第4話 調子に乗った女冒険者を×そう!
腹ごしらえが終わったら買い物は継続だ。
一番大事な食料の目星をつける。
野菜などは元の世界と似たようなものがあるし、肉なども美味しそうなものが商店に並ぶ。
今更だが住民と言葉も通じるし、これなら問題なく暮らしていけそうだ。
食料の次は調理器具などを買い漁った。
荷物がすこし重くなってきたな。
店で預かってもらい、次は家具を見るか。
家具は小物から大物まで、とりあえず値段を確認してみる。
オークの持っていた金貨の価値が思ったよりも高く、食料や鍋などは買えたが、大きな家具を買うほど充分な金額の手持ちはない。
オークの持ち物に宝石があったな。それを換金しに冒険者ギルドとやらに向かうことにした。
冒険者か。
ネット小説やラノベではここで冒険者登録するのがセオリーだ。
冒険者登録してわくわくする冒険の世界に挑戦してみる?
だが断る。
静かに暮らしたい俺に冒険者ができるとは思えない。
細々と内職をしながら見つけた森の教会で落ち着くまでつつましく暮らす。
これが今の俺の目的だ。
なにより、目立つのが嫌で嫌で仕方がないのである。
「こちらが冒険者ギルドですご主人様!」
「……予想どおりだ」
「いかがされました?」
「いや、なんでもない」
レーネの案内でギルドまでやってきた。
酒場と一体になった荒れくれ者の巣窟といった感じだ。とても騒がしい。
ああ、嫌だ。
注目される帰りたい。
レーネに手を引かれ、嫌々ながらもその扉をくぐった。
やっぱり、酒を飲んだり壁に寄りかかっている奴らの視線はものめずらしそうにこちらに集まった。
隠れるように急いで受付へと向かい、俺はこう伝える。
「こんにちは。換金お願いします」
受付にいたのは小奇麗にした女性だった。
事務仕事をしやすいようにシュシュのような髪留めでサイドテールにしていて、清潔感がある。
にっこり微笑んだ受付嬢は返答する。
「こんにちは、いらっしゃいませ。ギルドに登録されていない方ですと、手数料がかかりますがよろしいですか?」
「かまわない。どの程度の手数料なんだ?」
「30パーセントになります」
「そんなものか……金が必要だ。頼もうか」
30パーセントか。高い。まあ、いきなり売るんだから仕方ないか。
受付嬢に宝石の入った袋を差し出そうとした。
すると肩に急にドンと激しい衝撃を感じた。
誰かに横から押しのけられたらしい。
「どいて。あたしの姿が視界に入らないの? 剣鬼のミリアよ知らないの?」
見下すような鋭い目をしていたのは、赤いざんばら髪の少女であった。
少女は鼻息荒く俺と受付の間に割り込んできた。
剣鬼のミリアよ知らないのって自己紹介なのだろうか。
ちょっと面白い奴だな。
少女はため息をつきながら受付嬢に言った。
「あたしを先にして。依頼終わらせたばっかで疲れてるし。彼、見たところギルドに登録もしてない一般(ノービス)じゃん。戦えない君らをあたしらS級が魔物から守ってあげてるんだから気を使ってよね」
困り果てた顔の受付嬢は返答に窮しているようだ。
「しかしミリア様、そちらのお客様の方がお先に……」
「は? あたしは上位パーティレッドアイズの【剣鬼】ミリアだぞ? 剣も振れなそうな優男より優先順位は上に決まってるでしょ? あなた何年受付やってるの?」
「しかし、規則では……」
「あたしが規則。お母さんに言いつけるぞ?」
「いえっ! そんなめっそうもありません……」
お母さんに言いつけるのか……。
すごい奴だな。ああいうのもいるのか。
俺が冒険者をやりたくない理由がまた増えてしまったぞ。
怯えた受付嬢は申し訳なさそうにこちらを見てくる。
気にしていないからその女を先に。と目で合図すると、ほっとした様子で赤い髪の少女に対応を始めた。
関わるとロクでもなさそうだ。
ああいう手合いはどこにでもいる。
自分の実力がすこし高いと天狗になり優先されないと途端に力を誇示する。
レーネに教えておこう、あのおかしな女は反面教師にするんだよと。
受付嬢が作業を始めると、それを待っていたかのように赤髪の少女は振り返って話しかけてきた。
「ところで、あなた何処から来たの? 彼女いるの?」
「……」
なぜ絡んでくる?
正直マジでやめてほしい。無視。
「なに? 無視しないでよ。あなた、ナヨナヨして腹立つ。泣かすよ? てか、むしろあたしに話しかけて貰えて喜んでよね!」
「…………」
「ははん、わたしみたいなS級の冒険者から話しかけられるのなんてめったにないから緊張してるんだ? それに、わたしけっこう目立つもんね顔とか整ってるし」
「…………」
「ねえ、何か喋ってよ? あたしより弱いんだから言うこと聞いたほうがいいよ」
どういう絡みかたなんだ?
モンスタークレーマーよりたちが悪いな。
俺はレーネを連れてその場を離れようとした。
すると、
「ご主人様はつよいです」
いつの間にかレーネが赤髪の女の目の前に立ちはだかっていた。
キッと睨みつけるような眼差しで見つめている。
いつも怯えている彼女とは思えない別人のような態度だ。
レーネは赤髪の少女へとずんずん近づいていく。
「ご主人様にあやまってください。ご主人様のじゅんばんが先でした」
「あなた誰? わたしの間合いに入らないで」
「あやまってください!」
「っ!? な、なによ。どうしていきなり殺気を放つ? やる気なの?」
レーネに詰め寄られ、赤髪のミリアが纏う空気が変わった。
これはまずい。
「ご主人様にあやまってくださいっ!!」
「触らないでっ!」
――バチッ!!
