第37話
オリエンテール首都に戻ってきた。
レーネと共に繰り出した辺境の街での馬鹿ミリアステマ大作戦は失敗に終わった。
紫色の悪魔みたいな変な奴をレーネが倒し、やたら彼女が機嫌を悪くしたのが気になる。
一体どうしたのだレーネ。
「むーっ。ほんとうにざんねんです。もうちょっとだったのに。ふざけるなよあの悪魔」
「それは大変でしたねレーネ。心中お察しします。また次がありますよ」
「ひどい悪魔もいたものですぅ。よしよしレーネちゃん。ご飯にしましょ!」
夜ご飯のときまで口を膨らませていたが、スレイとフローラがなだめてくれてやっと機嫌を直したみたいだ。
まったく、かわいい女の子たちにストレスを与えないでほしい。
っていうか、あの紫の悪魔はなんだったのだろう?
正体ちゃんと聞くの忘れちゃった。ま、大丈夫か。
テーブルについた俺と女の子たちは豪華な食事に目を輝かせる。
「よしよし。スレイとフローラの作った夜ご飯すごいぞ? まさかフルコースが出てくるとは予想外だ」
「がんばりましたセツカ様!」
「これが精霊神の実力ですぅ!」
スープに前菜、主菜にデザート。季節の野菜を蒸したもの。
ワイルドボアの猪ステーキが特にジューシーで、俺とレーネは舌鼓を打つ。
ステーキを一口ほおばる。
うわ、脂身がさっぱりで肉質がとても柔らかく舌の上でとろける。
濃厚な旨味のエキスが口のなかに広がって、草原をかけぬけるさわやかな風を演出しているぞ。
これが異世界の料理!
さすがスレイとフローラ。お前ら料理の才能あるぞ。
「うまい!」
「おいしいですスレイさん、フローラさん!!」
「ふふっ。とても光栄なお言葉です。よかったですねフローラ様!」
「やりましたねスレイちゃん。えへへぇ」
肉うめえ。
今日って何しに行ったんだっけ?
そんな感情で締め括られたその日は、幸せな気持ちで幕を閉じた。
後日。
幾日か経過したのち、再び自由な時間ができた。
今度はスレイを連れて辺境の街へとやってきた。
前に来たところとは別の場所だ。目的はもちろんミリアの人気をステマするためだ。
この街はいまだ内政が滞っていて、領主も新任の経験不足な貴族だと聞く。
ならば政治に明るいスレイを連れて歩き、問題点を次々と解決して歩けば民衆の支持を得られる。
ミリアの指示でという噂を立てればWINーWINーWINなのである。
スレイはいつか買ってあげたゴスロリっぽいふりふりの黒のドレスを着用し、長い銀髪はいつも以上にさらさらと太陽の光を反射していて美しい。
赤みがかった瞳はじっとこちらを見上げ、気品溢れる幼い微笑みで抵抗なく手を繋いでくる所はレーネとの性格の違いを感じるな。
相変わらずとんでもない美少女を連れた俺は注目されているが、今回も目立つのが目的な所があるため仕方あるまい。
俺の隣を歩くスレイは、姫様らしく堂々とした振る舞いで優雅に歩みを進めた。
「セツカ様。今日は私をデートにお誘い頂きありがとうございます。このような美しい街へご案内頂けるなんて、恐悦至極にございます」
「……なんか、一段とかしこまった口調じゃないか、スレイ?」
まるで緊張しまくって言葉を選んでいるようだ。
街、普通のボロいところなんだが?
しかもデートでもないし。
スレイはどきどきする胸を抑えるようにしながら、俺の疑問を否定する。
「いいえ。スレイはとうとう来るときが来たかとすこし舞い上がっているのです。セツカ様、あそこを見てください」
「ん、あれは……」
スレイが指差した方を向いてみる。
彼女は頬を染めながらこう言った。
「あれは宿屋です」
「そうだな」
「あちらをご覧ください。あれは、居酒屋です」
「みたいだな」
「ご予約しました。私とセツカ様の二名です。セツカ様、今日はこの街に泊まりましょう」
恥ずかしそうに両手で顔を隠しながらそう告げるスレイ。
いや、スキルで走れば日帰りできるから泊まる意味ないんだけどな。
それに俺は高校生だからお酒飲めないし。
「この世界では15歳になれば成人でお酒も飲めますし子供もつくれますよセツカ様」
「スレイは10歳だからお酒も子供もダメだな」
「セツカ様。スレイは王族なのでその点は許されています。王族は何歳からでもお酒を飲めますし、子供もつくれるのですよ?」
むちゃくちゃなこと言ってますが。
スキルで確認してみるか?
