第9話 不穏な報せを×しよう!
矢で攻撃されるというハプニングはあったが。
レーネとスレイ、二人とも無事なので問題はない。
しかし彼女たちのステータスはすごかった。
まさか幼女が世界有数の戦力になっているなんて誰も思わないだろうな。
「この木がよさそうだな」
森にはステータスを確認するためだけにきたわけじゃない。
商品を作るために木を切り出しにやってきたのだった。
適当なサイズの大木を『殺す』スキルを使って加工する。バラバラといくつかの木片に切り分けられる大木。
そうして地面に転がった木片を、俺はかたっぱしから集めた。
迷宮尺皮袋とやらを使用してみる。これは魔王グリフィンが置いていったやつだな。
「おっ、すごいな。物体の大きさにかかわらず入れられるのか。不思議だ」
「どんどん入りますねご主人様!」
「魔法空間でしょうか。ずいぶんと中が広い、位の高い魔法道具に思えます」
レーネとスレイも興味深そうに眺めてくる。
なるほど、どんな大きさの物体でもこうして中に入れられるわけだな。
ぽんぽんと木材を放り込む。
手を中に入れてみると……?
ほう、取りたいものをいつでも取り出せるのか。
木材をすべて回収し、家路へとついた。
「ご主人様、これはなんですか~?」
「見た事のないカタチです。いったい何に使う道具なのですか?」
家に帰ってきて、木材を加工する。
早速、二人は俺の手元にあるものに興味を持ち始めたみたいだな。
俺のスキルを使うと乾燥の手間を省けるのが本当に楽だ。
さらに、その辺の木を伐採してきても高級木材のような仕上がりになるのは、木の細胞壁を丁度よく『殺して』やっているからだろう。
ある程度の手間はかかるが、物凄いすべらかな手触りになる。
よし、これなら子供が触ってもトゲトゲしていないし平気だな。
目をキラキラさせているレーネとスレイに対し、俺はその正体を教えてやる。
「これは木の知育玩具ブロックさ」
「ぶろっく?」
「聞いた事もない響きです。玩具ということから、これをつかって遊べるのでしょうか?」
「ああ。色々な形があるだろう? これを想像にまかせて自由に組み合わせ遊ぶおもちゃさ。どうだい、やってみるか?」
「す、すごくおもしろそう……やりたいですご主人様!! わたしつくってみたい! ぶろっくやりたい!!」
「私も、私もやります! こんなのずるいです。ブロックでなんでも創れちゃうじゃないですか! セツカ様、神の所業ですよ」
「よし、じゃあみんなでやってみよう」
完成したブロックを使い、俺たちは自由につくってみることにした。
ブロックを組み立てる間、しんと沈黙が家の中を支配している。
聴こえるのは木を熱心に組み合わせる音だけだ。
やれやれ、二人とも真剣に作ってるみたいだな。
……俺もやってみるか。
最初に完成させたのは、レーネだ。
「できましたご主人様! これはわるいオークをこらしめるご主人様のすがたをつくりました」
「すごいな! 初めてブロックを触ってそこまで作れるのは相当すごいぞレーネ」
「えへへ、えへへ!! ぶろっくたのしい!」
スレイもすぐに完成させた。
「私もできましたセツカ様。七人衆と闘うセツカ様です」
「すごっ。躍動感がやばいな。七人衆が七人いないけど?」
「一人は家の中です」
二人ともすごすぎる。
まさかブロックで人物をつくるとは思わなかった。
スレイにいたっては七人もつくったからな。しかも全員特徴を捉えている。
今からこんなに賢かったら将来が楽しみで仕方ないな。
ここまで喜んでくれるとは、ブロックを作ってみて良かったな。
子供たちの反応がいいから本格的に生産してみてもいいか。
「ご主人様はなにをつくったのですか?」
「セツカ様はどんなものを~?」
と二人が覗き込んできたので俺は恥ずかしかったが、しかたなく作品を二人に見せた。
「東京駅さ」
「とうきょう……」
「えき……」
「ごめんな、二人にくらべたら創造性にかけるな」
ちょっと恥ずかしいな。
俺は作品を隠そうとする。
「す、すごい。な、なんてこと。ご主人様はとうきょうえきというダンジョンをブロックでつくってしまわれたのですか? あまりにもうつくしかったので、ことばをうしなってしまいました。れんがをひょうげんした、このたてものがすごくきれい!!」
「はぁぁ……こんなに緻密で細密なつくりを木のブロックで!? 地下まであるのですか!? なんて壮麗で絢爛なのでしょう。セツカ様はやはり恐ろしい実力をお隠しになられています。いつかはその一端でもスレイに理解できるでしょうか?」
