第31話 聖女の思惑を×そう!⑨

 不死者の心臓を得意げに持ち出した。

 聖女アリエル……いや、聖女の称号はスレイの先祖である救国の銀髪姫、聖女サリアナから奪ったものだったな。

 愚かな魔女アリエル。彼女は巨大な赤いルビーを頭上に掲げる。


「あははははっ!! これを使わせるなんて褒めてさしあげますよセツカ様。このアイテムは大事な大事なものなんです。本来ならあなたたちに使うのはもったいなすぎるのですが、私はここで止まるわけにはいかないんですよ!!」


 得意気に語る。

 100万のアンデッドを産み出せる召喚用の宝石。

 そんなものをこんな狭い王城で使えば、生きているものは全て蹂躙されてしまうだろう。

 しかし俺の心は冷静のまま表情をピクリとも動かすことをしなかった。

 魔女アリエルはそれが気に入らないらしい。


「どうして、どうしてそんなに涼しい顔をしているのです!? 状況がわからないのですか!? せっかく救いだしたクラスメイト様も、今こうして私がこのアイテムを使えば皆殺しにできるのです。私の勝ちは変わらないのですよ?」


「はぁ」


 馬鹿な女だな。

 あえて尋ねようと思う。


「スレイの両親を殺し、先祖の聖女サリアナを殺し、フローラを何千年も封印し、俺の静かな生活を脅かした。それについてどう思っているか聞きたい。反省はしているか?」


「反省なんかするわけないです。どう思っている? セツカ様、前も言いましたがあなたは甘いのです。殺されたり封印されるのは、そいつが甘かったからですよぉ。あなたが私に拷問されたのも甘かったから。だって、空気読んで最初から『殺す』スキル発動してれば私の下僕になれたじゃないですか? いちいち反抗してたんじゃ、大人の世界は生きていけませんねえ」


 アリエルは妖しく光る不死者の心臓をペロリと舐める。

 なるほどな、あの女の考えはよく理解できたよ。

 なら、お前に対して甘さは必要ないということで間違いないな。


「クズ女ポイントカードは満点だな? じゃあサービスで俺からプレゼントをあげないとな」


「あははっ。さっきからいったい何を言ってるんですか!? この宝石で形勢は逆転したんですよ、セツカ様?」


 宝石で形勢逆転、ねえ?


「使ってみろ」

 

「へ?」


 アホ顔してるなよ。

 ほら、早く使え。


「早くしろ。いつでもいいぞ?」


「は、はぁっ!? 使ったらみんな死ぬんですよ!?」


「いいから使え。言ったことも実行できない馬鹿なのか? 口ほどにもない女だな。やっぱり実力が伴わない聖女モドキか」


「きっ、貴様ぁっ!! 私はサリアナを殺して、あいつより優秀な聖女になったんだぁっ!! 召喚してやった若造の分際でぇっ!! 私にそんな口を聞いてただで済むと思うなっ!! もっと酷い拷問にかけてやる!!」


