第40話

 フローラが怒った。


 いや、その表現では正しくないな。正確にすれば、『ぶち切れた』。

 彼女は魔法の風をまといながら、体を空中に浮かせてレイブンを見おろしている。

 フローラがこのような状態になったのは、俺がイシイに絡まれたとき以来だな。


「すみませんセツカちゃん。自分でも汚い言葉だとわかってるんですけど、3000年も封じられてきたので……地獄のような封印から救って下さった、セツカちゃんを冒涜する輩を見かけると、どうにも我慢ができなぃんですぅ」


 とフローラは過去に言ってたな。

 柔らかい彼女の口調からわかるように、フローラは三人の中で一番物腰柔らかで、ふわふわした女の子らしさに溢れている。

 その分こうなった時のギャップがすごい。あのイシイも切れたフローラにビビってたくらいだしな。


「口のききかたに気をつけろよぉチビ助ぇ?」


「………………!?」


 今回は俺をバカみたいな顔と罵った魔王レイブンのひと言が、彼女の逆鱗に触れたのだろう。

 フローラの殺気に、ややレイブンは警戒を強めたようだ。

 足が地から離れ、ホバー移動の形をとりながらフローラはレイブンとにらみあう。


「おぃチビ助? さっさと取り消せさっきの言葉?」


「…………チビではないぞ乳モンスター」


「はぁ? ふーちゃんのおっぱいがうらやましぃんですかぁ? ちんまい身体して、ダッサい仮面で顔を隠して暗殺者気取りですかぁ? うけるんですけど? バッカみたいですねぇー」


「…………仮面は、ダサくない」


「ダッサ。それつけてここまで歩いてきたんですかぁ? やばいですよ? どこで買ったんですか油断すると笑っちゃいますよぉ」


「……我の仮面はダサくないっ!」


「ダサっ!」


 口元に手を当て、フローラは高らかに笑った。

 黒い刀に手をかけ、レイブンはくやしそうにしている。

 この子はおいたしてるだけーとか言って優しく微笑んでたのに、フローラのやつレイブンをボロクソにけなしているじゃないか。

 しかしレイブン、めっちゃ口喧嘩弱い。

 仮面をダサいと言われた瞬間に、顔真っ赤(仮面で見えないが)で反論するから気にしてるのがバレバレだ。

 フローラとレイブンの舌戦は続く。


「この、黒ゴキブリゴミ虫!」


「…………乳袋自動歩行エルフ」


「なんですぅそれ? 意味わかんないですけどぉ?」


「…………むぅ」


 いや、マジでレイブンは口喧嘩弱い。

 やがて緑色のオーラをまとうフローラと、刀を低く構えるレイブンが一定の距離をあけて向かいあった。


 俺はスキルに確認しておく。

 街の防御は大丈夫だろうか?


 ■――防御魔法の仕組みを『殺し』展開済みです。


 これで街の防御は俺の『殺す』スキルがなんとかやってくれるから大丈夫だ。

 しかし問題なのは……。


「…………邪魔をするなら貴様から消してやる口悪エルフ」


 黒いオーラを放つ魔王レイブン。

 奴が考えていたよりもずっと強いということか。

 

 ■――何らかのスキルにより、鑑定スキルを阻害されています。


 恐らく、今までで物理的に一番強かったのは遺跡ダンジョンで戦った龍雷神ウルティウス。

 魔王レイブンもあいつと同じか、それ以上の強さがあるだろう。

 さらにはコピーした鑑定スキルが通用していない。

 さすがは魔王と噂されるほど強い、この世の中の『普通』を越えた存在だということだな。

 フローラ、勝てるだろうか?


