2
女は今の状況に口元に笑みすら浮かべているが、男は次第に無表情になっていく。
対照的な二人の間に暫しの沈黙が流れた。
沈黙を破ったのは男。
「……もう、欲し、求め、望む気持ちが底をついたと?」
女の様子を伺いながら、己に生まれた少しの苛立ちを隠すことなく男が言えば、女は初めて男のほうに向き直り、首を少しかしげて微笑を向ける。
「さぁ、どうかしらね」
「おふざけもいい加減にして頂けますでしょうか。貴女の求め欲する気持ちが底をつくわけが無いでしょう。さぁ、どうぞいつもの様に私にご命令を」
女の笑顔を見て、一瞬安堵した男は女に向かって手を差し伸べながら、悪戯な行為を窘めて再び先ほどと同じ質問をしたが、女は笑顔を崩すことなく男の手を取った。
「聞こえなかったの? 無いと言っているのよ。確かにお前の言う通り欲求と言うものは尽きることは無い。でもね、人と言うのは欲求のみで生きているわけではないのよ」
女の言葉に片眉を上げて男は少しの嘲りを見せながら女の手を引き、肘置きのある臙脂色をした猫足のソファーへと導く。
「人ならば、でしょう。しかしあなたはすでに人ならざる者となっているではないですか」
「誰がそうしたのかしらね」
「私のせいだとでも? そう望んだのは貴女自身でしょう」
「確かに望んだのは私。でも、そう望むように仕向け、叶えたのはお前じゃないの」
女は導かれるままにソファーに腰掛け、瞳の中に嘲る光を宿したままの男を眺めて、やれやれと首を小さく横に振り男の答えに呆れる。
すると、男は女の態度が気に入らないのか嘲りの光を引っ込め、理解が出来ないという風に眉間に皺を寄せ、女を見下げた。
「それの何が気に入らないというのです。欲するゆえに与えた。それは私と貴女が出会った時から『そうである』と決まっていた事ではないですか。今更何を言うのでしょう」
男の言葉は確かにその通りであり、女もそうであると思ってきた事柄だった。
しかし、今此処に至ってはそれが「そうである」とは言えなくなっていたのだ。
だが、男にとっては未だ「そうである」事柄であり、何ゆえに女がそのような戯言を言い始めたのか理解できず、今一度女に言う。
「さぁ、貴女の望みを……」
当然の事ながら、女は男の言葉に首を横に振る。
何度同じ事を聞いてきたとしても、自分の答えも変わらない。ゆえに、この問答は至極無駄なことだと女は言い放ち、男は女の様子を少し伺ってから何が閃いた様に顔を明るくして女に笑いかけた。
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