第11話 森の安全を×そう!
おどろおどろしい様相だった森は、静けさを取り戻し自然豊かな大森林へと姿を戻した。
腕の中に収まるフローラは吸い込まれるような輝きをもつ瞳をぱちくりさせると、森のあまりの変わりようにわたわたと騒ぎ始めたようだ。すっかりと生気を取り戻した深淵の森は、むしろ前よりも青々としていて自然に溢れている。
しかしフローラ。動揺して紅潮する白い肌がやけに艶かしく、神様だってことを忘れそうになりそうだな。
彼女は俺を見上げながらこう言う。
「ちょっ、ちょっとまってセツカちゃん。精霊神であるふーちゃんが3000年かかっても全然浄化できない、そういう類の呪いだったんですけどぉ!? あと数万年はこのままで、ふーちゃんが結界から出たら森が大変なことになっちゃう……神の身でも持て余していた封印だったんですけどぉ!? ふーちゃんの命と、精霊神になってからのすべてが捕らえられていたがんじがらめの鎖のような契約で、存在するかわからない絶対神でなければどうにもできないような状態だったんですけどぉ!?」
「そうだったのか。普通と同じ感じでスキルが発動したから、大したことない呪いだと勘違いしたぞ」
「ほ、ほぇぇえ!? 神殺しの結果を殺してふーちゃんを復活させただけではなく、ふーちゃんに掛かった呪いの契約まで消して、更に森に飛ばされていた呪いを王城に返すなんて。もしかして、あなたは神様なのでは!?!?!?」
「動揺するな。精霊神はお前だろう」
「動揺するですぅ!! 今まで深淵の森に来ていた呪いは、全部オリエンテールの王城に跳ね返ります。きっと王城の近くにいるものにとてつもない不幸が訪れます。城の付近に恐ろしいモンスターが出たり井戸に毒が湧き出たり作物が枯れたり疫病がはやったり子供が生まれなくなったり雨が降らなくなったりするですよぉ!! しかも、森の結界が何百倍にも強化されてるのはどうしてですかぁ!?」
なるほど。フローラの神格じゃ全ては把握できていないようだな。
補足すれば、隕石が唐突に落ちてきたり宝くじがまったく当たらなくなったり失業率が50パーセントを超えたり自殺者が10倍になったり機械がものすごく壊れやすくなったり地震の回数が倍増したり竜巻に巻き込まれたり洪水が起きたり日照りが起きたり肌荒れが加速したり髪の毛が一日に数千本抜けるようになる。奴らがした所業に比べれば、たいしたことないな。
「当たり前だろう。王城の連中はこの深淵の森に、王城近くに振りかかる不幸を古の魔術で飛ばして幸福だけをむさぼっていたんだ。フローラ、君をいけにえにしてこの森に縛りつけてね。だから聖女と王はこの場所が相当危険な場所だと知っていた。レーネを捨てた貴族もだ。それを承知で俺やレーネをここに置き去りにした連中やクラスメイトが今後どんな目に遭おうが、それは自業自得で自分の撒いた種でもある。そして森には俺の『殺す』スキルオリジナルの障壁を張った。金輪際呪いが森に入り込むことがないから安心しろ」
「あなたさまは、神様ですか。わたし、ふーちゃん。ずっとずっとひとりぼっちで。100年ぐらいたったらもうあきらめてて、でも、ほんとは嫌で嫌で、泣いても泣いても誰も助けになんてきてくれなくて、1000年も2000年もたったらもう、絶対に無理なんだって自分に言い聞かせてて。セツカちゃんが、セツカさまがきてくれなかったら、ふーちゃんあと何万年もずっとこのままで、もう耐え切れないよって思ってて。寂しくて、さみしくて……っ」
やれやれだ。
俺は神様など、いるかどうかわからないものではない。
よしよしとフローラの頭を撫でてやる。3000年も人肌に触れてこなかったのだろう。
フローラは一瞬ピクリと尖った耳を震わせ、とろけるような表情で身を任せる。目を細めて気持ち良さそうだ。
やはりな。彼女は子供なのだ。小さいうちにいけにえにされてしまったから、ずっとひとりぼっちだったのだ。可哀想に。
「よしよし。寂しかったろう。フローラ、お前を縛る契約は俺が殺した。これからは自由だ」
「あうう、あううぅ。これ、だめですぅ。3000年ぶりになでられるの気持ちいい。セツカちゃん、いけないです。人の身で神様をこんな気分にさせちゃいけないですぅ。ああ、ふーちゃん自由になったのですか? どうしましょう……ふーちゃん、3000年もひとりぼっちだったので家族も友達も先に旅立ちましたです。これからいったいどうすれば」
そういえばそこの所は全然考えていなかったな。
フローラの家族も友達ももうずっと昔に死んでしまっていないのか。
するとフローラはポンと拳で手の平を叩き、にっこりと笑みを浮かべこう言った。
「そっかぁ。やっとみつけましたぁ。これが運命の出会いですねぇ!!」
「ん?」
一気に話が飛躍した気がする。
フローラはにこにこと笑いながら俺の腕をとってくる。
出会い? いったい何の話なんだ?