「それほどでもないよ。こんなのみんな作れるさ」
というわけで楽しんだ俺たちは、街にある商人の寄り合い『商人ギルド』にこの話を持ち込んだ。
商人ギルドは、冒険者ギルドの近くにある。
鑑定などはこっちでもやっているらしいが、どっちかというと素材よりは工芸品を取り扱うらしい。
そんな商人ギルドに木のブロック玩具について持ち込んだ。
話を聞いてくれたのは、複数の商人たち。年長者から若い者までくだけた雰囲気ではあった。
丁重にもてなされ、製品の話を聞いてもらえたまでは良かったのだが。
案の定、製法を売って欲しいという話まで飛躍した。
どうやったら、このような高級木材のような手触りの玩具を作れるのかという疑問が浮かんだらしい。
しかしこのブロックの手触り材質は俺のスキルでないと完成しないのだ。
その製法を売る話は丁重にお断りした。
商人ギルドに求めるのは、安全な販売ルート。
やや高めの手数料を取られてもいいから、余計な詮索なしで木製のブロック玩具を委託販売する交渉をした。
結果として、ブロックひとかたまり金貨三枚での買い取りという話になった。
あとは買い取った商人ギルドが勝手に売ってくれる。
材料は適当な木だし、やろうと思えばスキルの自動運転で大量生産できるが。
細々と生産して暮らせればいいのだ。
たまにこうやって、日銭を稼がせてもらおう。
こうして、俺たちの静かな生活の安定基盤がまとまった。
はずだった。
「最近森の様子がおかしくないか?」
商人ギルドとの交渉を終え、何日か経て。
必要な分だけの仕事を続けながらレーネとスレイ、二人と楽しく暮らしていた俺であった。
しかし、森の様子がおかしいのだ。
おどろおどろしい暗い色の霧がわきだし、見るからに不自然だ。
まるで死に向かっているような、殺伐とした気配が森に漂っている。
ブロックのために木を切りすぎたかと思ったが、たった二、三本の木を伐っただけではさすがに森は死なないだろう。
レーネとスレイも、何か感じ取って怯えているようだ。
家の窓から顔を出し不安な様子をみせる。
「はい。森がないているようにかんじます。ご主人様……これは、どうしたのでしょうか?」
「おかしいです。動物たちも最近見かけません。一体何が起きているのでしょうか?」
そういった森の様子を疑問に感じていると、玄関のドアが叩かれる。
来訪者はかなり珍しい。そもそもこの場所を知る者が少ないはずだ。
「たのもー。ここがセツカ様の住居だとお聞きしていますのですがー?」
女の声だ。
玄関へと向かい様子をうかがうと、二人組が立っているようだ。
何者だ?
どうやってここを突き止めたのか聞かなければ。
それに何の目的か問いただす必要がある。
幸い敵意はない様子だが……。
女の一人はいきなり、大声を発した。
「レッドアイズの剣鬼ミリアだぞ。開けなさいよね?」
うわ……。
絶対あけないようにレーネとスレイに言いつけないとな。
内鍵を二重にかけておこう。
……ガチャリ。
「ウァァァン入れてください! 外が不気味なんですぅ! 入れてくださいアハハァァァン!」
うっさいなあ。
家の外で剣鬼さんが泣き始めたので、仕方なしに扉を開けてやる。
それに、俺の予想が正しければこいつらは森の様子について何か知っているはずだ。
扉を開けると、以前よりもすこし小綺麗になった剣鬼ミリアと見た事のない黒いとんがり帽子をかぶった女が立っていた。
ミリアは俺の顔を見るとへらへらと笑いながら愚痴をこぼす。いつ見てもうるさい奴だ。
「はやく開けなさいよ。森が不気味なんだから!」
ミリアの隣にいるとんがり帽子の女は、そんなミリアを無視して頭を下げた。
「はじめましてー冒険者パーティレッドアイズの魔法使い、冒険者ギルドのギルド長も兼任しています。ペニーワイズと申します。このたびはウチのミリアが大変なご迷惑をお掛けしましたー」
「もう、やめてよ! 私は迷惑かけてないわ」
「この通り、跳ね返りなもので。あ、ちなみに私はミリアの母でございます。この子、貴方様にガツンと言われてからすっかり女性らしさを意識し始めまして、ほんとにほんとなんと感謝をお伝えすればよいかー」
「お母さん!? そうやって言うのヤメテって言ってるじゃん!? ちっ、違うから。ふん。別にあんたなんかどうも思ってないから」
「そうか、じゃ、帰ってくれ」
そう言うと俺は扉を閉める。
「ウワハァァァン、待って、閉めないでハハハァァァン!!」
騒がしい奴だ。
数秒でいいから黙ってて欲しいな?
