第39話

「大人のキスもダメだし、パンツもダメだ。なんでも言うことを聞いてもいいが、これだけは守ってくれ」


「ふーちゃんまだ何も言ってないのにぃ……」


「すまんな。前例があまりにも暴走ぎみだったので」


 すこしばかりしょげているフローラを連れ、俺は寂れた街の中を歩いていた。

 この街はオリエンテール辺境で、魔物の襲撃が激しいらしい。

 ここは野犬型の魔物に襲われたりして、住民が困っているというのだ。

 そう、ここに例のごとくミリアのステマに来たのだ。

 しかし今回、俺はひと味違っていた。


「今日は悪魔を討伐する。絶対に奴らは出る。というかスキルで鑑定サーチしておいた。悪魔はこの街を襲撃しようとしている。レーネのときやスレイのときのような謎の悪魔が向かってきているらしい。だから先手をうち、もう倒す。協力してくれ」


「なるほどぉ。だからふーちゃんたちが、この街に先乗りしているわけですかぁ」


「その通りだフローラ。どうせ何かしようとすると邪魔されるなら、先にそいつを潰しておく」


「逆転の発想なのですねぇ。さすがはセツカちゃんなのです! まかせてください!!」


 ポンと両手をあわせ、フローラは優しく微笑んだ。

 揺れる巨大な二つの果実。

 彼女は三人の中では一番大人っぽい。実際に胸は一番大人だし……。

 3000年間も結界の中に閉じ込められていたので、体は幼いころのままのはずなんだが。

 エルフはあまり胸が大きくないイメージ(失礼か?)だが、彼女だけ特別なのだろうか?

 彼女は、精霊神の力を身に宿した神聖なエルフだ。

 『殺す』スキルによって復活したため、より力を高めつつも元のエルフの肉体を維持できるようになったらしい。


「セツカちゃんのお手伝いしたら、なんでも言うことを聞いてくれる約束ですぅ」


「ああ」


「ああ、やっとふーちゃんの番なのです。ぜったいに失敗しないのです。このデートは誰にも邪魔されない自信があるのですぅ!!」


「あまりくっつくと転ぶぞ? というか、密着しすぎじゃないか?」


 デートではないのだが。

 しなだれるように腕に抱きついてくるフローラを連れながら、街の住民に対し伝える。

 ミリアがこの街を助けようとしているので俺たちが来た、と。

 最初に言っておけば勘違いも起きないだろう。


「ありがたいです……この街は、野犬モンスターに襲われ、このありさまです」

「ミリア様の指示ですか、なんと民の気持ちを聞き取ってくださるお方だ」

「やはり、真の王族はミリア様のほかにはいらっしゃらない」

「ミリア様万歳じゃ!!」


 よしよし。

 民衆はミリアの依頼で俺たちが来たと聞いたら、喜んでミリアを信奉し始めた。

 これなら、俺やフローラが活躍しても民衆が勘違いすることもないな。

 

 街のはずれまでやってくると、フローラはそこで立ち止まった。

 草原の向こう、遠くをじっと見ているが、まだ何も見えない。

 フローラには何か見えているのだろうか?


「なら、精霊の力をお見せしましょう。ふーちゃんの本気です」


 ふわり、とフローラの淡い緑の髪が風で巻きあがる。

 目を瞑ったフローラの周囲に、円形の風がバリアのように構築されていく。

 カッを目を見開いたフローラは呪文を唱えた。


「セイレイのチカラ。エルフのイノリ。シンエンのトートロジー。『エアロ・バースト』!!」


 フローラの周囲にあった風が、一瞬にして消え去った。

 すると、街の周囲に天変地異のような竜巻が巻き起こる。

 阿鼻叫喚の騒ぎになる民衆たち。

 しかし、すぐにその竜巻はおさまった。


「終わりましたぁ、セツカちゃん。相手は粉々になりましたぁ」


「えっ?」


「向こうからやって来ていた、悪魔族の敵はふーちゃんのエアロ・バーストを遠隔爆撃して塵になるまで粉々にしましたぁ! たぶん相手はなにが起きたか理解する前に死んじゃったと思いますぅ。ちなみに、この周囲を根城にしていた野犬モンスターも残さず駆除しましたので、もう問題は解決ですぅ!!」