「セツカちゃん、尽くす女の人って好きですかぁ?」
「うん。嫌いな男はいるのだろうか?」
「うんうん。じゃあ、エルフの女の子は好き? 森の魔法を沢山使えるし、スタイルもエルフにしてはなかなかだと思うですぅ」
「エルフか。それはその人を知ってみないと分からないのでは?」
「うふふ、じゃあ、精霊神でも守備範囲?」
「何の話をしているんだ?」
フローラは唇に人差し指をあて、もじもじと身体を揺らしている。
首をかしげるしぐさが魅惑的で、思わずドキッとさせられた。
「セツカちゃん、精霊神であるふーちゃんと契約すれば、今よりももっと高い位の神格をセツカちゃんに与えることができると思うのですぅ。正直、セツカちゃんの方がふーちゃんよりも力は上だと思うのですが、神様とのパスをつくっておけば後々のためになると思うのですぅ。この契りはふーちゃんの純潔を捧げなければいけないので、精霊神はただ一人としか契約できないですぅ。わたしと契約して、神様になってよ?」
「断る」
俺は間違いのないように、しっかりと意思を告げる。
静かに暮らしたいから、契約に縛られるのはまっぴらだからな。
「ありがとうございますぅ。それでは、神聖なる契りの儀式をとりおこないたいと思いますぅ。ちょっとお若い女の子には見せられないので、そちらのレーネちゃんとスレイちゃんにはご退席お願いして、ふーちゃん脱ぎますから、セツカちゃんには裸になってもらって……えっ?」
「断る。神とか全く興味ないからな」
「ええええっ!? も、もしかしてふーちゃんに興味ないですか……自慢じゃないですが、スタイルはいい方だと思うのですぅ。絶対に後悔させないのですぅ。3000年もあったから、イメージトレーニングは億単位で済ませているので完璧なはずですぅ!!」
「君は可愛いと思うけど、神様にはなりたくないな。今まで森に縛られていて、これからは自由になったんだ、色々と変わった街並みとかを見に行くといいぞ」
気持ちはうれしいけど、困る。
だって神様になったら静かに暮らせない気がするし。
「ほえええぇ!? これ、も、もしかしてふーちゃん捨てられちゃいました!? か、神様なのにポイされちゃいました!? でも、これからどうすれば。ふーちゃんの存在意義なんて深淵の森の守り手ぐらいのものだったのに、セツカちゃんが楽々と呪いを解呪しちゃったから、ふーちゃんどうすればぁぁぁあ!!」
「捨てたとか、困ったな。泣かないで欲しい」
フローラはぶわっと目に涙をため、すがりついてくる。
困った。そんなことを言われても。
「やだやだやだ!! セツカちゃんと一緒に暮らしたい!! おねがいします。契約しなくていいですから、一緒に暮らすだけでいいですからぁ!!」
「でもなぁ。俺、静かに暮らしたいしな」
「お願いします、捨てないで。ふーちゃんに神様として修行をつけてくださいぃ。ふーちゃんをこきつかっていいですから、使用人でもいいですからぁ!! だって、この時代じゃふーちゃんひとりぼっち……ぐすっ」
確かに、3000年も外の世界を知らないでいきなり放り出されるのは可哀想だな。
「わかったわかった。一緒に住むだけならいいぞ。だけど神様とか面倒ごとはごめんだ。フローラのことはレーネやスレイと同じ、子供として大きくなるまで面倒を見る。大人になったら君の自由にしていい。そんな感じでいいか?」
「大人になったら自由=結婚。契約完了ですね、セツカちゃん」
にこにこ微笑んでいるフローラの目がキランと光った。
なんだ、俺の言葉になにかおかしな点があっただろうか?
「言質はとりました。神の契約ですぅ!!」
るんるんとはしゃぐフローラの姿に腑に落ちないものを感じつつも、こうしてまたひとり教会の住人が増えることになった。
静かに暮らせ……るのか?
「ちょっとまってくださいフローラさん。はっきりさせておいたほうがいいお話がありますね」
「ええ。レーネの言うとおり。フローラ様にしかとお伝えしておくべき事柄がありますね。さあこちらに」
無表情のレーネとスレイに両脇を抱えられるようにしてどこかへ連れていかれるフローラ。
やがて戻ってきたフローラは愕然とした顔でこう呟いていた。
「きょうゆう……ざいさんでしたかぁ。神ですら抜け駆け不可能なのですね、セツカちゃん。三番手とはつらいです。いいえ、がんばりしょう、3000年も待ったのですから。最初のお仕事です。セツカちゃんのクラスメイトにこの教会が発見できないように、エルフの魔法を使いましょう。『森林隠蔽(フォレストビジョン)』!! これで教会の姿は森と同化して発見できなくなりましたぁ」
さすがだな精霊神フローラ。これでイシイ共は俺の教会にたどりつくことすら不可能だろう。
相手をするのが面倒だったので丁度いい。永遠に森の中をうろついていればいいさ。
しかし、共有とはどういう意味なのだろうか? 気になるな。
さて、人も増えたことだし。
森をめちゃくちゃにされかかったという、嫌なことがあった気分転換をみんなにさせてあげたい。
こういう時は、ぱぁっと買い物にでも行きますか!
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