 おー怖い怖い。

 鬼ババアのような形相に変化するアリエルの顔。あれが本性なのだろう。


「お望み通り使ってやりますよ!! 偉大なる主スリザリ様のもとに権現したまえ!! ――不死者の心臓よ、闇より我が戦力を呼び出したまえ!!」


 なんか呪文のような言葉を詠唱したアリエルは高笑いを繰り返す。


「あはははっ!! もう御仕舞いですっ!! 皆殺しの饗宴が始まるのですっ!! あはははっ!!」


 真っ赤な宝石は眩く輝いた。

 …………。

 しかし。


「あれ?」


 はい。アホ顔いただきました。


「はへっ!? ど、どういう……なにこれ?」


 目の前に広がる光景にアリエルは長い髪を振り乱し、鼻水まで垂らして座り込んだ。

 超絶美少女とやらが台無しだなアリエル。


「これ、なんです?」


「ちくわだが?」


「違うっ!! どうして私が不死者の心臓を使ったら、こんなわけのわからないモノが出てきたか聞いてるんだっ!!」


「いや、久しぶりに日本の食材が食べたくなってな。思い付いたのがそれだった。100万本産み出せるぞ?」


「ちがうちがうっ!! ふざけるなっ!! どうしてアンデッドが出てこないっ!! なんで変な細長いものがこんなに出てくるんだっ!!」


 まあ、アリエルが理解できないのも無理はない。

 100万本はやりすぎたな。天井まで届くほど山盛りになってしまった。

 そう、俺はダンジョンでアリエルに不死者の心臓を奪われたとき、たった一度だけスキルを発動させていた。

 アリエルは外部にいたイシイに対し使ったと考えたみたいだが。

 実は『殺す』スキルで殺したのは、不死者の心臓の仕組み。

 100万のアンデッドを産み出す効果を殺し、100万本の『ちくわ』を産み出す効果に変更しておいた。

 なんでちくわかって? 適当です。


 つまりダンジョンで聖女に会った時点で、もう勝負はついていた。

 全てをこいつの口から引き出すためだけに、俺たちは茶番に付き合った。

 最初から聖女に勝ち目などなかったのだ。


 次々とちくわが召喚される宝石。アリエルは発狂してその宝石を投げ捨てる。


「この宝石は大事なものなんですよ? なんてことしてくれるんですかこのクソセツカぁ!! ふざけないでくださいよぉぉぉぉお!! もぉおおお殺す!! きぃええええっ!!」


 魔法を発動しようとするアリエル。

 だが、遅い。

 そんな攻撃は甘すぎる。


 ■――魔法の発動を『殺し』ます。無効化完了。


「くうっ!? 私の、大魔女であるこの私アリエルの魔法が発動をキャンセルさせられたっ!? ふざけないでくださいよセツカ様っ!! 死ねっ!!」


 懲りないな。もうお前の魔法はなにひとつ俺には通用しない。

 というか、最初から大した能力無いな。たぶん奪った聖女サリアナの能力が凄かっただけだな。こいつ自身の能力はマジで雑魚だ。


「私の為に動かないなら、皆死んでしまえばいいっ!! 私が聖女に一番ふさわしいんだ!! 馬鹿どもは死ねっ」


「はぁ。見苦しすぎて見てられない」


 反省の態度もない。

 犠牲者に謝罪もない。

 後悔の気持ちすら生まれない。

 

 ■――準備は完了しています。転送させますか?


 ああ、頼む俺のスキル。終わらせてくれ。


 ■――承知しました。『聖女』の皮を被った『魔女』を、作成した亜空間のダンジョンへ転送します。


「死ねっ、死ねっ……あれ、なんですかこの光は!? 転送? せ、セツカ様、私をどこに送ろうとしているのです?」


「自分の罪に聞いてみろ」


「マズイっ!? あ、あのー。ちょっと話し合いましょう。私もやりすぎました。でも、セツカ様の有用性を知っていたからこんなにこだわったのですよ? 待ってくださいよ、私、そんなに悪いことしました? 結構国のためになることもやってきたんですよ?」


