第41話

 ■セツカとフローラが魔王レイブンを撃退したと同時刻。オリエンテールの偵察隊が国境付近で敵の影を感知した。



「なんてこった……世界のおわりだ」


 偵察隊隊長は、思わず剣を落としそう呟いた。

 オリエンテール南部から、まるで白アリの大群のように押し寄せる集団。

 三手に別れたそれらの軍勢は、アンデッドで構成されていた。



 右翼・グールとゾンビの混成部隊、5万。



 左翼・デッドウルフに騎乗した、ヘルゴブリンの軍勢2万。



 中央主軍・スケルトン兵士10万。



 確認されただけでも、それだけの大戦力が王城の方角へと向かってきている。

 総じて20万にものぼろうかと思われるアンデッドの大群が押し寄せる。

 これは、国の滅亡がかかった前代未聞の危機であった。


「はやく……できるだけはやく報告しないとっ」


 あせる偵察隊隊長は馬を急がせる。

 しかし魔王スリザリの姿は、その軍団の中には確認できなかった。






 ・・・・・・


 王城。

 王女専用の部屋は、ただ広く豪華なだけでとても寂しいものだった。


「わたし、どうすればいいのかな」


 ミリアは困惑していた。

 豪華な純白のネグリジェは、彼女の健康的でしなやかな身体を、やさしく包み込んでいた。

 その姿を誰かに見せたいと最初は思ったものの、その相手は仕事を終えると王城からはさっさと帰ってしまう。

 彼女は部屋のなかをせわしなく歩き回る。

 なにかしていないと、おかしくなりそうだった。


 彼女は孤児だった。

 高名な女魔法使いペニーワイズに拾われ、母としてこれまで育ててくれた。

 ミリアが剣鬼と呼ばれるのには由縁がある。

 小さなころは実の親がいないことでいじめられもしたし、目立つ赤髪を女の子たちにひっぱられたりもした。


 弱虫ミリア。親なしミリア。ペニーワイズ様のおかげで生きてるくせに。


 嫉妬や羨望であることないこと言われた。


 だから強くなろうと決めた。

 その日から彼女は、剣を振った。

 ペニーワイズの元にいるのだ、世界で最高レベルの魔法教育を受ける環境はあった。


 だが、彼女はそれをしなかった。


 もちろんあんまり勉強の内容がわからなかったという理由もあるが、

 彼女の行動の本質としては、『わたしにだってできることがあるはずだ』という負けず嫌いだ。

 だからあえて魔法の道は進まなかった。

 決して、あまり魔法が理解できなかったからではない。


 彼女は毎日、毎日剣を振った。

 全然、強くならなかった。


 そのうち、頭のおかしいミリアと呼ばれるようになった。

 毎日ベッドの中で泣いていた。


「ミリアは好きなことをするべきですねー。わたし、冒険者ギルドに登録しますー」


 母ペニーワイズは、剣士が多く在籍する冒険者ギルドへと登録した。

 ミリアと一緒に活動し、娘の剣を鍛えてくれる人を探すためだ。

 ギルドにはたくさんの剣士がいた。

 強者に囲まれ、荒くれ者のなかでミリアは育つ。

 ミリアは幼いころからその剣士たちの技を見て盗み、教えを乞い、たぐい稀なる才能を発揮していった。


 やがて母ペニーワイズは歴代最高の魔法使いと呼ばれ、ギルド長に抜擢されたのだった。

 しかしミリアは知らなかった。

 ペニーワイズはミリアのために研究の道をあきらめ、冒険者の道に入ったということを。

 ミリアは、大きくなって、自分が剣鬼と呼ばれるようになるまで、その意味に気づかなかった自分がますます嫌いになった。

 次第にとげとげしい性格になり、ぶっきらぼうに振る舞うようになった。

 年頃になり、男の子に興味が出てきても興味がないふりをしていた。

 仕方なく剣に『ドラゴンスレイブ』と名前をつけて彼氏ということにしてみたりもした。

 母ペニーワイズと共に冒険者パーティ、レッドアイズの一員として戦いにあけくれた。

 それが、ミリアの人生の意味なんだと考えていた。


「換金をたのむ」


 ある日、彼女はギルドの換金所で心臓が止まりかけた。

 運命の出逢いだと思った。

 その男の子は、冒険者にしては線が細く、はかなげな表情がとても寂しそうに見えた。

 ギルドで換金をしようとしている男の子は、ミリアにとって今まで接してきたどんな男の人とも違っていた。

 下品で粗野な冒険者とはちがう。傲慢が鼻につく貴族とも違う。

 自信が無さそうなのに、どこか物怖じしなさそうな。

 不思議な男の子だと思った。

 今を逃したら、二度と会えない気がした。


「どいてよ」


 だからミリアはぶつかった。

 そうすれば覚えてもらえると思ったから。

 本音でいえば、隣にいる獣人の可愛らしい女の子が邪魔だった。

 どうしてそんなに自信満々で、迷いもなく彼につき従ってるんだろう?