■――アカシックレコードを『殺し』イシュタル王国の法律を参照……イシュタル王族は何歳からでもお酒を飲め、子供をつくれます
おーいスキルそれ嘘じゃないだろうな!?
つかイシュタル王国やばいな。なんという法律をつくっとるんじゃ!?
ということはスレイは嘘を言っているわけじゃないのか。
鬼の首を取ったように微笑むスレイはこう続ける。
「今日、ミリア様に声を掛けて彼女が教会に泊まりに来るように取り計らいました。もしセツカ様がお戻りになったら、気合いの入ったミリア様に追いかけ回されることになるでしょう」
「え、あいつ泊まりに来るの!? じゃあ今日はこっちに泊まる」
俺は即断即答した。
スレイは驚きを露にする。
「えっ」
「えっ、だってミリア来るんでしょ? じゃあ俺こっちに泊まるよ。レーネやフローラには後で伝えなきゃな」
「いいんですか?」
「いいよ。一緒の部屋に泊まろうなスレイ」
「ふえぇぇっ!? は、はいっ!!」
なんでそんなに嬉しそうなんだ?
スレイとはいつも一緒の家で寝てるじゃないか。
ミリアが来るとうるさいし寝れなくなるから嫌だ。
スレイと一緒のほうが静かに寝れそうだからな。
するとスレイはおかしなほどドギマギし始める。
どうしたんだろう? スレイが言い出したのに。
「よ、予想外なほどすんなり了承してもらえました……ミリア様、なんと不憫な。でも、レーネ、フローラ様。私、あなたたちより先に大人の階段を登るようです。ほんとにうれしい。一生の思いでに残る夜にします……」
「それより、仕事を完遂させようか。スレイ、この街のどこから始める?」
「はいっ!! あちらです。もう速攻で終わらせましょう!!」
スレイの話では、この街の問題は『水』にあるらしい。
井戸が足りなく、街中にあるたった一つで農業、商業、生活用水をまかなっている。
乾燥期には慢性的な水不足に悩まされているのだ。
「ん……水脈はあるみたいですね」
目をつむったスレイは、長い髪を支えながら地面に向け耳を近づけた。
彼女は聖女サリアナから引き継いだ魔眼の魔力があるため自然の中を流れる魔力に敏感だ。
並の人間では聞き取れないその流れも、スレイなら聞き分けることができるのだ。
「よかったですセツカ様! 水脈が生きてますので、掘ればなんとかなりそうです。ただ、とても深いので普通のやり方じゃとても届かないでしょうが」
「ありがとうスレイ。そこで俺のスキルの出番か」
スレイのおかげで深く掘れば簡単に新たな井戸を造れることがわかった。
今回は楽勝だな。
新たな井戸を掘り当てたら、領主と住民にミリアの指示でやったと強調して伝える。
完璧な作戦だ。それでミリアの名声を高め、静かな暮らしを取り戻す!
そうしてさっそく実行に移そうと思っていたら。
「キェッキェッキェ。この毒を井戸に流し込んだら……この街は全滅だぜぇ。ざまあみろ人間め。スピニールはしくじったみたいだが、俺様はこうして影から最大のダメージを与える攻撃を得意とするのよ。キェッキェッキェ……」
などと呟く、緑色の悪魔っぽい奴の姿が。
奴はたったひとつしかない街の井戸の前で、怪しげな小瓶を手に持って今にもそれを投げ込もうとしている。
俺とスレイはそいつの姿を見つけ、じっと見つめる。
動きを止める緑色。なんか汗をかきはじめた。
「……キェッキェッキェ。見つかっちゃった」
まてまてまて。瓶落とすなよ!?
誰だこいつ?
緑の悪魔は、瓶を井戸の真上に掲げたままおどけた様子で自己紹介を始めた。
「オレサマの名前はグーテン。偉大なるスリザリ様の影として働く悪魔族さ。お前、もしかしてセツカか? そうだとしたら運が悪かったね。スピニールほどオレサマは優しくないからさ」
やれやれ。
運が悪いのはどっちなんだろうな?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます