第10話 神殺しを×そう!
テーブルに新しいお茶を出してやると、ミリアとペニーワイズはそれに口をつける。
ほっとリラックスしたような表情になり、やや緊張した面持ちが崩れた。
「このお茶すごくおいしいわね!? 淹れてくれてあの、あ、ありがと」
「お茶菓子もとてもおいしいですーありがとうございますー」
うるさいミリアと、ニコニコ笑うペニーワイズが一息ついた。
さて、話してもらおう。
…………。
一通り彼女たちの話を聞き終わり。
ペニーワイズが何を言いたいかをまとめれば、冒険者ギルドとして俺との関係性を構築したいとのことだった。
今回、商人ギルドは俺との約束を破り、俺の住む場所を冒険者ギルドに依頼という形で確かめさせようとし、おびやかし弓を引いた形になる。
冒険者ギルドは商人ギルドには味方せず、俺のほうに協力します。という意思表示だな。
ペニーワイズはニコリと微笑むと、大きく開いた胸元から何かを取り出した。
書簡か?
彼女はテーブルの上にそれを広げてみせる。
・冒険者ギルドはセツカ様に対し害をなす行為を一切行わず、冒険者達にそれを全て禁じます。
・冒険者ギルドはセツカ様の要請で即座にそれに従います。
・冒険者ギルドはセツカ様の不利になる情報の一切を見逃さず、見つけ次第報告します。
・冒険者ギルドメンバーは緊急時以外には『深淵の森』には立ち入りません。
・冒険者ギルドはセツカ様とその周囲のものに対する攻撃の一切を禁止します。
・冒険者ギルドはセツカ様との関係構築の見返りにレッドアイズメンバー・剣鬼ミリアを配偶者として即座に差し出します。
ペニーワイズが懐から取り出した書簡にはこう記されていた。
わざわざ条文にしてギルドの実力者の血判つきらしい。
こんなもの別に必要ないのだが……。
しかし、俺の不利になる条件は一つもないということか。ん?
配偶者としてミリアを差し出す? ミリアと結婚しろということか?
それは見返りというより罰ゲームだな。
絶対に断る。NOだ。
ペニーワイズは俺の手をつかみ、さすりながらこう言ってくる。
こそばゆいからやめてほしいのだが。
「こちらにはセツカ様とお知り合いになっておくことにメリットしかありませんー。それとSクラス冒険者相当のギルドパスをつけますー。これによりギルドで自由に活動ができますー。あと換金手数料の無料化でいかがですかー?」
「ひとつだけ不必要な条文があるな。最後のやつは無しだ。それさえクリアしてくれればこちらは問題ない」
「あら。ごめんよミリアー。お母さんがんばったけど無理だったー」
「ちがっ、違うからっ。別にセツカのお嫁さんになんかならなくても……でもあなたがどうしてもと言うなら、あたしだって考えてないこともないんだぞ!? わたし、こう見えて料理とかけっこう得意だぞ?」
「いや、どうしても嫌だが?」
「アハハァァァンお母さぁーん!!」
うるさいミリアはギルドの時のように泣き叫んだのだった。
というわけで冒険者ギルドとの話はついた。
同盟とか関係構築とかは面倒だが、今回は森が荒されている。
どうして森がこんな様子なのかわかったのだから、情報をくれた彼女たちには素直に感謝をしないといけないな。
ミリアは帰りぎわ、大人しく話を聞いていたレーネに対しこう言った。
「……この前は殴ってごめんなさい。レーネちゃんと言ったね。あたし、捨て子だったの。だけどお母さんに拾われて今は冒険者やってる。あたしが間違っていたわ。なんだか、嫉妬しちゃったのかも。あなたが不思議と満たされた顔をしていたから」
「はい。わたしも過ぎたことばでした。昔はそうやって何回も叩かれたのに……でも、ご主人様はちがう。ご主人様は絶対に叩かない。あなたにお母さんがいるように、わたしには大切なご主人様がいますから。だから私は満たされています」
レーネの言葉に、はっとしたような顔をするミリア。
「……肝に銘じるわ。ふふ、あなたの方がずっと大人のようね」
「はいっ。はやくおとなになりたいです!」
ミリアとレーネはお互いに笑いあった。
きちんとミリアの謝罪を受け入れてやるレーネは本当に大人だ。
レーネの精神的成長をうれしく思う。
ステータスだけでなく、心もしっかり育っているようだな。
「それじゃ帰るぞ。本当に帰っちゃうぞ? 何かあたしに変化はないか? あたしの見た目にこの前と違う部分はないのかっ?」
早く帰れよミリア。
背中を押すようにして家から追い出す。
なんだ変化って、しいて言えば……。
「前よりはマシになったみたいだな」
「わ、わかるか……!? 一目であたしが髪の毛を切ったことを気付くなんて。なんて奴だ。あたしのことをそんなに気にかけているのか! やはりあたしの目にくるいはなかったか!」
「はいはいーそろそろいくわよミリアーお邪魔しましたー。では、ぜひぜひよしなにー」
いや、前はざんばらで今はしっかりキューティクルされてるから馬鹿でもわかるぞ?
やっと家の外に追い出した。二人は冒険者ギルドへと帰るみたいだな。
あんな感じでも、深淵の森を歩いて通過できるかなりの実力者なのが不思議でたまらない。
一般人が通ったらモンスターに食い殺されるから誰も近づかない場所なんだが……。
さて、俺たちはやれやれと顔を見合わせる。
「とてもさわがしいおかたでした。でも、わたしはミリアさんと話してなんだかすっきりしました。ミリアさんのようにご主人様のすごさに気がつく人が出てくるのはしぜんなながれです。冒険者のかたがあんなに腰をひくくするのをはじめてみました。ご主人様すごいです!」
「セツカ様さすがです。これで冒険者ギルドへの対策は考えなくてよくなりましたね! 私も条文の内容を確認しましたが、王族として意見を述べさせて頂くと、あの条文ほどこちらに有利な条件を引き出せる人間はセツカ様しかいないでしょう。かの高名な魔法使いペニーワイズ様ほどの賢き人をああまで手玉にとるなんてかっこよすぎます!」
「今回はあちらから役立つ情報をくれたからな。ペニーワイズが言いたかったのは、『冒険者ギルドは今回の件には関わっていません』という意思表示もある。俺の攻撃対象から外れるためにこうして、いの一番に接触してきたわけだ」
「はうう、そんな高度な考えでさきほどの会話が行われていたんですね。わたし、たのしくお茶をのんで全てがけっていしたようにみえていました。ご主人様~」
「国をあずかる立場であった私も全ては気がつきませんでした。賢き方の交渉はときに一般とは次元が違いすぎて入り込めないことがあると聞きます。セツカ様の出したお茶や茶菓子にもそういった意図があった可能性が……レベルがたかすぎて私には気づけませんでした。くやしいですセツカ様」
「まあ、いい条件を引き出すには相手をリラックスさせるのは常套手段だ。今回は普通に出しただけだよ。みんな買いかぶりだ」
「すごすぎですご主人様~だっこしてください~! ……ミリア様と結婚しないですよね?」
「謙虚でかっこいいですセツカ様~! 私も、私も! 配偶者は足りていますよね? ね?」
というわけで。
なんだろうな。ミリアが帰ってからレーネとスレイがやたら甘えてくるな。
ミリアと結婚するかどうか聞いてくるが、するわけない。
二人を抱きかかえてやると、キャッキャと喜んで頬をよせくっついてくるのである。
頭はいいがやっぱりまだ子供だな。可愛らしい子たちだ。
ここは森の中。
家の外に出た俺たちは森の生命力の流れの仕組みの理解を一部『殺し』、つかえている場所の特定をする。
なるほどな、森の中心部あたりに邪悪な気が集まっているということか。
これまではその気を森の神様とやらが抑えてくれていた。
深淵の森は危険な魔物が多いが、自然豊かで静かなので過ごしやすい。
そんな最高の場所をぶちこわしにしてくれる奴がいるとはな。
さっさと元に戻したい。
俺はスキルに問う。
■――可能です。神殺しの結果を『殺し』ますか?
「やってくれ」
とたんに光に包まれる森の中。
気がつくと腕の中には、
「ほえ?」
「わわっ、ご主人様が女の子をつくった!? いったいどうやって!? きれいなひと……どうしよう、どうしよう」
「ええっ!? セツカ様、それはさすがにスレイ予想外です。無から腕の中に女の人を創り出すのはエントロピーの法則に反していますよぉ!! はぁ、しかもめちゃめちゃ可愛い女の人ですし~!」
可愛らしい女の子が収まっていたのである。
尖った耳がくすぐったそうにピクリと動く。エルフのような姿だ。
淡い碧のふわふわした髪が特徴的で、その清純な気配から一目で只者ではないと感じ取れる。
「あ、あのっ……お、重く、ないです、か? って、ええっ!?」
「軽いぞ?」
お姫様だっこされている状況に、彼女は理解がついていってないらしい。
身長や顔の幼さからすればレーネやスレイと同年代にも見えるのだが……。
胸のサイズがとびきり大きくまるでスイカみたいだ。
さすがは神族。常人には考えつかないほど飛びぬけて美しい少女である。
神秘的な白いベールに包まれた彼女は、淡く頬を染めてこちらを見上げていた。
「うぅ、ふーちゃんは死んだはずなのではぁ?」
と、ぱちくり瞬きを繰り返していたので俺は簡単に説明する。
「お前が殺された運命を『殺して』やったぞ。どうやら完全には消え去っていなかったみたいだから間に合ったみたいだな。場所が無かったので俺の腕の中に身体を再構築させてもらった。さあ、事情を話してもらおうか?」
「え!? 死んだ精霊神を殺したんですか!? そうすると精霊神って生き返るんですか!? 精霊神のふーちゃん初耳なんですけど!?」
かなり動揺しているな。
肩を抱く力をぎゅっと強めてやると、女の子は安心したように強張った頬を緩める。
「あっ、手があったかい。ほんとに生き返ったんですね……」
女の子はゆっくりと語り出した。
「えっと。ふーちゃんはフローラといいます。いちおう森の精霊神なんです。ずっとずっと昔にこの場所にあふれだす呪いを抑えるために、いけにえにされて封印されたエルフだったのですぅ。3000年はここに封じられていたでしょうか。邪悪な呪いを抑えて、森をあるべき姿にする役目があるんですよぉ。あと、最近のエルフたちが信仰している神様でもありますぅ」
本物の神が登場か。
見た目は可愛らしい女の子だ。
感触とかも、柔らかく肌の暖かみもある。
「あ、あのっ……ちょっ、くすぐったいですっ」
「あ、悪いな」
「いえ、なにせ人に触れられるのが3000年ぶりなので、ふぅ……っ」
「死んだはず、と言っていたな。何があったんだ?」
「ああそうだった!! 大変なのですぅ。召喚勇者と呼ばれる人間たちが森の中心に入ってきたんですぅ。そしたら、私の存在に気がついた方がいて……たしかイシイと呼ばれていました。彼が私に強引に契約を迫ったんですぅ。でも森を守るために封じられている身ですし、嫌だったので拒否したらこんなことに。神と契約すると大きな力が手に入りますが、普通は神が認めた相手じゃないとできないですぅ。でもイシイという方は強引に迫ってきたので、ホントウにホントウに嫌で……必死に逃げようとしたら、その場から離れてしまい封じられている魔力にあてられて死んでしまったのですぅ」
イシイの奴とんでもないな。
勝手に森の中に入っただけでは飽き足らず、精霊神にまで迷惑かけて殺すとは最低な奴だ。
ということは、森の様子がおかしいのはイシイのせいで間違いないな。
「助かりましたぁ。これでまた役目を果たすことができますぅ」
「役目?」
「ええ。ふーちゃんが森を封印しないと、呪いがあふれだしてしまうですぅ。これは、3000年前からのきまりですぅ」
「お前がたった一人で、この森の呪いとやらを引き受けてきたのか?」
このフローラという娘が封印に戻れば森の様子が収まるという話なのか。
しかし、ということはせっかく封印の外に出ている状態のフローラをわざわざ封印に戻さなければいけないということか?
なんかそれ、すごく気持ち悪いな。
いけにえにされたエルフって言ってたし、この女の子は自分から封印されたわけじゃないのだろう。
それで3000年もがんばってきたというのか?
「よかったですぅ。これでふーちゃんが封印に戻れば、森はまた静かに戻りますぅ。すこしだけ辛かったけど、この呪いを引き受けるために3000年頑張ってきたですぅ。ありがとうございましたセツカちゃん。森の奥に戻りますね」
「待て。すこし落ち着け」
「いえ。私が戻らないと、森はどんどん悪化していきますぅ。静かで綺麗な森が好きなので、私、頑張るですよ? いいんです。ふーちゃんが森でひとりぼっちに耐えるだけで、この森はずっと幸せなまま暮らせます。ふーちゃんいけにえですから、役目を果たさないと、ね?」
なんだそれ?
この女の子はひとりぼっちで封印に戻る気でいる。
健気に明るい声を出して、平気なふりをして。
ふざけんな。じゃあなんでそんな顔をしている。
決意をはらんだフローラは泣きそうな心で必死に笑顔をこしらえているように思えた。
そんな幼く華奢な身体で呪いを一身に受けてきたというのだろうか。
3000年も? 他人の都合で?
そしてその地獄に、自分からもう一度戻ろうとしてるっていうのか?
想像もつかないし、納得できないな。
俺のスキル、できるか?
■――可能です。精霊神フローラを復活させたことにより呪いの仕組みを『殺し』ています。
……人―神 間の抵抗『殺し』ました。
……人―神 間の障害『殺し』ました。
森の封印の完全回復を確認。コピーし強化、張りなおします。
森の呪い――指向性を『殺し』ました。
術者へのリバウンドを確認。
リバウンド位置……オリエンテール王城。
呪いの総量……3000年分。
深淵の森全体が光に包まれる。
「ふえっ!?!? え、えええええっ!? なんか急に、呪い……なくなりました!?」
やれやれ。
フローラは完全に動揺して腕のなかでじたばた暴れている。
俺のスキルで、森の呪いまで解呪出来てしまったみたいだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます