第3話 森の中の教会を×そう!

 元気になったレーネと共に森を歩いていると、ガサガサと遠くの草が動いた。

 なんだろうと目をこらしてみると。

 そこには大きな人間……巨人がいた。

 体長3メートルは超えているだろうか。

 上半身裸。筋肉達磨で牙もある。

 棍棒を持ち、腰に布袋をいくつか下げている。

 凶暴そうな顔をしてレーネを睨みつけた。

 舌舐めずりまでして、まるでレーネをつけ狙う変態だ。通報事案である。


「ひうぅ……」


「大丈夫かレーネ?」


「こ、こわい……ご主人様ぁ」


 レーネはすっかり怯えて俺の足にしがみつき震えている。

 なんだよ巨人の奴、ぶしつけなだな。

 挨拶ぐらいしたらどうなんだ。か弱い女の子が怯えているだろう?


「あいつずっとこっち見てるが、なんなんだろうな?」


「あれは凶悪なモンスター、オークです! わたしの血のにおいをかぎつけたんだ……こわい、たべられちゃう」


「あれがオークか。思ってたより大きいんだな」


「ご、ご主人様はこわくないん、ですか?」


 レーネはぶるぶると震えながら、俺の足に抱きつく力を強める。

 オークの登場か。想像よりも数倍デカく感じるが。

 レーネは怯えて涙目になって耳がしおれて可哀想だ。

 それにしてもオークは勝手にのしのしと近づいてきて不気味な奴だ。

 しかし俺に不安の気持ちは全く無い。

 オークとやらを指差し、こう告げた。


「あと一歩でも近づいたら殺す。叫んでもだ。後ろを向いて帰れ。それ以外の行動を取ったら容赦しない」


 オークは、俺の警告を無視して叫ぶ。


「グォオオオ――」

「スキル発動『殺す』」


 ドシン。

 巨人は俺がパチン指を鳴らすと共に地面に倒れ伏した。

 レーネを残し近づいて調べる。

 息をしておらず動かない。

 本当に死んでしまったようだ。

 やはりな。スキルは問題なく作動する。

 重要なのは『何』を殺すかだ。今回はオークの頭の神経細胞を殺した。


 ズルイだろうか? だが警告はした。棍棒を振り上げて近づいてきたこいつが悪い。レーネが薄い本みたいにされたら困る。


 この世界に来て学習したのだ。聖女に捕らえられたときに俺は【殺す】スキルをもう持っていた。


 どうして発動できなかったのかと考えると、甘かったのだと思う。


 だから拷問を受け、誇りを傷つけられた。

 俺はためらうことをやめることにする。

 迷えばレーネが傷つく確率が高まる。

 レーネを傷付ける存在が出て来たら問答より先に殺すスキルを発動しよう。

 このスタンスで行くことにする。

 

「う、うわわっ。ご主人様、すごすぎる……触れもしないで強そうなオークをたおすなんて」


 すっかり安心したレーネはてとてと寄ってきて、顔を赤らめて俺の顔を見上げるとぎゅっと抱きついてきた。ああ、ケモミミ少女の身体柔らかい。オークを倒すのがすごいことなのかどうかわからなかったので何も言わなかった。


「ご主人様、よゆうな感じがかっこよすぎです!」


 実はオークが迫ってきたとき若干焦ったのは内緒にしておこう。




 オークの死体を調べると、腰の布袋にいくつか宝石とお金のようなものを集めているみたいだ。こいつやたら金持ってるな。

 盗むみたいで気が引けるが、二人とも無一文だったので布袋の中にあった金貨と宝石をもらっておいた。

 さて、森の奥に進むとしよう。

 どこか静かな場所はないものか?

 やがて開けた場所に出ると、大きなボロボロの建物が視界に入った。

 なんだろうか、あの建物は?


