第16話 裏切りの商人を×そう!
玄関に佇む男は、疲れきった声で俺の名を呼んだ。
しかしそれは可笑しなことである。この場所はフローラの『
「ねえ、開けなさいよ。剣鬼のミリアが来てやったわよ?」
馬鹿女の声がした。
はあ。
お前かよ。きっとミリアが連れてきてしまったんだな。
S級冒険者かなんだか知らないが、精霊神の魔法をすりぬけてここまでやって来るのは褒めてやるぞ。
つーかどうやってこの場所を嗅ぎ付けるんだ? フローラの魔法はしっかり作動しているし、怖いんだけど。
内鍵を二重に閉めてっと。
「帰れ」
「ハハハァァァーン!! 開けて開けてぇ!! 事情があるみたいなの! 聞いてあげてよぉ!!」
うるさいので仕方なく中に案内する。
扉の前に立っていたのはミリアと、見知らぬ若い男であった。
ミリアは勝手に家の中へと入り込み、我が物顔で来客用の椅子へと座る。あのな、ここはお前の家じゃないぞ?
もう一人、申し訳なさそうにする男は若く、二十代前半といったところか。
商業ギルドのメンバーで、サムズという名前らしい。
彼は部屋に入ると同時に俺に対し深く頭を下げた。
「申し訳ございませんでした!! セツカ様、先のことがあり商人ギルドへの不信感を募らせているとは存じます。どうか、私の命でこの件を水に流してはいただけないでしょうか……全ては私の欲から出た独断。冒険者ギルドへ出したセツカ様の身辺調査依頼は、商人ギルドの他メンバーは関与していない事柄だったのです。どうか、どうか」
「待て、落ち着け。とりあえず椅子に座れ」
「私が悪かったのです……金が必要だったのです。貴族につくった借金でどうしても大金が必要で……私がやったことは商人として最低の行為です。セツカ様の工場を発見したら、その技術を盗んで売りさばこうと考えていました。しかし……独断だったのです。どうか私の命で今回のことは水に流していただければと。そして今後も商人ギルドとのお取引を続けてくださればと考えてここに参りました」
■――スキル発動。嘘を『殺し』ます。該当なし。本心で語っています。
■――スキル発動。心理障壁を『殺し』ます。サムズの心の中を閲覧しますか?
「……お茶を頼むレーネ。スレイとフローラは茶菓子を」
「はい、ご主人様!!」
「わかりしたセツカ様!!」
「すぐにお持ちしますですぅ!!」
興奮した様子のサムズは床に頭をつけている。
ミリアはよしよしとサムズの背中をさすってやっているみたいだが、サムズは泣きながら鼻水をすすっている有様だ。
てとてとお茶を淹れに入った女の子たちの姿を確認して、俺はこう告げた。
「甘すぎるんじゃないか? お前の命を貰って何の価値になる? それが商人のすることか?」
「はい……しかし、私には支払えるものがこれしかなく」
「この教会には見ての通り、小さな女の子たちがいる。お前がやったのは商売のパートナーを裏切る行為だ。それは時に取り返しがつかない失敗につながる。意味はわかるな?」
俺が言いたいのは、あの子たちに危害が及ぶ可能性もあったということだ。
サムズは教会の中を見回し、申し訳なさそうな表情をした。
「はい、おっしゃるとおりでございます。しかし……」
「貴族に借金をしていると言ったな。大方、病気の親がいるのだろう? そのために焦る気持ちはわかるが、見ての通りここには何もない。俺はお前ら商人ギルドを信頼していたんだがな」
「な、なぜそこまで……ハッ!?」
サムズの心はスキルで覗いた。嘘を言えばわかる。
口を抑え固まるサムズに、俺はこう告げる。
「それは無責任だぞ。病気の親にとっても、商人ギルドにとっても、俺に対してもだ」
「ねえセツカ。それは言いすぎなんじゃ……だってこの人、親が病気だから!!」
「またドラゴンスレイブを折り紙にされたくなければ黙ってろミリア。ぺらぺらにするぞ?」
「アハハハァァァーーン!! あたしのドラゴンスレイブの傷、ちくちくほじくってくるぅぅぅ!!」
サムズはうなだれ、考え込んでしまった。
やがて女の子たちがお茶と茶菓子を持ってくる。
レーネが淹れたお茶を飲み、一息ついたサムズはすこし落ち着いたみたいだ。
「私がいけなかったのです。バイツァー家などに金を無心するなど、どんな商人であっても悪手であるとわかるはずなのに……それでも、担保もなしで貸してくれるような知り合いももうおらず。私はもう借金で沈みます。あとはバイツァー家ボブリス伯爵の奴隷になるか、母親と心中する他ないでしょう」
ガシャン。
大人しく話を聞いていたレーネが、ティーポットを取り落とした。
「レーネ、大丈夫か!?」
「え、ええご主人様、だ、大丈夫、だいじょうぶ、だいじょうぶです……うううぅ」
「そんなに震えて……スレイ、フローラ。頼んでもいいか?」
「わかりましたセツカ様。こちらはお任せください。レーネをお願いいたします」
「お客様、今日のお茶菓子はちーずけーきです。セツカちゃんがつくった絶品ですよぉ」
レーネを抱き上げ、寝室へ連れて行った。