 後々に、それは自分のひどい嫉妬だったと気づいてミリアはまた落ち込んだ。

 

「前より髪がよくなっている。見ればわかる」

 

 ミリアは彼に気に入られたくてざんばらにしていた髪を切った。

 しっかり整えてセツカの家に行ったら、嫌われていた赤髪を褒めてもらえた。

 その日は嬉しくて、ベッドの上でバタバタと足を暴れさせながら枕に頭を突っ込んで眠れなかった。

 見れば見るほど、知れば知るほど彼のことが気になるようになっていった。

 最初は自分でもどうかと考えていたが、彼の行動ひとつひとつを観察するうちに引き込まれていく自分がいるのだ。

 彼は思いやりがあって、静かなくせに謎の正義感がある。


 もっと彼を知りたい。

 剣の道を極める者として、彼をサポートしていきたい。

 やっと生き甲斐をみつけたと思っていた。

 ミリアにとって、剣の道を進むことは自分の生きざまを表現すること。

 だから、遺跡ダンジョンの案内をしたときはとても嬉しかったのだ。

 ぶっちゃけ、セツカは強すぎたけど。

 そうやって、いつまでも彼の近くで剣の道を歩めると考えていた。


 ……聖女アリエルは偽者だった。

 アリエルは国を裏切っていたのだ。


 本来の王だったはずの、ミリアの両親はアリエルに殺され、偽の王にすげかえられていた。

 つまり、孤児だったミリアこそ真の王族だったのだ。 


 今、ミリアは国王にいちばん近いものとしてこの場所にいる。

 だけど、セツカにほぼすべてを任せっきりなのはミリアとて理解しているのだ。


「王族とか、ぜんぜん実感がわかないよ、セツカ……。わたし、勉強とかよくわからないし」


 セツカなら……。

 彼なら、国政なんて余裕でやってのけてしまうのに。

 本当の王族だと言われても、剣しか握ったことがない彼女にはなにをすればいいかわからない。


 巨大なベッドの隣に立てかけられた『ドラゴンスレイブ』は、埃をかぶっていた。

 あれからさほど月日も経過していないのに、何日も剣を握っていないように思える。

 ベッドに座ると、まるで巨大な無人島にひとり残されたようにさみしい。

 母親であるペニーワイズにすら自由に会いにいけない、窮屈なかごの鳥。


「はぁ……ここじゃわたし、なんにもできないなぁ」


 ベッドにあおむけになったミリア。

 枕に美しく広がる、褒めてもらった髪の毛。毎日手入れしているが、最近はセツカも王城にあまり来なくなった。

 辺境の街の問題を解決しているらしいという噂は、ミリアの耳にも入ってくる。


「一緒にいきたいな……」


 つう、と頬が濡れる。

 ミリアははっと息をのんだ。

 …………嘘でしょ?

 わたし、泣いてんの!?

 まじかー。剣鬼のミリアが、年下の男の子が恋しくて泣くとか。

 笑える……。

 腕で自らの顔を隠し、身体を震わせた。

 こんなとこ、誰にも見せられない。


「おーい。起きろミリア」


「…………っふぇええええっ!?」


「なんだ幽霊でもみたような声を出して。緊急事態だ。この国、骸骨どもに攻めこまれてるぞ?」


「い、いったいどこから入ってきたのよセツカっ!? ……ってか、ガイコツ? なんの話? ってかここ女の子の寝室なんですけどっ!!」


「気にするな。さあ、大臣どもを集めておいた。作戦会議をおこなうぞ?」


 ミリアは憤慨した。ありえなすぎる。

 女の子の部屋にノックなしで入ってきて、いきなり戦争がおきてるぞなんてぶしつけすぎる。

 こっちはノーメイクで、ネグリジェ姿なのに。


「さっさと着替えろ。その姿は……似合っている。さすがにすこし照れるな」


「え!? えへっ。まっ、待って。すぐ行くっ!!」


 彼は背中を向けて部屋を出ていく。

 ミリアは飛び跳ねるようにしてベッドから起き、ドラゴンスレイブを手に取る。


 似合ってるだって!!えへへっ。

 ごしごしと目元をぬぐうミリアは、自分の口許が緩んでいるのをしっかりと自覚していた。

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