とにかく、とんがり帽子の方はなにか深刻な話題を持っていそうな気がする。
話だけは聞くしかないか。
「商人ギルドの連中が、この場所の捜索を冒険者ギルドに依頼しただと?」
頭の痛くなるような話に、俺は思わずため息と共にそう漏らした。
来客用ソファに案内し向かい合い、ミリアとペニーワイズに茶を出す。
最悪の事態だな。
あれだけ念を押したのに、商人ギルドの奴らには理解出来ていなかったらしい。
この場所には製品の生産工場なんて存在しない。
ただ俺と女の子たちが住む教会があるだけだというのに。
しかし商人ギルドの誰かが、木製ブロックの製法をどうしても知りたかったのだろうな。
「しかしペニーワイズ。どうしてお前が俺にそれを教えてくれるんだ?」
「娘がうわごとのように毎日口にしているセツカ様のお名前が依頼の内容にあると耳に入ったので、おそらく娘がお世話になったお方に関わることだろうなーと考えて商人ギルドからの依頼は差し止めましたー。それでも、何日間かは貼り出されていたので、誰かがセツカ様のことを知った可能性も考えられますー」
「私、毎日口にしてないからね!? 私別に毎日あんたのこと考えてないからね!?」
ミリアうるさいぞ。ペニーワイズの話が聞こえないじゃないか。
しかしミリアの母親だが、なかなか気が回る女だな。
俺が静かに過ごしたいということをミリアの話から予測して、商人ギルドの話を差し止めたのか。
賢い女だな。だからこそギルド長なんかをやっているのだろうが。
ペニーワイズはふふと微笑み豊満な胸を揺らしながら俺の淹れたお茶を飲んだ。
若々しく、とてもミリアの母とは思えないくらいだな。
「あらま。おいしー!」
「誰かが俺のことを知った……つまり俺を探っている奴がいると伝えたいのか? 考えられるのは俺のクラスメイトだな。ミカミが森に入り込んでいたことを考えれば、このあたりのギルドを拠点に活動している奴が他にいてもおかしくはない。その点、何か知っていることはないか?」
「うふふ、本来だったら依頼者の情報はギルドの秘匿事項ですけど……娘の将来のためです。セツカ様にならなんでも教えちゃうー。イシイという王城からやってきた者がその依頼について探っていたという話がありましたー。他にも何名か王城から来た見慣れぬ服装の者たちがギルドに介入しております。なんでも、召喚勇者と呼ばれているらしいですがー。彼らの評判は悪いですよー」
「奴らにこの場所が割れてしまったと考えるべきか……くそっ。こんなに早く静かな環境が崩れるとは」
頭を抱える。
しかし、ペニーワイズはまだ伝えるべき情報を持っているようだ。
俺はにこにこ笑うペニーワイズに、話の続きを促した。
「で、奴らの動きは?」
「彼ら頻繁にこの森に出入りしているようですねー。セツカ様たちがこちらの森に住まわれていることは一部で有名です。特に娘なんかは、依頼そっちのけでセツカ様のことを追跡して報告してくるんですよ? 今日は森で木を切っていただの、怪しい三人組を気配だけで倒しただの、母娘の話題はセツカ様でもちきりですー」
「お、お母さん!? 違うからねっ!? 私は偶然、この近くを通りかかっただけなんだから! あんたのことなんか全然見てないんだからね! 全然この森になんか入り浸ってないんだから!!」
「とまあ、今回も娘のおかげでセツカ様にお会いできた次第でございますー。この屋敷を探すにも、周囲の魔物を倒すにはS級くらいの腕がないと近寄れもしません。健気にもウチの娘はこうしてセツカ様をストーキング……ごほん、見つめているわけですが、召喚勇者はこの辺りの地理に明るくありませんし」
「手当たり次第に探している可能性があるか……」
面倒な奴だな、イシイの奴。
おそらく先日のミカミの矢による襲撃。あれはイシイにけしかけられて、森を偵察でもしていたのだろう。
スキルかなにかで俺たちを偶然発見したから攻撃してきたということか。
いきなり幼い女の子の方を狙っていた……。
……まあそういう人間だと知っていたので、改めて驚くようなことではないが。
大方、イシイは街でボコボコにしたガネウチ辺りから俺の話を聞いたのだろう。
ちっ、イシイが俺に付きまとう理由はなんだ?
いや、考えるだけ無駄か。奴なら、挨拶しなかったというだけでいじめの理由になるクズ野郎だからな。
今回もどうせしょうもない理由で俺を探しているに違いない。
しかし、奴らを相手にするということは。
俺ではなく、『彼女たち』が狙われることになるかもしれない。
俺が対策について考えていると、ペニーワイズが顔を覗きこんできた。
「あのー。それだけだったら良かったのですがー。恐らくですが、召喚勇者は深淵の森を治めている『森の神』を殺した可能性がありますー。森の様子があまりにも死にかけていますー。その件でセツカ様のご判断を仰ぎにやってきた。これが私ペニーワイズ、ひいては冒険者ギルド長のはせ参じた理由にございますー」
森の神様を殺す。
これが、イシイのやらかした行動らしい。
やれやれ、俺のクラスメイトはやっていいことと悪いことの区別がついていないらしいな。
「くわしく聞かせてくれ」
仕方ない、この森は俺の家の庭のようなものだ。
ペニーワイズとミリアに茶菓子とお茶のおかわりを出し、くわしく話を聞くとするか。
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