第2話 悲しい運命を×そう!


 見知らぬ森の中、ふうとため息をつく。

 なんとか自らの不安を殺し、森の中を歩き続けた。

 ふと、周囲に散らばる血のあとを発見する。


「うぅ……」


「誰だ!?」


 背後から声がした気がするので振り返る。

 誰もいない……。

 いや、足元か。横たわる人影をほど近くに見つけた。

 小さかったから気づかなかった。


「ごめん……な、さい」


「……人なのか?」


 思わず尋ねてしまった。見つけたその子が人間とは違う特徴を持っていたからだ。

 輝くような黄金色で艶やかな髪の毛は腰ほどまであり、華奢な身体に貼り付き呼吸に合わせて上下している。

 手の平ほどもある逆三角形の巨大な獣耳。小さな身体は人間でいえば十代前半歳ほどの年齢に見える。

 ラノベ知識などを総動員すれば、その女の子は『獣人』と呼ぶのが一番ふさわしい。

 汚れたボロきれを着た、ケモミミ女の子だった。


「ごめん……なさい。もうしません、から」


「怪我をしているのか?」


「へいきです、から」


「どう見ても平気じゃない。一体何があったんだ!?」


 少女は、レーネと名乗った。

 目を背けたくなるほど酷いありさまで、背中がばっさりやられている。

 その傷からあふれ出した血で髪が一部黒く塗れていた。

 さらには、あざや鞭の傷など最近にうけたものではないものまである。

 殴られたのか、顔は無残に腫れていて骨まで砕けていみたいだ。

 医学の素人がみても瀕死だとわかった。

 

「ひっ……うっ?」


「すまない。頭を起こしたほうが楽じゃないか?」


「ごめんなさい……殴られると思って」


「……俺は殴らない」


 レーネの頭を起こし、自らの膝にのせてやる。

 優しい言葉に安心したのか、彼女はゆっくりと首の力を抜き頭を預けた。

 どんな奴がこんなひどいことを。彼女は表情を変えようとして、潰された顔に走る痛みに身体を震わせる。

 無理をしないように、ゆっくりでいいと促した。


 ぽつりぽつりとレーネは語りだす。

 すこし前まで、彼女はある有力な冒険者をする貴族の奴隷だったらしい。

 暴力を振るい、大勢の奴隷をつかって冒険をするその貴族はレーネたち獣人の女を財力で囲い、ダンジョンなどで生きた壁にしたり、性的な奉仕をさせるために利用していたというのだ。

 レーネはまだ幼く、その容姿の良さと種族のめずらしさからそういった虐待は受けなかった。

 いずれ成熟したら楽しむために温存されていたのかもしれない。

 

 あるとき、主人の壁になる奴隷をひとり庇ったレーネは、その貴族の機嫌を大きく損ねた。

 鞭や拳でめったうちにされ、顔は見るも無残にはれ上がってしまい、レーネの価値は無くなった。

 回復の魔法をすぐに施さなかったため、傷が残ったのだ。

 主人はレーネを逆らった見せしめに『処分』することに決めた。

 

 そして並の人間が生きては戻れないと囁かれる、『深淵の森』へと捨て置かれた。

 こんな幼い子がたった一人で置き去りにされて、さぞ怖かったに違いない。

 出来るだけレーネとの会話を続ける。

 意識を失ったら、もう二度と目を開けてくれないような気がしたからだ。


「……馬鹿でした。あのとき、どうしてわたしは仲間をかばってしまったのでしょうか。両親なんていないのに、兄弟だって殺されたのに……どうして」


「正しい行いだと思う」


「わたしは……死ぬんですね。この森に捨てられるとき、背中を斬られました。もう痛みを感じないんです。怖い……死ぬのがこわい……うぅ」


 はっとした。

 だからこの辺りに血が散らばっていて、レーネの髪が血で黒く濡れていたのか。

 なんてひどいことをするんだ。


「大丈夫。だいじょうぶだ……」

 

 何が大丈夫なんだ?