「バッカ、姿を現す前にやっちゃったら俺たちがやったことにならないだろ?」


「ふえええ!? もしかして、ふーちゃんまたやっちゃいました?」


 涙目になるフローラ。

 そりゃ、民衆にとっては勝手に竜巻に巻き込まれて自滅したアホな敵と思われるだろうが。

 今回の悪魔は、マジでかわいそうだな。

 名前すらわからないままフローラに倒されてしまいお開きか。

 ステマは失敗かと、あきらめて帰ろうとしたとき。




「………………死ね」


「危ない!!」


 ゾクリ。

 背筋に冷たいものを感じた。

 これは、本気で殺しにきている者が発する殺気の気配だ。

 フローラまで巻き込まれる斬撃の予感がした。

 咄嗟に動いた俺の右手は、謎の殺気を放つ刀を受け止めていた。


「………………止めるか、この攻撃」


「誰だお前?」


 見覚えのある格好だ。

 スレイを付け狙っていた七人衆のような。

 奴らと似ているが、ゴテゴテしていた奴らと比べると、そいつはシンプル極まりなかった。

 黒一色のマントに、白い仮面には真ん中に穴がひとつだけ。

 背丈は小さく、痩せているが力はあるようだ。

 そして一振りの真っ黒な刀身の刀。


「………………腕をいただく」


「それは困る」


 受け止めた俺の腕を切り落とそうと刀を引く黒マント仮面。

 が、俺の腕はスキルによって摩擦抵抗を『殺され』ている。

 するりと抜けた刀を前にして、黒マント仮面は解せないといった沈黙。


「もう一度聞くが、誰だお前は?」


「………………魔王、レイブン」


 魔王レイブンだと?

 ……誰だそれは?


「レイブン!? もしかして、裏稼業を仕切ると言われている、おきざりレイブン。その刀のスピードと威力は悲鳴すらおきざりにし、依頼を受けたら必ず成功させる暗殺者の王とよばれる魔王ですぅ」


「フローラ……3000年も封印されていたのにやけにくわしいな?」


「えぇ、ふーちゃんが知っているほど有名ということですよセツカちゃん!! お祈りを捧げてくれるエルフの信者さんたちも、レイブンの恐ろしさを噂してましたぁ」


「なるほどな。魔王ということは、グリフィンと同類か。で、何の用事なんだレイブンとやら?」


 俺は黒マント仮面、レイブンとやらを指差す。

 そうすると、かすかにマントを揺らしレイブンは笑った。


「………………目障り。邪魔だから消すまで」


「俺がか? 七人衆を殺したことを恨んでいるのか?」


「……あれはゴミ。…………個人的、理由」


「まったく心当たりがないな」


 七人衆が理由じゃないのなら、こんなやつに絡まれる理由に思い当たるふしがない。

 しかしレイブンには俺を付け狙う理由があるらしく。


「………………殺す。レイゼイ=セツカ」


 殺す気まんまんらしい。

 すると、隣にいたフローラが一歩前に出る。

 彼女は、落ち着いた様子でレイブンに視線を向けながら微笑む。


「セツカちゃん、さっきの失敗を取り返したいですぅ。この魔王ちゃんをどうにかできたら、ふーちゃんのお願い聞いてくれますか?」


「さすがに、こいつは危なくないか?」


「だいじょうぶぃ。です! この子、ちょっとおいたしてるだけなので……セツカちゃんのすごさを精霊神として、ふーちゃんがわからせてあげようかと思うのです」


「そうか、そこまで言うならまかせるが」


「はぃ! ありがとうございます!!」


 まるで母親のような母性をレイブンに対し向けるフローラ。


「………………ふっ。胸だけ大きいエルフ風情が。主人もバカのような顔をしている」


 しかし、レイブンの一言で豹変する。



「ああ”? なんて言った黒ゴキブリゴミ虫が? ふーちゃんの主人を愚弄したのかチビ助? バカはてめえだぞおぃ? ガタガタいわすぞ」



 フローラが壊れた。

 俺はその様子をやや後ろから見つめながら。

 スキルに問いかけたのだった。





 なあ、街全体に防御シールド張ることってできる?

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