異世界転生先は百合の世界でした

二川 迅

第1話

 横浜市在住の私は、社畜人生の真っ最中だった。朝8時に飯田橋に出社。そしたら、9時以降の帰宅は当たり前。

 私にとって、これが私の人生なんだと諦め半分で生きていた。


茜音あかねちゃん、今日飲み行く?」

「あ、はい。行きましょうか、先輩」


 社畜とはいえ、普通に友人もいるし、何なら恵まれている。早めに終わる日はこうして街に出て、酒を交わしている。

 私の名前は柏原かしはら茜音。マジでどこにでもいそうな名前。


「先輩、今日はどこに?」

「昨日ね、穴場の居酒屋見つけたの。今日はそこでしんみりしましょ」

「へぇ…ってしんみりって…まさかまた振られたんですか先輩…」

「違うの!今回はあっちが悪いのよ!勝手に私の携帯の中見てさ!」

「あぁ、男を侍らせてるのがバレたんですね」


 目の前にいる美人。黒髪ロングのこの人は宮瀬みやせ未奈美みなみ。二つ上の先輩で、同じ社畜仲間だ。

 アラサーの彼女の最近の悩みは男問題らしい。私はそれを聞く愚痴回収係みたいなものだ。


「侍らせてるって…あのねぇ茜音ちゃん。男って言うのは、すぐに、躊躇なく、すっぱりと女を捨てるものなの」

「は、はぁ…」

「例えば、戦争に駆り出された時、茜音ちゃんなら銃のマガジンいくつ持ってく?」

「え、急に戦争の話ですか」


 唐突な質問に私は首を傾げ、顎に手を当てる。


「…その銃がどんな物なのかによりますけど、マシンガンなら10個くらい?」

「それと同じよ」

「は?」

「男っていうのは数十発の命なの。弾を使い切ったマガジンはその場で落とすでしょう?それで、弾の入った新しいマガジンを装填する。ね?」

「ね?って言われても…まぁ言いたいことは分かりますけど…」


 罪な女だ。先輩の美貌があれば男がよってくるのは分かるが、やはり内面がキツイせいか、突き放されることも多い。


「お、着いたわね」


 マガジンとか物騒な話をしていたら、いつの間にか裏路地にある居酒屋に到着していた。

 ガラガラと戸を開けると、まぁよくありがちなカウンター席があった。


「ビール二つ」

「あいよ!」


 元気のいいおじさんは手際よくビールを差し出してきた。


「ごく…ごく……っぷはぁ!あぁ〜溶けるわぁ…」

「先輩…」

「ほぉら、茜音ちゃんも飲みなさいよ」

「は、はい」


 私はジョッキを掴み、思い切りビールを流し込む。


「…っあぁ…美味い…」

「あらあら、いい飲みっぷりね。さすが我が社のアイドルだわ」

「う、や、やめてくださいよそれ…」


 私の会社『相原商社』では私は何故か「アイドル」と言われている。本当に何故か。それは…


「だって150センチもない女の子なんて、小動物以外に何があるのよ」

「うぁぁ…」

「だからよ。それに、茜音ちゃんは可愛いもの。目も口も鼻も」

「え、えと…」


 唐突に褒めちぎられた私は少し照れてしまう。


「羨ましいわ。私みたいに168もある巨女は需要がないのよ」

「そ、そんなことないでしょ…」

「今どき男は全員ロリコンよロリコン」

「さらっと馬鹿にしましたね私のこと」

「べ、別に茜音ちゃんが私の好きなエロ同人誌のロリっ子に見えるなんて言ってないんだから」

「今言ったでしょ!」


 どれだけブラックな企業でも、私が頑張れる理由。未奈美先輩がいるからだ。どれだけ辛くても、先輩と一緒にこうやって飲みに行けることが何よりも嬉しい。

 いつもこうやって2時間ぐらい語り合って、酔いつぶれる。もはやルーティンと化している。


「んぁあ……もうダメぇ…」

「しぇんぱぁい…のみしゅぎですよぉ…」

「あきゃねちゃん……どうして二つに分裂してるのぉ…」

「わたしゃ忍者かぁ……あははぁ…」


 完全に潰れた私達は机に伏して、目を閉じて眠ってしまった。


「……ぐぅ」

「…んぅ…」


 そこで、柏原 茜音と宮瀬 未奈美の現実世界は幕を閉じた。









「…んーっと」


 私達を囲む緑。チュンチュンと鳴く鳥のさえずり。飛び交う小さな虫。木々から差し込む天国のような日光。


「あれ?」


 状況の理解は当然追いつくはずもない。


「あれ?居酒屋は?」


 居酒屋どころか、店もない、街もない。もっと言えばコンクリートすら無い。


「あれ、アル中で死んじゃったの私」

「んぅ……」


 ここは死後の世界だと思ってしまうほど、記憶も飛んでいる。

 しかし、隣で寝ている美人、未奈美先輩がいることでその仮説は仮説どまりとなった。しかし、私はまた思考を走らせた。


「いや…毒でも盛られてたか…」

「茜音ちゃん……んぅ…」

「ってか、先輩起きてください!」

「んぅ…?なぁによぉ…」

「いいから!今やばい事になってるんですって!」


 とりあえず、芝生で横たわっている先輩を肩を揺さぶる。


「あら、茜音ちゃんおはよう…」

「おはようございます。とりあえず目を覚ましてください」


 細い目を擦りながら先輩は辺りを見渡した。しかし、それを理解するにはまだまだ時間が必要のようだった。


「……え?」

「どうなってるんですか?これ」

「え、えええええっ!?」


 ようやく目を覚まして、状況を理解したのか、未奈美先輩は目を大きく見開いて叫ぶ。誰でも、こんな状況になったら叫びたくなるものだ。


「待って待って、お酒は!?」

「え、そこ?」


 この状況でもビールを求める未奈美先輩はやはり肝が座っているというかただのKYというか。


「と、とりあえず、ここにいても埒が明かないですし、どっか移動しましょう?」

「そう、ね。早く戻ってお酒飲みたいし」


 私達は立ち上がり、どこかへ移動する。異世界ではないと信じたいが、


(さ、さっきからふよふよ光ってるこの球体は何?)


 辺りには蛍のような光を放ち、周りを飛んでいるものがあった。

 さすがにこれが日本にあるとは思えない。


(ほ、本当にあったんだ…)

「ねぇ、茜音ちゃん」

「はい?」

「お酒は?」

「無いです。だから早くどっか行きましょう」


 というか、辺りを見渡してもビル一本もないんだが。


「ほんと…ここどこですか…」


 せめて地球であってくれ。という私の願いはあと数分後には潰えるのだった。

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