 少女を蝕むあまりの理不尽に歯をくいしばった。この子はこんなに小さいのに、悪くないのに。目の前でただ死んでいくのを眺めるしかしてやれないのか。

 少女は俺の手に細い腕を伸ばす。

 よく見えないのか、震える小さな手がさまよい、腫れ上がった瞳から一筋の涙を流す。


「どうか、手を……にぎっていては、くれないですか? こんな汚い、みにくい奴隷の最後のお願いです……たくさんの仲間を見殺しにしたくせに、さいごはだれかと一緒にいたい……なんて」


「もちろんだ。決して醜くはないよ。がんばるんだ。君は可愛い女の子だ。そうだろ?」


 少女の小さな手を握る。握り返す力は非常に弱い。

 なんで、こんな子がこんな目にあう。

 こんなにもか弱い女の子なのに。


「ふふ、うれしい。生まれてはじめて言われました。『売りモノ』としか呼ばれたことがなかった……。つぎがあるなら、あなたのような優しい方に拾われたい……です」


「わかった。だから待て! しっかりするんだ!」


「これが、わたしの、運命……」


 少女がぶるりと身体をふるわせると、瞳から光が消えるように瞳孔が開きはじめる。

 急速に力が抜け始める身体は、まるで魂が抜け出たかのように体温が下がり始めた。

 死がこんなにもか弱いレーネを連れて行こうとしている。



「……死ぬな」

 


 レーネの手を両手で強く握り締めた。

 目の前で理不尽に散っていく幼い命を、ただ眺めているしかないのだろうか?

 そんなのは嫌だ。

 頼む、死ぬな、死なないでくれ!

 願った。


 いや、願っても叶わない。


 なら。


 ――運命だって?


 運命があるなら。

 そんな運命があるなら『殺し』てやる!!


 瞬間、握った手から閃光が迸った。

 暖かな光。

 森を照らす太陽がその場に現れたような、暖かい光がレーネの顔を照らす。


「あ……れ?」


 すると、レーネがむくりと起き上がったではないか。

 彼女は背中をさわり、顔をさわり。自分が立ち上がったことに尻尾を揺らし驚き。

 あまりの衝撃にきょとん。とした顔をしている。


「……い、いきてます。わたし、いきてます!! あれだけの怪我をしていたのに、とても元気です! 見てください、これ!」


 立ち上がったレーネが見せようと向けたのは、パックリ割れていた背中の刀傷。

 服は破けているが、まるで誰も歩いていない初雪みたいに、穢れのない肌がそこにはあった。

 殴られて治療が遅れたため醜く腫れていた顔も、元の美しいものに戻ったようだ。

 血色の良い、とても可愛らしい狐のような耳のケモミミ女の子。

 レーネは暗闇に一輪の花が咲いたようにキャッキャと笑う。


 おかしい。

 ……光が出たのは俺の手からだった。

 しかし蜘蛛を殺そうとしたときは、光こそ出たものの虫は死にはしなかった。

 スキル『殺す』というからには、対象を殺すスキルではないのだろうか? もしかして別の効果が?

 疑問が頭を支配していた。



 ■――疑問を『殺し』ますか?



 なに、疑問を殺すだと?

 頭の中に、謎の中性的な人物の声が響く。

 何のことかわからなかったが、そうしてくれと考えた。



 ■――スキル『殺す』

 世界で唯一、【コード】にアクセスし消去改変できる特別なスキル。選ばれた才能、運命を超える力を持ち、さらにそれを制御できる器の人間に現れる

 スキル付与では現れず、元々の才能として心の中に眠っている。



 

 スキル付与の時に出たもののような映像が目の前に浮かび上がる。

 よくわからない言語が羅列されているが、読める。

 なるほど、全て理解ができた。

 スキル付与の儀式でどうしてもスキルが発現しなかったわけだ。

 このスキルは、クラスメイト達と『階層(せかい)』が違っている。

 この力は、世界の仕組みを殺す力だったのだ。


 スキルについての情報を調べていると、背後にあたたかい感触を感じた。レーネに抱きつかれたみたいだ。

 

