第36話
全身紫色の男はレーネの拳による一撃で街の外まで吹っ飛ばされたみたいだ。
やがて少し時間が経過し。
ふらふらと悪魔のような羽をはためかせ飛んで戻ってきた。
「い、いきなり攻撃してくるとはさすが聖女アリエルを倒しただけあります。活きのいい人間だ。しかし『殺す』スキルとやらもこの程度ですか? ただの物理攻撃のようですね?」
全身紫野郎は憎々しげに俺を指差す。
いや……もしかしてお前、勘違いしているのか?
お前を殴ったのは俺じゃなくレーネという俺の隣でやばい気配を出している幼女だぞ?
もしかしてレーネの動きが速すぎて見えなかったのか?
俺があえて何も言わないでいると、やっぱりな。みたいな顔をした紫野郎は続ける。
「人が話す途中に殴るなど卑怯者が! ワタシは魔王スリザリ様に信頼された幹部の一人スピニール。オリエンテールに対し宣戦布告をするための使者に選ばれました。この街を消し去り、あなた方人間に恐怖を感じてもらいます」
「はぁ。宣戦布告なのに攻撃してくるのか。卑怯な奴だなその魔王も」
「負け惜しみを言わないでください。人間とワタシたちでは立場が違います。悪魔族であるワタシにとって、人間はゴミ。宣戦布告してあげるだけ感謝しなさい」
「そうなんだ……」
すごくコメントに困る感じ。
というか隣のレーネが唇を震えさせながら「あいつのせいでご主人様とのキスが……ころすころすころすころす」と言っている気がしてこっちの方が絶対やばい。
なのに紫野郎スピニールは空気も読まずにこんなことを高らかに宣言した。
「ワタシのレベルは53です」
…………だから?
「しかもこの姿は変身を残しています。あと、二回ほどね」
……いやマジでだから何!?
スピニールは得意気に続ける。
「あなた方人間は、強者でもレベル10がいいところでしょう。そして30が限界ですかね。過去の伝説、古の勇者ならばレベル100あったとされていますがもう奴はいません。ほっほっほ。弱い。弱すぎて笑いが止まりません。これまではスリザリ様の言いつけで人間領への侵攻は控えていましたが、これからはワタシたちがお前たちを支配する時代がやってくるのですほっほっほ!」
勝手に爆笑すな紫男。
ふーん。レベルって概念を久しく忘れていたな。
そういえばこの世界にはステータスという能力を数値で表すものがあったな。
ちょうどいいや、あいつを俺のスキルを使いステータス鑑定してみるか。
俺のスキルなら、本来の『鑑定』スキルが無くても仕組みを殺して再現できる。
■――鑑定魔術式の仕組みを『殺し』て省略発動します。敵ステータスを開示します。
NAME スピニール
職業 魔王軍幹部
性別 無し
年齢 170歳
種族 悪魔
レベル 53
HP 52523/53000
MP 5300
攻撃 530
防御 530
魔法 530
速度 530
運 53
特殊能力『変身』
おっ、結構強いなあの紫男。スピニールだっけ?
HP53000が飛び抜けてる。さっきレーネに殴られて少し喰らってるな。減ってる。
他のステータスもけっこう高いな。
だが運、レベルのわりに低っ。
通常の兵士がHP100とかだから、ああいう傲慢な態度をとるぐらいには化け物だってことか。
普通の人間より圧倒的に強いのは悪魔って種族だからなのかな。
まあ、まともに戦ったら並の人間じゃ敵わないか。
スピニールのステータスを確認していると隣から物騒な言葉が聞こえた。
「むらさきおとこ……ほんと。ころしたい」
うつむいたレーネは静かに笑っていた。
地面につま先で『キス』と書いては消して書いては消してを繰り返してる。
ちょっと怖いけど、一応レーネのステータスを確認しておくか?
この所ずっと見てなかったからな。
NAME レーネ=ハウスグリウット
職業 セツカの専用奴隷
性別 女
年齢 10歳
種族 フェネク(獣人)
レベル 12
HP 99999(表示不可)【殺】
MP 9999(表示不可)【殺】
攻撃 9999(表示不可)【殺】
防御 9999(表示不可)【殺】
魔法 9999(表示不可)【殺】
速度 9999(表示不可)【殺】
運 9999(表示不可)【殺】
■――『殺す』スキル影響下
数値の大幅上昇と成長限界の突破
『殺す』スキルの庇護
・状態異常無効
・自動回復(中)
・自動回復(特大)
・成長促進
・即死攻撃殺し
特殊庇護発動中――運命殺し――モード『怒り』
ステータス値の限界が解放されています
つよっ!?
ステータスが表示不可なくらい上昇してるってこと?