「教会か?」


「うわぁ、すごいぼろぼろです」


 地球で見たものと酷似している教会施設がぽつんと森の中に現れた。

 俺とレーネは草を掻き分け、その教会の入り口へと向かう。

 古いなぁ。幽霊屋敷の方がマシに思える。

 まるで長い間使われていなかったようで住めそうにない。

 周囲は美しく静かな森で、清らかな小川も近くにある。

 こういう場所に静かに住みたいんだがな。


「ちょっと古すぎるな。これじゃ住めないか」


「周りの自然はきれいですから、ざんねんですねご主人様」


「そうだな……ん?」


 ■――経年劣化を『殺し』ますか?


 頭の中に響く声が、経年劣化を殺すと言った?

 どういう意味だろうか?

 とりあえず、やってみてくれと念じてみる。

 すると途端に教会全体が光に包まれた。


 ■――経年劣化を『殺し』ました。新築です。


「すごいすごいご主人様! 建物が新しくなりました。こんなすごいこと初めてみました!」


 レーネはきゃっきゃと喜んで飛び跳ねている。

 正直俺も驚いた。まるでおとぎ話のような変化だな。

 あれだけボロだった建物は穴も塞がり、今完成したような佇まいだ。

 ぴかぴかになった教会は、住居が併設されたものだったので生活には困らないだろう。

 ざっと周囲を見回り、問題がないことを確認すると俺はレーネに提案を持ち出した。


「ここに住もうか。ずっと放置されてたみたいだし、充分な広さがあるし。何より静かだ」


「はいっご主人様。あ、あの。こんないい場所に住ませていただきありがとうございます」


「うん。でも、森の中だから不便かもしれない。苦労するかもだけど、今はあまり人に会いたくないからな」


「ご主人様、ここに来る前になにかあったのですか?……でも、わたしは一緒にいてもだいじょうぶなんだ。えへへ! わたし、おそうじすごく得意なんですっ!!」


「いや、なんでもないんだ。そうか、がんばってもらおうかな」


 こうして俺たちの新たな住みかが決定した。

 聖女のことや、クラスメイトのことは今はあまり考えたくないな。

 ここでレーネに襲い掛かる危険を殺しつつ、静かに暮らしたい。それからだ。

 まずは教会の中を片付けよう。

 外観は新築になったけど、中は埃まみれでひどいものだった。

 レーネと協力して、さっさと掃除を終わらせた。

 すごいな、彼女は小さいのに掃除の手際が良い。二人でやったらすぐに掃除は終わった。



 そして今、俺たちは街へと繰り出していた。

 教会の掃除が終わったところで「ぐぅ」とレーネのお腹から可愛らしい音が聴こえたのだ。

 食べ物が何にもないし、ずっと何も食べていなかったな。

 俺もレーネもお腹がぺこぺこだ。

 人と会いたくはないが、さすがに買い物はしなければならないだろう。

 オークを倒した際に奪った金貨と宝石を持っていった。


「ご主人様、えへへ」


「どうした?」


「街の案内なら、おまかせください!」


 小さい身体でもふもふ尻尾を揺らし、耳を交互に動かし、レーネは健気にこちらを見上げながら隣を歩きついてくる。

 危ないからしっかり前を向いたほうがいいと言っても、すこし時間が経つと元に戻ってしまう。

 そんなに俺の顔を見て、何をニコニコしてるんだろう?