 エルフの精霊神と、暗殺魔王との戦いが始まった。


「風の精霊の命ずる……エアロ・シューター!!」


「………………当たらん」


 フローラは、初級の風魔法を連続でレイブンに対し発射した。

 風の塊をいくつも発射する単純なものだが決して手加減というわけではない。

 精霊神の強力な加護で精度をあげたフローラの風魔法は、十分な殺傷力をもってレイブンに迫った。

 しかし、レイブンはそれをいともたやすくかわしてみせる。

 まるでそこから一歩も動いていないかに思えたレイブンの姿が、一気に加速してフローラに迫る。


「……………音無(オトナシ)三閃(さんせん)」


「くっ、エア・シールドですぅ」


 雪崩状に三連続で叩き込まれる斬撃を、圧縮空気の層で受け止めたフローラ。

 フローラも精霊の神だけあって、かなりの能力がある。

 総合的な力なら、三人の子供たちの中で一番かもしれない。

 しかし……。


「…………一の太刀、響(ヒビキ)」


「なっ……きゃあっ!?」


 体ごと縦に回転しながら叩き込まれた、威力のある一撃にエア・シールドが解除されてしまった。

 風の魔法で浮いていた状態が解除され、フローラは尻餅をつく。


「…………どうした? 空気で我の刀を止められるとでも思ったなら笑止。やはり胸に栄養がいって頭が残念なエルフらしい」


「うっ、うるさいなっ!! 黒ゴキブリチビ助のくせに少し有利になったからといって調子に乗るなですぅ」


「…………間合いはすでに我にある」


「くっ……!」


 武道の達人になればなるほど、間合いの領域は狭くなっていくという。

 例えばボクシング。

 相手のパンチが届かない場所でにらみあうのは素人のすることで、

 至近距離からでも攻撃をかわすことのできる達人は、相手の至極近距離において自分の間合いを構築する。

 そうすることによって、相手の隙を最大限に利用することができるのだ。

 今まさに、レイブンはその達人領域を発揮していた。 


「…………いつでも殺せるぞ、エルフ?」


「ちっ、近いんですけどぉ!?」


「…………どうした? 先程までの威勢はないようだな」


「なっ、ふーちゃんの胸が邪魔してみ、見えない!?」


 数センチ。

 それは、フローラの攻撃がレイブンにはすべて回避されるため一切通用しないことを意味していた。

 はぁ、とため息をついたレイブンは、刀に殺気を込める。

 まずいか。負ける。

 そもそも、街に気を使ったフローラと殺気まんまんのレイブンじゃ最初から分が悪い。

 俺は、フローラに声をかけた。


「ここまでだな。フローラ、あとは俺が……」


「お願いしますっ!! セツカちゃん、ここは負けたくないですっ!!」


「だが」


 すると、じれた様子のレイブンが刀に手をかけた。

 まがまがしいオーラが黒い刀から生み出され、八つに分かれる。

 

「…………無音(ムノン)、八爪(はっそう)」


「きゃぁあああっ!?」


 巨大な八つの手がフローラの体に襲いかかり、彼女は吹き飛ばされてしまった。

 防御魔法を構築していた倉庫の壁に叩きつけられ、その威力で壁が粉々になる。

 レイブンの攻撃はかなりの威力がある。

 倒れたフローラは命こそ助かったが、気絶してしまったように見えた。


「…………ふっ。口ほどにもない乳だけエルフだったわけだ」


 そう言って、レイブンは黒い刀の切っ先を俺に向けた。


「……さあ、次は貴様だぞレイゼイ=セツカ」


「まだですっ!!」


 瓦礫のなかには、フローラが倒れていた。

 服が破け、強い衝撃で意識がもうろうとしながらも、彼女の瞳はレイブンを離してはいなかった。


「まだ終わっていないですぅ。こっちを見ろっ」


「…………無駄。実力が違う」


「だったら何だっ? まだあなたに取り消してもらってない。ふーちゃんの主人はバカじゃない!!」


「…………くだらん。実に愚かなエルフだな。お前も馬鹿で間抜けだ。乳だけのな」


 レイブンは黒い刀をフローラに突きつける。

 地面に倒れ伏して防御をしていないフローラは、次の攻撃を受けたらさすがに死んでしまうだろう。

 