いったい何があってレーネの能力がそんなに向上したんだ……どうやら特殊庇護とやらのおかげらしい。
普段はそこまでじゃないだろうが強すぎる。
レベルは12だが、俺の元にいればスキルの効果で世界最強の幼女だ。
なるほど。最近レーネが「ご主人様、石ころが畑の邪魔なのでどけておきました~」とか言って放り投げたけどどう見ても10トンはある大岩だよなおっかしーなーと思ってたんだよな。
俺はあまりにも可哀想になってきたので俺たちを見下すスピニールにアドバイスすることにした。
「帰ったほうがいい。人間を傷つけないと約束してくれるならこちらからは手出ししない」
「ほっほ!? ゴミが言いますね。さっきは油断しましたが、もうあの攻撃は受けません。ワタシの真の実力を見たら生きては帰れませんからね。隣の獣人幼女さんは可哀想です。ワタシに残酷に殺される主人を眺めていなさい。すぐに同じ場所に送ってあげますよ。ほっほっほ」
可哀想なのは隣の獣人幼女の能力にも殺気にも気づけないお前の頭だよ。
なんだろう。俺がコイツを助けたい人みたいになって来た。
気づけ。レーネの顔がやばい。あんなに優しいレーネが無表情だぞ?
俺は最後のチャンスをスピニールにくれてやる。
「どうしてもやるのか?」
「しつこいですねぇ。あなたのような馬鹿はスリザリ様の力を知らぬから調子に乗るのです。なにが『殺す』スキルですか。スリザリ様のお力に比べたら、そんなものはすかしっ屁ですよ。ほっほ、セツカのスキルはすかしっ屁です。油断していないワタシには効きませんね」
「もうだめです。ご主人様あいつころします」
「ああ。レーネ、もう止めない」
だめだった……。
俺の一言が発せられた瞬間、隣の地面が爆発した。
そこはレーネが立っていた場所。ありえないほどの脚力でロケットのように幼女が発射されたのだ。
「ぶぅげぇぇぇっ!?!? また不意打ちをぉおっ!?」
さっきと全く同じ場所を殴られる紫悪魔。
まだ見えてないのかスピニール。
「ぶげ、ぶげぶげぶげぇぇぇっ!?」
空中で顔面を連打された奴は、離れた位置にいる俺に対し魔法で攻撃しようと腕を掲げる。
そうすると高速移動したレーネが一瞬で数十発のパンチをその腕に叩きこみ、腕が破壊される。
「ひ、卑怯だぞぉ!? ちかくに来て攻撃しろぉっ!! そんなに遠くから殴るなぁっ」
スピニールはパニックと動揺でわけのわからないことを口走っている。
遠くから殴れるわけないだろ? レーネがお前に視認されないように殴っているのだ。
「見つからなかったら、キスだったのに……ううぅ!! 最低です!!」
高速移動するレーネの口許がそう喋った気がした。
……だからあいつに見えないように殴っているのだろうか?
いつもなら魔力を込めた拳で相手を破裂させるのだが、今日は普通に殴っている。
そのせいでやたらHPが高いスピニールはサンドバッグ状態だ。むごい。
鑑定で観測すると、みるみるうちにHPが減っていく。
「がっはぁ!?!? な、なんだこの力……ワタシが一方的にやられるなんて」
HP 36543/53000
「ま、まって……ぐああああっ、まってくれっ」
HP 24897/53000
「ゼヒュー……ゼヒュー……せ、セツカ。『殺す』スキルとは、なんという恐ろしい力。このスピニールが遠距離にいるあなたに一方的に殴られ敗北を喫するとは。ワタシは恐ろしい男に喧嘩を売ってしまった、のか」
HP 1/53000
俺じゃないんだよなぁ。
ただのパンチで悪魔スピニールのHPを削りきったレーネは、最後の一撃を叩き込んだ。
あんなに小さな可愛らしいおててなのに、握った拳にはものすごい恨みが乗っているような気がした。
レーネは最後の瞬間に言い放つ。
「時と場合をしっかり選んできてください。さようなら」
「ぎゃぁあああああああ…………」
音を置いてきたような衝撃波の伴うレーネのパンチで、スピニールの身体は空中爆散した。
あいつ最後まで俺がやったと思ってたな。まあ、幼女に負けたと知るよりは幸せだったのかも。
しかしステマに来ただけなのに余計なことに巻き込まれてしまったな。
レーネもかなり機嫌が悪いし、さっさと目的を果たして帰るか。
あの紫悪魔を倒したのはミリアの指示のおかげという噂を広めていこう。
腰を抜かすチンピラと、カツアゲされていた若者に向けこう言った。
「あの紫のやつはミリアが……」
「す、すっげぇええええ。本物のセツカ様だ!!」
「セツカ様がこんな辺境の街に!? しかもさっきの奴、超強い魔族だったじゃん!!」
「セツカ様が倒しちゃった!! つええええっ!!」
「ありがとうございます、ありがとうございます命の恩人ですセツカ様!!」
チンピラと襲われていた若者は興奮した様子で抱き合っている。さっきカツアゲしたことされたことは忘れているみたいだ。
「あの、これはミリアが……」
「握手してください!!」
「セツカ様最高です。国王がんばってください!!」
「やっべ、俺もう悪いことやめるわ。あんなの見たらもう真面目になっちゃう」
「セツカ国王万歳!!」
はぁ。どうしてこうなる?
するとすこしばかり機嫌を直したレーネは、俺の手を握ってこう言ったのだった。
「よかったですね、ご主人様。やっぱりご主人様はすごいお方です。こんどこそは……」
上目づかいでにっこり笑った彼女は。
「こんどこそは、きっとおしえてくださいね。大人のキス」
心なしか俺の手を握る力が、いつもより強めというかかなり強めというか、けっこうな力で彼女は俺の手の甲を唇に引き寄せながらいたずらな微笑みを浮かべたのであった。
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