 

 ……うっ。

 なんだかいたるところから男の視線を感じる。

 そうだった。レーネは正直とても可憐で目立つ。

 俺のスキルが殺したのは死の運命のみならず、レーネの病弱な体質や怪我、歯並びや虫歯まで殺しきってしまったらしい。

 つまりレーネの姿は素材の力を最大限に引き出した美しい状態に変化してしまったのだ。

 元々ものすごい美少女だったが、『殺す』スキルのせいで健康的になった今ではとんでもないレベルの規格外美少女なのだ。

 幼いくせに街行く男の興味をひきつけてやまない。次元が違うケモミミ少女だ。ゆえに、尊い。

 隣にいる俺も、幼い子だと認識していなかったらその美貌に緊張してしまうほどだ。


 男共のぶしつけな視線に困り頭を掻いていると、俺の手の指先にちょこちょこっと感触を感じた。

 健気に腕を延ばしたレーネは顔を真っ赤にしながら上目遣いで俺の手に触れている。

 なにをしたいんだろう、と考えて合点がいった。

 そうか、俺はこの街が初めてだから迷わないように手を繋いでくれようとしているんだな。

 レーネの手をとると「はうぅ……ご主人様ありがとうございます」とレーネは言った。

 いや、案内してもらうのはこちらだ。礼を告げるべきは俺の方だ。


「ありがとう。(一人じゃ迷いそうだから)絶対離すなよ」


 そう告げると「い、いっしょうはなしません!」と言いレーネはボンと爆発したように真っ赤になってしまった。

 いったいどうしたんだ?

 もじもじしてかわいいな。

 もしかしてお腹の減りが限界なんだろうか?

 どうやら急いだほうがよさそうだな。

 周囲の声も、


「なんであんな可愛い子があいつに……」

「くそっ。みせつけやがって」

「どこで見つけたんだよ。あんな可愛い子」

「俺によこせよちくしょう」


 などと騒ぎ始めたので無視して先へと進む。


「へいへい、どこ行くの彼女?」


 などと強引にレーネを口説こうとする勇気ある奴もいるみたいだが、レーネはそのたび俺の足にしがみついて目をつぶり全く口をきかなくなる。

 無視された男達は唖然としているな。

 さっきまで俺と笑顔で話していたのに、他の男とは全く会話しようとしないみたいだ。

 ほとんどが落ち込んだ顔で離れていくが、あきらめの悪い者もいて面倒だ。

 レーネを怖がらせるのはやめてほしい。

 

 もし本当に手出しをするようなら、『殺す』スキルを発動するから安全だが。


 まったく。静かに買い物をさせてほしい。

 男たちの目をかいくぐり、街の屋台のような店で焼いた芋を買って二人で食べる。

 さつまいものような見た目と匂い。なんか懐かしい。

 道端に並んで座り久しぶりの食事をほおばる。

 うん。味は完全に焼き芋。ちょっとパサパサした焼き芋だな。

 しみるな、炭水化物。

 この芋が炭水化物で構成されているかどうかは知らないが。

 レーネも美味しそうに頬を膨らませてもぐもぐやっている。


「おいしい! ご主人様ありがとうございます。とってもおいしいです! こうやって並んで座っていると、なんだか、仲のいいカップルのデートみたいですよね……」


 そうやって可愛らしい顔をしながら意味深な発言をするので、ちゃんと立場を表明しておく。

 怖い思いをしてきたレーネを不安にさせるといけないからな。


「俺はレーネの危険を殺すだけだよ。他の男のような下心はないさ」


「ええっ……!?」


 レーネの耳がしょんぼりした。

 どうしてだろう。何か言葉を間違っただろうか?

 うるうると瞳を潤ますレーネを目の前にして、俺は疑問を殺せずにいた。

 なぜだ、彼女を安心させる完璧な受け答えだと思ったんだが。


「ご主人様なら、いつでもかんげいなのですが……」


「ん?」


「おいもおいしいですっ!」


「ほんとだな、まあまあいける」


 そう言うとレーネはガブガブとお芋をたくさん頬張った。

 どういう意味だったんだろう?

 まさかな。レーネのような小さな子の言うことだ。きっとおままごと的な意味でだろう。

 レーネはお芋で頬をふくらませている。

 俺も芋を頬張った。

 ……この芋、甘くておいしい。

 多めに買って持ち帰ろうか。

 おなか一杯だ。

 とりあえず腹ごしらえはすんだようだな。

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