レーネはミリアに頬を叩かれた。
そしてそのまま地面へと倒れ……なかった。
「あれ、いたくないです?」
きょとんとした顔で目を見開くレーネ。
頬を押さえるも傷ひとつない。
ミリアは起きたことが信じられずに口をポカンとあけて固まっているようだ。
■――レーネのダメージを『殺し』ました。
危なかった。なんて女だ。
まさか子供を叩くとは思わなかったから、反応が遅れるところだった。
レーネは何が起きたか分からずに動揺しているものの、肉体的なダメージは回避できたようだ。
ほっと一息ついていると、赤髪の少女、ミリアとやらが俺の方を睨んでいる。
「あなた、一体何をしたの? 【峰打ち】のスキルは使ったけど、彼女は痛みすら感じて無いみたいね。おかしいわ? なんかスキル使ってるでしょ。気に入らない……斬るわ」
「まて。どうしてそうなる?」
「……あなたにかなり興味が湧いたって言ったら、どう思うかしら。剣だけでS級になった、このわたしに興味を持たれるなんてめずらしいわよ?」
「いや、剣とか関係なくね? てかなんで興味を持った? もうほっとけ」
「うるさいわね。もうこうなったらいろいろと勝負で決めましょう?」
そう言うと腰に下げた細身の剣を抜こうとする。
はぁ。静かに暮らしたいのに。
いい加減にしろよな。気に入らないから斬るって異常者だろ?
レーネだって、肉体的なダメージはなくても、精神的なダメージはあるんだぞ?
俺はミリアとかいう女の剣を指差してこう言った。
「ここでやめるならイージーコース。これ以上やるならばハードコースだ。意味は理解できるな?」
「もしかして、わたしに勝てると思ってる? さっさとスキル出しなさいよ。今の瞬間にあんたを5回は殺せるわ。狩ってあげるから早く来なさいよ。ほら、さあ!」
剣鬼ミリアは恐るべき速度で剣を抜いた。
瞬間――。
■――ミリアの剣ドラゴンスレイブを『殺し』ます。
メシャ。
「え」
ミリアが腰から抜いた細身の剣は、へにゃへにゃの折り紙のように柔らかになってしまった。
素手でその剣を受け止めた俺は、唖然とするミリアからひょいと奪い取り折りたたんで返してやった。随分とコンパクトにしてやったから感謝してほしい。
「ええーっ!? あ、ああぁあたしのドラゴンスレイブぅがぁぁぁぁあ!?!?」
「5回ほど折りたたんでやったぞ。手のひらサイズだな。お礼をしてくれてもいいぞ」
「アハァァァン!! ウワハァァァン!! ドラゴンスレイブがこんなになっちゃったぁ。めっちゃ高いのにいいい!! おかぁさぁぁぁん!! アァハァァァン!!」
な、なんという大泣き。
ギルド内がシーンとなり、ざわつく。
おいおい、剣鬼とか言われてるくせに号泣するなよ。
それ、そんなに高い剣だったのか?
「三年もお金貯めてがんばって買ったのにぃぃぃぃいい!!」
なんか、ごめん。
「彼氏だって出来なかったけど我慢して耐えて手に入れたのにぃいいいい!!!」
それはお前の性格が悪いからだな。
ミリアはギルドの床に崩れ落ちてわんわん泣きだした。
まるで俺が女を泣かせたみたいな雰囲気になってしまい困る。
俺は何もやっていない。だからみんなそういう深刻そうな顔をやめよう。俺、ワルクナイ。
「えっ、やばっ……」
「マジか……剣鬼のミリアが泣いてるとこ初めてみたぜ」
「なんだ、あの男がのしたのか?」
「すっげえ。ミリアってS級の冒険者だろ? めちゃ美人だけど性格が終わってるで有名な」
「告って振られたとかじゃなくて?」
「あの男只者じゃねえな。ミリアを振るなんて怖くてできねぇよ殺されちまう」
なんか俺が悪いみたいなこと言われてる気がするが、なぜだ。
やがて皆の視線がいたたまれなくなったのか、ミリアとやらはすっくと立ち上がった。
「…………さい」
「ん?」
「ごめんなさいって言ってるのっ!! そっちの女の子もっ!! ウワハァァァン!!」
そう叫ぶと走って何処かへ行ってしまった。
結局、あいつはなんだったんだ。
あいつ、相当頭がおかしいな。
ポカンとしているレーネに言い聞かせる。
「レーネ。よくあんなヤバイ女にガツンと言ってくれたね。うれしかったけど、気をつけるんだぞ。あれは危険だ」
「ご主人様、ごめんなさい。あの女の人が順番ズルをして、ご主人様のこと悪く言って。どうしてもがまんできませんでした。でも、やっぱりご主人様はとてもおつよいです。えへへ」
「よしよし」
「あうぅ、ご主人様の手、きもちいいです」
レーネの頭を撫でてやる。
大きな耳のところがすごいふかふかで気持ちよかった。手がもふもふ浄化されそうだ。
レーネも目を細め、気持ち良さそうに尻尾を振っていた。
これ、ちょっと変な気分になる。やばいな。
しばらくもふもふを堪能したら俺の中でミリアに与えられたストレスは解消した。レーネは本当に可愛いな。
再びギルドの受付嬢に話を持っていくと、なんと手数料を特別に無しにしてもらえることになった。
ミリアにガツンとやってくれたお礼と言って、受付のお姉さんがウインクしてくれたのだ。
そう考えるとあいつに絡まれて良かった……のか? いや、良くないな。
オークの宝石は沢山の金貨へと換金された。
さて、俺とレーネは手に入れた金で、家具を買いに戻ることにした。
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