「……死ね。一の太刀、響」

「おい」


 レイブンの刀が、ピタリと止まる。


「…………貴様。レイゼイ=セツカ。いつ我の間合いに入った?」


 俺は、気がつくとレイブンの黒い刀を指でつまんでいた。

 レイブンは掴まれた刀を引き抜こうとする。


「…………んっ、抜けない」


「どうした?」


「貴様……なにをした?」


「別に? それより、フローラを馬鹿と言ったか?」


「…………んっ、くっ、抜けん。ふっ、馬鹿を馬鹿と言って何が悪い」


「フローラは馬鹿じゃないぞ?」


「…………ふん馬鹿だ」


 レイブンは刀を抜こうと試みを続けながらも、倒れているフローラを鼻で笑った。

 彼女はがんばって、街を傷つけないように気を使って、俺の名誉のために戦ったのに。



「…………精霊神にもなってこの程度では、元々くだらない馬鹿エルフだったのだろう。恥さらしが。精霊になる前に死んだ方がマシだったな」



 そこで、俺の堪忍袋の尾が切れた。





 

「フローラは馬鹿じゃない」


「…………知るか。それより、早く刀を離せ」


「はぁ。スキル。このチビ助に思い知らせろ」



 ■――殺気を濃縮して『殺し』レイブンにぶつけます。



 濃縮された殺気をさらにスキルで圧縮してぶつける行為。

 それは、ジェットコースターに乗った際に股間がひゅんとなる現象を味あわせることに似ている。

 しかし、これは10000倍ほど強力になっているが。

 様子が変わったのを察したのか、レイブンは余裕の態度をとってみせる。

 のだが。


「…………ふっ。我は暗殺者。殺気などなれている。馬鹿にするな。いいかげん、はなしぇぇえええええっ!? きゃぁふぅううううん!?」


 なとど叫び、股をおさえながら座り込んでしまった。

 なまじ俺が指でおさえていた刀を奪い返そうとしていたため、力が入って電気が流れたように手が離れなくなり逃れられなくなっている。

 ビクンビクンと身体を跳ねさせ、レイブンは腰が抜けてしまう。


「なっ……ま、まって……きゃうっ、とっ、とめてっ!! ひゃうっ、おっ、落ちちゃうっ。ヤダっ」


「馬鹿じゃないぞ?」


「わかっ、わかったっ……からっ、これ、とめてっ! ナニコレっ!? 殺気ってレベルじゃないっ!? きちゃう、きちゃうからぁっ!!」


「何が来るんだ?」


「馬鹿じゃない!! 馬鹿じゃないからぁ!! 馬鹿じゃないって!!」


「聞こえないぞ? どうしたんだもじもじ動いて? そんなにくすぐったいか?」


「いやぁ…………馬鹿じゃないからぁ…………っ。お願いだっ、馬鹿じゃないですっ」


 仕方ないな。

 しっかり、フローラを馬鹿じゃないと認めたみたいだし。

 殺気の濃縮は解除してやるか。


「………………うぅ」


 へたりこんだレイブンは何かを失ったような表情をしていた。

 いやごめん。仮面しているから表情まではわからんがそんな気配をかもしだしていた。

 やがてぷるぷると産まれたての子鹿のように内股で立ち上がるとこう言った。


「…………………互角の戦い、だった」


「は?」


「…………………貴様を殺すつもりだったが、ライバルと認めよう。レイゼイ=セツカ」


「いつから俺がお前のライバルになった?」


「…………ふっ、まあまあ強かったぞ。……次は刀を絶対掴まれないようにしよう」


 黒いマントの白仮面、魔王レイブンは小刻みに震えながら離れていく。

 そして、思い出したように立ち止まった。


「………………これまでの、悪魔の襲撃は囮だ。レイゼイ=セツカ。アンデッドの大軍が、この国に迫っている。アンデッドの魔王スリザリが挙兵したのだ」


