二章
第33話
キーンコーンカーンコーン。
廊下を歩く中肉中背の男性がいた。
新見善和。36歳独身の彼は優秀な私立高校、秀名学園の男子教諭だ。
自らの担当教科の英語を教えるため、担任するクラス二年B組へと赴く。
学校全体に鳴り響く予鈴はまるで彼を刑務作業へと戻す号令のようなものだ。
「なんで俺が、あんなクラスなど担任せねばならん」
学級崩壊の様相を呈した二年B組。
イシイ、ガネウチ、それとミカミの集団は犯罪行為にまで手を染めている。
奴らを止められるものなどこの学校にはいない。
親が金持ちで議員らしい。まったく、クソみたいな世の中だと新見はため息をつく。
女子高の教師が良かった。
イシイに支配されたクラスの担任になるのだったら、女子高生の弱味でも握ってあまい汁を吸える女子高の教師の方がましだった。
新見はいつもそのような妄想にふける。現実は甘くない。新見は不摂生で見た目はお世辞にも良くない。女子生徒の評判は芳しいものではない。
教室の扉の前で、新見は大きなため息をつく。
なぜならば、扉を開けた先には。
「ぎゃはは。セツカの机ねーから。グランド見てみ?」
「俺らをシカトした罰ですけど?」
「さっさと取ってこいや。せんこーやってきたじゃん? よお新見? 今日は自習でいいよな?」
「………………」
はやしたてるイシイと取り巻き。まったく表情を変えないセツカ。
新見はその光景をみて舌打ちをする。
冷泉刹華。
あいつが一番面倒なやつだ。わざわざイシイを無視してこのようなイジメのターゲットになっている。
俺に迷惑をかけないでくれ。おとなしくイシイのいう通りにでもして、登校拒否にでもなれや。
新見善和という存在に面倒をかけるな。
イシイの親には金を貰っている。はした金だが、この教室の正義はイシイなんだよ。
新見は憎らしいものを見るような視線をセツカに送り、口を開く。
「今日の授業は――」
そして光に包まれた。
・・・・・
魔王領土ヘルトパスクはオリエンテール南西に位置する広大な山岳地帯に位置している。
亜人や異種族、犯罪をおかした冒険者などがこの山岳地帯に住み着き、小規模な共同体を形成している。
それらを武力で束ねるのは魔王と呼ばれる存在。
魔王は四人いる。
彼らに共通するのは人間とはかけ離れた強大な能力を持つものだということ。
四人の魔王は領土を四分し、それぞれが独自の方針をもって国家なり共同体を運営している。
魔王グリフィンはその中で若輩に位置し、治める領土も一番小さい。
しかし彼の武力は人間の大国オリエンテールと対等以上に争える。
それでも他の魔王たちはグリフィンを格下と扱い嘲笑う。
そんなグリフィンが魔王を自領に集めてまで伝えたいこととは。
グリフィンは円卓に座る三人の魔王を見回し、ゆっくりと言葉の端を発した。
「今日、ここに集まってもらったのは他でもない。先に報告した強大な力を持つ者、セツカ様についての報告だ。彼はかの国オリエンテールの聖女を滅ぼし、代理の国王に就任した。我輩は機先をもってしてセツカ様に接触したのだが、不可侵の条約までは取り付けていない。そこで貴様らに連判と署名で協力をお願いしたい」
「……前にも言ったが、俺たちがそこまでするほどの相手なのか?」
「獣王ハウフル。我輩の話が信用ならないと?」
「ああ。ならないね。お前が尻尾をまいて逃げ帰ったという事実だけは信じてやるよ。がははっ」
巨大な円卓に座る四人の存在。
腕を組んで豪快に笑い飛ばしたのは、獣王ハウフル。
見るものを威圧するほどの真っ赤なたてがみと全身の立派な毛並み。
筋肉の鎧で構成された強靭な肉体。
彼は獣人であり、魔王と呼ばれる。
魔王領土の獣人種族を率いる百獣の王だ。
片腕で人間の国を六つも平らげ、返り血で毛並みが紅く染まったとの伝説から鮮血のハウフルとも呼ばれている。
彼は円卓に足を上げて組み、耳垢をほじるついでという感じで、グリフィンの話を真面目に取り合う様子がない。
しかしグリフィンは怒らない。なぜなら、ハウフルの方が何倍も格上だからだ。
すこしだけ苦い顔をしたグリフィンは、気持ちを切り替え他の魔王に話題を振る。
白い仮面の男に対し声を掛けた。
「レイブン殿はいかが思われますか? 早急に手を打つべき事案かと我輩は感じているのだが?」
「…………興味は、ない」
「しかし、もしオリエンテールと争うことになったら」
「…………我らは、魔王。戦うべき時は戦えばいい」
「しかしそれでは!!」
「くどい」
仮面の魔王レイブン。
白い仮面に黒いマント。他はすべて謎の存在だ。
ヘルトパスクに紛れ込んだ冒険者や暗殺者などを束ねる裏家業の王。
七人衆という表の世界で有名な暗殺集団がヘマをしたため忙しいらしく、機嫌がすこぶる悪いようだ。
レイブンに暗殺を依頼するには国をひとつ差し出さなければならない。これは伝説とされているが事実である。
依頼を受けたら失敗はない。
それがレイブン。