「イシイたちと全く同じことを言うんだな。きっと仲良くやれるさ」


 ■――空間の壁を『殺し』ます。アリエルを転送。


「ちょまっ!? ごめんなさいごめんなさいあやまりますから…………きゃあっ!?」


「謝る相手は俺じゃないだろ? さよならだ」








 光に包まれたアリエルは消えた。

 王城の広間から突然いなくなった。


 あまりにあっけない最後。裏切りの偽聖女は、俺の能力で断罪された。


 レーネ、スレイ、フローラ、ミリアはその瞬間を見て安心し表情を緩め、駆け寄ってくる。

 彼女たちの可愛らしい笑顔に包まれ、やっと静かな生活を取り戻せる実感を得た。

 本当に良かった。スレイとフローラも、この結末に納得してくれたようだ。

 よしよしとみんなの頭を撫でる。

 天使のように美しい彼女たち。

 君たちが居たからやり遂げられたよ。

 やっぱり、この子たちとなら楽しく一緒に過ごしていけそうだ。

 ただしミリアはのぞく。


「アハハハァァーンなんでぇーっ!?!?」


 クラスメイトたち、王城の人間たちは確かにアリエルという支配者がその座を追われる瞬間を目の当たりにし、気が抜けたというか放心したような表情になっている。


 今まで支配されていて急に解放されたら、自分の立ち位置がよくわからなくなったのだ。


 しかし俺や女の子たちの喜ぶ姿を目にして、変わったことを受け入れ始める。

 もう、人を使い捨てるような王、他人を利用する聖女はこの国にいない。

 皆をいじめていたイシイたちもいない。


 これからは、自分たちで進む道を決めなければいけない。

 誰を踏み台にするでもなく、しっかりと自分の足を地面につけて。





 ■


 亜空間に飛ばされたアリエルがどうなったかは、俺しか知らない。

 あえて女の子たちやクラスメイトには話さなかった。共有する必要もないし、この罰の結末は俺が一人で背負うべきだ。

 アリエルは、俺のスキルが作成した小さなダンジョンで目が覚める。

 誰も知らない、誰も入れない、誰も出れない亜空のダンジョン。


「あれ、いったい私は? ここはどこですか? 王城から飛ばされたところまでは覚えているのですが……」


 暗いダンジョンの中、彼女は歩き始める。

 洞窟のような壁面、じめじめした嫌な雰囲気。

 しばらく歩くと、アリエルは小さな気配に気がつく。


「ゴブリン……ですか。下等なモンスターです。近寄らないでくださいな」


「げぎゃっ、おで、がねう、げっ、ぢ」


「死ね!!」


 アリエルは初級の魔法でゴブリンを殺す。

 このダンジョンの出口はいったいどこにあるのだろう?

 とにかく壁沿いに進めばあるいは。

 淡い希望をもって彼女は進む。


「ぎぎっ、っみが、みで、ずっ」


「うっとうしい。いくら出てもゴブリンごときにはやられません」


 アリエルはゴブリンを殺す。

 そして先に進む。

 同じような風景なので、進んでいるのか戻っているのかわからなくなってくる。

 息苦しさを感じる。呼吸が苦しい。不安、焦燥。

 そしてまた、ゴブリンに出会う。


「いじ……げぎゃっいだ。だず……げで」


「邪魔です!! 死ね!!」


 迷いなく魔法で丸焼きにする。

 問題なく殺せた。

 アリエルは先に進む。


「ど、どうして!? さっきと同じゴブリンなの?」


「げぎゃっ、げぎゃっ」

「ぎぎっ」

「ぐふっ、ききっ」


「いくら私でも、もう魔力が……」


 いくらでもリスポーンしてくる三匹のゴブリン。

 アリエルは逃げる。

 走って、走って走って。

 やっと撒いたと思ったら、ゴブリンたちは道の先から現れた。

 どうして? なんで先回りなんてできるの?

 アリエルは気付かない。

 このダンジョンはとても小さく出口は最初からない。

 まるでハムスターが走って回す車。出ることは叶わない。


「い、いや……近寄らないで、お願い。なんでもするから、近くに来ないでよ」


 アリエルは疲れはて、地面に倒れ込み動けない。

 ゴブリンたちはアリエルの服を乱暴に剥ぎ取った。

 露になった白い肌に興奮を隠せない三匹のゴブリンたち。

 アリエルは久しくなかった感情に驚く。これは恐怖だ。


「やだ、そんなのやだ。私は聖女なんだっ!! こんな汚い奴らに……来るなっ、くるなぁぁっ」


 ゴブリンは華奢なアリエルの身体に覆い被さる。

 強引に足を抑えられ、開かれる。アリエルは恐怖と羞恥に涙を浮かべる。

 3000年以上も生きてきて、下等なゴブリンに捕らえられ自由が利かなくなっている。

 聖女として最大の屈辱。魔女として最高の恥。

 しかし、セツカ様は甘いお人だ。

 謝れば許してくれるだろう。そう考えてアリエルはこう叫んだ。


「は、反省しました!! もう絶対にしません!! だからこれだけは……これだけは許してくださいませんかセツカ様!! 私、聖女として神聖な身体を誇りに思ってきました。ゴブリンにだけは……絶対に嫌です。迷惑をかけた皆さんには謝りますから、どうか許してはもらえないでしょうか?」


 そうすると、俺のスキルが発動する。

 ■――心理障壁を『殺し』ます。本心を語らせます。


「バァーカ。ここさえ助かればあとはどうとでもなんだよクソセツカ。聖女? 男となんて何回もヤったわ。こんなゴブリンとは死んでもごめんだけどねえ。やれやれ、クソセツカも男だからな。ちょっと泣いてみせれば許してくれるでしょ? 戦力整えたらセツカの周りから攻めてやりますよ。ムカつく幼女を拷問して殺してやる……はっ!?」


 ゴブリンたちが一斉に襲いかかる。


「いやぁぁあぁっ!! やめてっ。私は……聖女なんだぞっ。クソっ……こんな、うわぁああぁ。うぐぅ」


 そうして意識を失ったアリエルは、気がつくとまたダンジョンの中で立っている。


「はっ!? ど、どうして? 死んだはずじゃ?」


 リスポーンし続けるアリエルとゴブリンたち。

 彼らが自らの罪を受け入れ反省する時は来るのだろうか?

 その時が罰から解放されるときなのだが。


「いやぁぁぁああ!! 来ないでっ、私に触らないでぇっ。私は何も悪くないっ!!」


 当分、それは訪れないようだな。  

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