「ご主人様、ご主人様ぁ。わたし、もう戻りたくない。はくしゃくのところはいやだ」
「いい。何も怖いことはない。ずっと抱いていてやるから、目を閉じていろ」
何かを思い出しすっかりおびえてしまっているな。
きっとサムズの話の中にあったボブリス伯爵。あれはレーネの元主人なのだろう。
彼女の異常に怯えた反応から察するに、そうとしか考えられなかった。
震えが収まるまで抱いてやる。優しく抱き締めると、レーネは安心して体をゆだねてくれた。
「あぁ、ご主人様……」
眠ってしまったみたいだ。
やがて応接室へと戻ると、やや打ち解けた様子の客人と女の子たちが話を進めていた。
サムズは腕を組みながら深刻そうな顔をしている。
「ボブリス伯爵の悪い噂は有名です。彼女ももしかしたら被害者の一人なのかもしれませんね……」
「レーネは強い子ですよ。伯爵がどんな人間でも、きっと歯牙にかけない女の子に成長します」
俺は話に戻ることにした。
結局、サムズが言いたかったのは自分の命で商人ギルドを許してくれということか。
ボブリス伯爵に借金を返すために命まで差し出すのか、愚かだな。
「お前が死んだら母親はどうするんだ? それを聞いておきたい。サムズ」
「……わかりません。でも、私は私の大切な人に一瞬でも長く生きていて欲しいんです。そのためだったら大好きな商売だって辞めるし、泥棒だってなんだってすると誓いました。ですから、私の命でセツカ様がご納得いただけるなら、と」
「……ちっ」
思わず俺は舌打ちをしてしまった。
純粋な目をしている。しかし。こういう奴ほど上手く生きられないのが世の中の仕組みだ。
面倒ごとを持ち込んでくるタイプも、決まってずる賢い奴ではなくこういう根が真面目で、どうしようもなくなってから人に相談するような人間なのだから。
「断る」
「……そう、ですか」
サムズは立ち上がり、深く頭を下げた。
しかし、やや晴れた表情をしているようだ。
「私は、セツカ様を勘違いしておりました。失礼ですが、特別な製造法を秘匿して利益を独占する悪徳商人のような方を想像していたのですが、もっとこう、人間としてのランクが違いましたね。お話できただけで幸せです。私に全ての非があることなのにお時間を割いていただきありがとうございました」
「何を勘違いしている?」
「はっ……?」
「何を勝手に帰ろうとしていると言っているんだ。商人お得意の商談はこれからだろう。俺はお前を『殺す』のを断った。ここから先はビジネスの話だ。席に戻れ。お前に頼みたいことがある」
呆けた顔で席に戻るサムズ。俺は話を続ける。
「今回、商人ギルドとの関係を戻すとの話だが、あれは保留だな。そもそも俺は関係が増えることを望んでいないから、信頼できる人間が少数いればいいんだ。そしてお前がこの場所の捜索を冒険者ギルドへと依頼した件だが、そうだな。わかりやすく罰金として金貨50枚でどうだ?」
「金貨ごじゅっ……わ、わかりました。安いものです。セツカ様が被ったであろうご迷惑をお考えすればかなりご配慮を受けた金額であると考えることができます」
「よし。では、俺からの依頼だ。お前が調べられる限りのボブリス伯爵の情報。これを買う。金貨350枚だ。これでお前は自由に動けるだろう?」
「なっ……どうして!? 私の借金の額を知っておられるのですか? ハッ?」
青ざめつつも興奮した様子のサムズ。
色々と俺の力に気付いたらしいな。
「わ、わかりました。承知いたしましたセツカ様。あなたは恐ろしい。私が生きているのが不思議だ。これほどまで底知れぬお方だとは。私の数々の無礼をどうかお許しください、どうか……」
「いい。俺が望むことはもう理解出来ているな? お前もなかなかしたたかだが、命を懸けるならもっと大きな魚を得られる時にすべきかな」
「……はい。仰るとおりに、心得ました」
商談はまとまった。
帰り際に、俺の耳元でミリアはこんなことを口走る。
「でも、意外と優しいのねセツカ。あたしったら、てっきり追い出すのかと思っちゃった」
「馬鹿を言うな。こっちはまんまと承諾させられたんだよ。あいつ知ってか知らずか、俺の苦手なポイントをついてきやがる。しかも本心で言ってるときた。自分の命で商談するとは恐ろしい男だ。なんていう奴を連れてくるんだお前は?」
「レーネちゃんのためにボブリス伯爵を調べるんでしょ? あたしも協力するわよ?」
「そうか。じゃあちょっとお前の剣を見せてみろ」
「えっ、見たい!? 新しく買ったドラゴンスレイブⅡなんだから!! すごいのよホラ、今度のはニューモデルなんだから……アァァアアアハハハァーーンぐにゃぐにゃになっちゃったぁーー!?」
いつの間にかミリアも俺を呼び捨てにしてるし一体なんなんだ。
しかし、レーネが怯えるボブリス伯爵の件は調べておくべきだと決心した。
彼女の危険を殺すのは俺の役目なのだから。
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