「ありがとうございます……うっぐすっ、わ、わたし、いきてるっ! ぜったいダメだっておもったのに、いきてるっ。ほんとうにうれしくって、えぐっ」


 泣いてしまった……。

 制服はケモミミ娘の涙と鼻水でべとべとになる。

 よほど怖かったのだろう。

 苦笑いしながらレーネの頭をよしよしとなでてやる。助かって良かった。

 あんなにしおれていた大きな耳は、別の生き物のように元気に動いていて可愛らしい。

 しばらく撫でると、レーネは、はにかんだような顔をしながら見上げてきた。


「えへへ!」


「驚くほど元気になったね? 俺のスキル『殺す』で、君の死の運命を殺したということか……昔の傷まで消えてる? その綺麗な肌を見ると、怪我や具合の悪そうな部分も『殺した』ことになるのかな?」


「はい! ご主人様!」


「ん? 俺はご主人様じゃないぞ?」


 しれっとご主人様と呼んだレーネに対し、俺ははっきりと立場を明らかにする。

 通りがかりに助けただけで、決して彼女のご主人様ではない。

 

「いいえ、わたし、さっきやくそくしました。フェネク族は約束を破りません。つぎがあるなら、ご主人様のような優しい方に拾われたいって。ご主人様、わかった。って!」


「確かに言ってたけど……俺は君を養えるような金持ちじゃないし、何か見返りを求める気はないから、自由にどこかへ行っていいぞ?」


「お金なんていりません! ご主人様が助けてくれた命……わたしの、すべてをもらってほしいのです」


「おいなにを……」


 そう言うなりレーネはするりとボロきれを脱ぎ捨てる。

 珠のような肌が露になり、思わず視線を逸らす。

 俺は彼女の行動の意味を理解していた。その健気な身体で礼を支払いたいということだろう。しかし、いかんせん相手は子供だ。

 たしなめようとする俺の腕に、レーネは必死でしがみつく。

 柔らかでつつましい部分が押し付けられ、ふさふさした尻尾が不安そうに揺れているのが見えた。

 あーとても艶のある毛並みの尻尾だな。

 尻尾しか見ていないことにしよう。


「……わたしにもどる場所なんてありません。ひとりぼっちです。なら、ご主人様に、もらってほしいです! レーネのぜんぶをご主人様にさしあげます。だから、どうかわたしをもらってください!」


「だけど」


「ご主人様、獣人キライ、ですか? なんでもしますからっ」


「うう」


 俺は涙した。

 幼女にここまでさせるなんて、よほど不安がいっぱいの世界で育ったのだろう。


「ど、どうしてご主人様が泣くのですか!? わたしの裸がきもちわるいですか?」


「違う……レーネ。尊い」


「あ、あの……?」


「悪かった。俺がレーネを守るよ。服を着てくれ……君が大人になるまで、近くで危険を殺そう。そのかわり、こちらこそ一緒にいてくれないか? 俺もひとりぼっちなんだ」


「…………はいっ! 約束します。やったぁ! では、ぎしきをおねがいします!」


「えと、ぎしきとは?」


「こうやって、やくそくです! ご主人様もお指を出してくださいっ」


「へえ、こっちの世界にもゆびきりあるんだな」


 レーネと子供にやるように指きりげんまんをして約束を交わした。

 ゆびきりしないといつまで彼女が服を着ようとしなかったからだ。

 いつまでも裸のままだと風邪を引いてしまうからな。

 ボロの上に俺の学ランを着たレーネはかなり機嫌が良い様子だが、この世界の獣人ってゆびきりぐらいであんなに喜ぶものなんだな?



 ……それがレーネたちフェネク族にとって婚約の儀であることをこのときの俺は知るよしもなかったのである。


 そして俺と獣人の少女は、揃って深い森の奥へと足を踏み出したのだった。

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