表の世界の暗殺者がしたヘマを消すのもレイブンの配下の仕事である。
暗殺者を殺す暗殺者としてレイブンの勢力は恐れられている。
レイブンは無言で押し黙り、会話が終わってしまった。
グリフィンは諦めない。
いつものことなのだ。彼らが話を聞くことの方が少ない。
「グリフィン。詳しく聞きたいことがある」
「なんだスリザリ殿。我輩が知り得る情報ならばなんでも話そう」
グリフィンの話に興味を示したのは、魔王スリザリ。
闇から這い出た者の王とされる彼は、アンデッドである。
血が通わない蝋のような顔は微動だにしない。笑いも泣きもしない。誰も彼が感情を露にした所を見たことがない。
彼は丁寧にくすんだ金色の髪を櫛で整え、落ちくぼんだ目でじっとグリフィンを見つめる。
それだけで時間が止まったような感覚に陥るほどの威圧を感じるのだ。
戦闘能力は明らかに他の魔王よりも格上かと思われているが、勢力拡大には興味がない。
彼を信奉する者が形成した共同体を国とするならば、それだけでグリフィンの国の規模をしのぐカリスマがある。
不死の魔王。闇の帝王。越えた存在。いくつもの二つ名を持つ。
スリザリの顔つきから身分の高い人間の壮年男性のように見えるが、誰もがそうは思わない。
彼から感じるのは根元的な恐怖。
死に対する圧倒的な恐怖心だ。
グリフィンはスリザリの視線から逃げるようにしてうつむき、続ける。
「で、どんなことが気になる? 我輩はセツカ様の能力をすべて知っているわけではないので、希望の情報をお伝えできるかは疑問であるが」
「セツカとやらの能力は、『殺す』というスキルだと言ったな?」
「ああ。応用の利く万能な能力に思えたぞ。聖女の祝福とは違う体系の能力らしいが」
「ふははっ、ふはははっ……」
突然笑いだしたスリザリに、場の空気が凍りついた。
声に抑揚がない不気味な笑い声。
彼の血の通わない顔はまったく微動だにしていない。感情を露にすること事態が初めてだった。
「いや、すまない。おもしろいじゃないか。『殺す』スキルだなんて。かなりおもしろい冗談だとは思わないかね?」
スリザリの不気味な態度に、ハウフルは唖然とした顔で固まり、レイブンに至ってはマントの中の仕込み刀に手をかけていた。
それほどスリザリの様子は普段から考えて異常だった。
額に脂汗を浮かべたグリフィンは思わずスリザリにこう尋ねてしまう。
「いったい、何を考えているのだ?」
スリザリは少しだけ口角を上げ、不気味な笑みをつくり答えた。
「もちろん、戦争だよ。死は私の物だ。手を出した者には鉄槌を与えねば。それに、アリエルのことはニイミに聞いていたのでな。オリエンテールは我が陣営が落とす。貴様らは手出し無用だ」
視線で他の魔王を威圧し、席を立つスリザリ。
魔王の会議に実質的な意味はない。
意向確認が主で、特に四人が歩調を合わせるわけでもない。
スリザリは会場を後にした。
「あーあ。スリザリの奴ひとりでテンション上がってんじゃん。謎」
「…………帰る」
スリザリが帰るのを確認したハウフルとレイブンも、そそくさと会場を後にした。
ひとりグリフィンだけが残される。
グリフィンはぽつりとつぶやいた。
「やばい」
滝のような汗が顔を伝い、円卓のテーブルへと落ちる。
扉が開き、少女が二人グリフィンの元へとやってきた。
会議が終わったため入ってきたグリフィンの部下のドールαとドールβというおかっぱ頭の吸血鬼娘だ。
心配そうにグリフィンの様子をうかがう。
「魔王様だいじょうぶですかー?」
「魔王様、へいきですかー?」
「だいじょうぶじゃない。やばいやばい。スリザリのやつ戦争する気だ。我輩、セツカ様にこちらのことは任せてくださいって言っちゃった。どうしよう……ドールα、ドールβ。戦争になることセツカ様にばれたらどうなると思う?」
二人同時にうーんと唸り頭を傾けた吸血鬼の少女たちは、二人同時にポンと手を叩きこう言葉を放つ。
「魔王様セツカ様に怒られて死にますね!」
「魔王様セツカ様のスキルで殺されますね!」
「ぎゃぁあああやっぱり!? どうしよどうしよ!? 我輩どうしたらいいの?」
「わかりません!」
「知りません!」
「ぎゃあああやっべえぇーっ!?」
頭を抱えのたうち回る魔王グリフィン。
威厳もなにもあったものじゃないのだが、忠実な部下二人しか見ていないのでセーフだと本人は考えている。
(しかし、スリザリの言っていたニイミって誰だ? なんだか、召喚者のような名前の響きだな……ニイミ、ニイミニイミ……はて。まいっか)
「どうしましょう魔王様!?」
「いかかしましょう魔王様!?」
「あああもう漏らしたくないのだよ。我輩もう漏らしたくないのだよぉーっ!!」
魔王グリフィンはのたうち回る。
そしてセツカにとって最大に価値ある情報を忘れてしまったのである。
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