっしゃるのですね」
思いつめるように言ってくる男の姿に、女は片方の口角をゆっくり引き上げ妖しい笑みを浮かべて答えた。
「全て? まさか。欲する気持ちが無くなったわけではないわ。というより、欲する気持ちというのは、永遠に無くなりはしないものよ」
「どういう、ことです?」
「満たされれば別の欲する気持ちが新しく湧き上がる、それが欲。つまり、欲には天井など無いし、限界も無いってこと。花開き、全てが枯れ終えても、其処には新たな種が生まれるものでしょ。其れは何であろうと誰であろうと同じ」
「貴女の欲がなくなったのでは無いならば、私に望めばよろしいでしょう。何ゆえ無い等と言う嘘を」
「嘘じゃないわよ。叶い、叶えられぬからこそ欲し望むの。つまり、今欲する気持ちの全ては叶わなくても良い事、ゆえに無いと言ったに過ぎないわ」
そこまで言って、女は顎に手を当てじっと足元を眺め考え込んだ。
そして次の瞬間、女は男を見上げてその瞳に向かって「1つだけどうしても叶えなければならないことがあったわね」と呟いた。
「やはり私の見込んだ方、すばらしい。さぁ、何なりと次の命令を」
「お前に叶えられるかしら?」
「当然です」
自信満々に、そして女の欲望が在ったという言葉を聞いて嬉しそうに瞳を輝かせた男にむかって、女の唇は動いた。
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