「何!? ……しかし、どうしてお前が教えてくれる? 魔王は仲間同士だろう?」


「…………仲間というわけではない。グリフィンが言った言葉の意味が今わかった。貴様はたしかに強い。だがスリザリには勝てんだろう」


「スリザリには勝てないだと? 悪魔たちが言っていた人物か。オリエンテールに攻めてくるのは勝手だが、うるさくするなら容赦しないぞ?」


「…………奴は、不死なのだ。『殺す』スキルのレイゼイ=セツカ」


 レイブンは、そのまま姿を黒い霧へと変える。

 やや不吉な言葉だけを残し、暗殺者の魔王は闇の中へとまぎれていった。




 アンデッドの大軍が襲撃してくる。

 急いで城に戻り、対策を整えなければならないな。



 

 倒れているフローラのもとへと向かう。

 よかった。傷はたいしたことがないみたいだ。

 しかし一緒に買い物に行ったときに買った黄色のブラウスはボロボロに破けてしまったみたいだ。

 フローラはまだ起きあがってこない。


「……泣いているのか?」


「ふがいないですぅ。ゴミ虫はふーちゃんです。馬鹿で間抜けで役立たずのアホエルフですぅ。3000年も生きてるのに、好きな人の役にもたてないなんて……イシイに殺されたときに、死んでたほうがマシだったんですかねぇ、うっぅっ……」


「馬鹿なことを言うな。俺は、フローラが他人に俺の代わりに感情を言ってくれるの嬉しいぞ。自分はどこか無感動なところがあるからな」


「でも……レーネちゃんも、スレイちゃんもとても強い。レーネちゃんは誰にも負けないまっすぐな心をもっていますし、スレイちゃんはものすごく賢い。でも、3000年生きて、精霊の神であるはずのわたしは、わたしは……」


「君がいてくれないと困る。俺も、みんなも」


 そう言ってフローラを抱き締める。

 ボロボロになった黄色のブラウスは、俺のスキルで破損を『殺し』て治せる。

 同じように、俺が彼女の心を埋めてやりたい。

 彼女たちのあらゆる危険は、俺が『殺す』と約束したのだ。

 フローラは決して馬鹿じゃない。役立たずでもない。

 大事な仲間なんだ。

 ……。



「ですよねぇ!」


「たちなおり、早いな!?」


「で、で、セツカちゃん。ふーちゃんのご褒美なんですけど」


「ええ……その話、生きてたの?」


「はぃ! だって、レイブンには負けましたが悪魔を倒すにには倒しましたから!」


「た、たしかにな。全然、ステマにはならなかったが、倒したは倒したな」


「やった! ふーちゃんが欲しいご褒美なんですけど……かくかくしかじか」



 というわけで。

 王都への帰り道。




「乳だけでかい馬鹿エルフ」


「はぁん」


「乳だけミノタウルス」


「んはぁ」


「突然変異した森のおっぱい」


「くう……っ」


「なあ、これ。どこがご褒美なんだ?」


「セツカちゃんに言われるのがご褒美なんですぅ!! 他の方に言われたらただの悪口でも、セツカちゃんに言われたらそれはあまいあまい愛の囁きなんですぅ!! ふたりっきりになれる機会が少ないので、今だけはふーちゃんだけを罵ってほしいです。もっともっと罵ってほしいですぅ」


 紙に用意してきた台詞を読み上げる。

 これがフローラの欲しかった『ご褒美』らしいが。


「メス豚乳エルフが。さっさとひざまずいてぶひぶひ鳴けよ。あーん? ……これでいいのか?」


「はぁはぁ、セツカちゃん最高ですぅ」


 ごめん。

 やっぱり、この精霊神、大馬鹿だわ。

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